浜辺の少女
地平線の彼方にある太陽が、海を黄金色に染める。波の音が静かに空気へと吸い込まれていく。波打ち際に立ち尽くす少女。白いワンピースが、風で揺れている。
幻想的な風景に、私は息をすることを忘れる。私の時が止まってしまったようだ。きっと動いているのは目の前の光景だけで、他の無情でうるさい世界は死んでしまったに違いない。
少女が、ふとこちらへ振り向く。
「あなたも私を笑いに来たの?」
口元に浮かぶ自嘲の笑みと、深い絶望を写した瞳が、私の幻想を打ち砕く。
「……そんなつもりじゃないです」
「そう。それじゃあ、何をしに来たの?」
少女は虚ろな目でそう尋ねた。
「私は旅をしているんだ。それで、偶然通りかかって……」
彼女は私を無表情に見つめると、そう、とだけ言って、また海を見つめだした。
この子を知りたい。そう思った時には、もう私の足は動き出していた。
彼女の隣に歩いていく。ザクザクと砂浜を踏みしめ、近づいていく。
しかし、少女は海を見つめ続けるだけだった。
「隣、良いかな」
彼女は視線を海に向けたまま、こくりと頷いた。
少女の隣に立って地平線を見つめる。黄金の水面に波の音だけが静かに響く。繰り返し、繰り返し……
「お母さんとよくここでこうしたの」
呆けたように海を見つめていた私に、突然少女は言った。
私は何も言わず、視線を海にやったまま、彼女の独白を聞く。
「この景色は私とお母さんの宝物なの。宝物、だったはず、なの……」
少女はここで苦しそうに言葉を切った。
沈黙。
「お母さんね、1ヶ月くらい前かな、死んだの。私を庇って」
乾いた声色が、私の心を荒らす。
「守ってもらった命なの。だから頑張って生きようって……決めたんだけど、ね。もう……辛いんだ。ただ、辛いんだ……」
言葉に乗せられた感情は、諦めと絶望。希望は、辛い毎日の中で、擦り切れてしまったのだろう。
「だから最後に、この景色を見たら、もしかしたらって。でも、やっぱり……」
私は、何も言えなかった。
少女の姿がこれまで見てきた人々と重なる。絶望に押し潰され、死に救いを求めた人々。
彼女の姿は、死ぬからこそ、何にも増して美しい。潰されるからこそ、儚いからこそ、美しい。
現実離れした、幻想的な美しさは、現実から外れることでしか有り得ないのだから。
そんな無情な『現実』を感じながら、私は、色を失っていく海を見つめていた。
「さようなら」
太陽が沈み、暗くなった浜辺で、彼女はこう言った。
私の隣で彼女が立ち上がったのがわかった。
私は、遂に最後まで、何も言うことが出来なかった。 去っていく彼女を引き止める言葉も、救う言葉も、何も持ち合わせてはいなかった。
どれくらい時間が経っただろうか。月が海を照らしている。水面にまで落ちてきた月を、私は触ることすら出来なかった。