新しいクラス
4月に入ってまもなく、千尋は進級、秀太は入学をした。
授業が始まって最初の1週間を終えた週末、
いつものスタジオで千尋が大学の入学式の感想を訊くと、秀太はギターを弾く手を止め、思い出すように少し天井を見上げた後、
「人が多すぎて疲れた。あとサークルの勧誘がすごくてさ、駅から会場までの道にビラ配りの人がズラーっと並んでるの。捕まったら最後だと思って逃げた」
とうんざりした様な顔で答えた。
「サークルに入る気はないの?」
「入る気がないから、ここでこうやって練習してるんだよ」
「ふーん」
あまり関心がない素ぶりをしながらも、千尋はそれを聞いて内心安心していた。
ただ秀太がサークルに参加しようとしないのは不思議だった。
そもそも軽音サークルにでも入れば、あのような募集をしなくても簡単にメンバーが集まるはずだ。
気にはなったが、秀太の気が変わってもと思いあえて尋ねず、話題を変えることにした。
何気なく会話を始め、さらに進めるというこの行為は、本来千尋が最も苦手とすることの一つだが、秀太に対しては自然にできた。
自分の話を必ず聞いてくれるという確信が、千尋の背中を押してくれる。
「大学の授業はどう?」
「うーん。最初の1週間だから、どの講義もガイダンスみたいな事ばかりで、まだ何とも言えないかな。
でも、同じ学科の人何人かとちゃんとコミュニケーションがとれて安心した。同級生が全く知らない人達ばかりなのは小学校以来だから」
「コミュニケーション」という単語が鋭く千尋の胸に刺さった。
だが、秀太に気づかれないよう表情には出さない。
「そっか、良かったね」
クラスが変わっても、やっぱり千尋に友達はできなかった。
自分から話しかけなければ、と頭では分かっているのだが、いざとなって実行に移せない自分がもどかしかった。
会話が続かなくて相手に気まずい思いでもさせたらどうしようか、などとついつい考えてしまい、あと一歩がどうしても踏み出せない。
秀太と出会ったことで自分は少し変われたんじゃないかという、始業式当初の淡い期待はその日のうちに打ち砕かれた。
去年と同様、千尋に話しかけてくれるのは下心丸出しの男子ばかりで、
この春休みの間、秀太と一緒にいたこともあり、今年は特に彼らの下品さが際立った。
そんな男子達にちやほやされ、その上で彼らに素っ気なく振る舞う姿を見て、女子達は自ずと千尋を避けるようになった。
これも去年と同じだった。
ただ、去年と違う点がひとつだけあった。
クラスで孤立していたのが千尋だけじゃなかったのだ。
その子の名前は五十嵐彰といった。
身長の高い女の子だ。加えて体格がよく、顔つきも女子にしてはどこか鋭いものがあり、体操服姿の彼女はまるで男の子のようだった。
千尋と同じく部活動には参加していないようで、授業が終わるといつも淡々と帰り支度をする。
たが、彼女の場合千尋とは少し違い、自ら進んで孤独を望んでいるようだった。
教室にいるときは窓際の席でいつも機嫌の悪そうな顔をしていて、周りに他人を寄せ付けないオーラを出している。
実際、彼女が誰かと話をしているところは1度も見かけたことがなかった。
クラスで浮いているそんな彼女は、一見ガラの悪い不良少女にも見える。
しかし千尋は今年度同じクラスになって初めて彼女の存在を知った。
それは即ち昨年彼女について特に悪い噂を聞かなかったということであり、
対して、本当に素行の悪い何人かの生徒の名前に関して言えば、交友関係が全く無いと言っても過言ではない千尋の耳にも入ってきていた。
事実、彼女は授業中もちゃんと前を向いて先生の話を聞いているし、朝遅刻することもなかった。
それなのに、何でいつもあんなに恐い顔をしているのだろう。
そんな彰を、外見内面共に秀太と正反対の人間だなと思いながら、千尋は遠く離れた席から眺めていた。
次回は明日7月17日(日)投稿予定です_(._.)_