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初対面(1)

 木村楽器店に着いて腕時計を見たら、約束の時間までまだ30分ほどあった。

ひょっとしたら開店は10時からではなかったかと、ガラス扉から店内を覗くと中学生くらいの女の子が木村と何やら話をしている。

ああもうやってるんだと安心すると、千尋は勢いよく扉を開け店内に入った。安堵が緊張を一瞬だけ凌駕した。

 「おっはよーございます!」

 木村が千尋に気づいて振り向く。

 「ああ、千尋ちゃん。おはよう。今日はえらく張り切ってるねえ」

 千尋は後にこの時の自分を振り返って、寝不足はテンションをおかしくするのだということを学んだ。

さらに加えてもう一つ、その種のテンションに身を任せれば大抵恥をかくのだということも。

 「ささ、こっちに。こちらが蒼井秀太君だよ」

 カウンター越しに話をしていた女の子が千尋の方を見てにこっと笑った。

 「へ?」

 千尋は最初木村が何を言っているのか分からなかった。

蒼井秀太は18歳の男子大学生だと聞いており、今目の前で木村に紹介された人物はどう見ても年下の女の子にしか見えなかった。

 「あおい、しゅうたさん?」

 千尋が裏返りそうな声で尋ねると

 「はい、蒼井秀太です。メールくれてありがとう」

 とその人物はほほ笑みながら、そう答えた。

 詐欺だ、と千尋は思った。確かに男だと思った上でよく、よーく目を凝らすと秀太は男性に見えないこともない。

けれどもあまりに優しく可愛らしい顔に、長い髪と小柄で華奢な体格、

中性的な声で話していたその姿は店の外から見た限りは完全に女性、というか女子だったのだ。

 木村と話していたのが秀太だとわかったら、あんなバカっぽい登場の仕方は絶対にしなかった。

千尋は木村をキッと睨んだ。先日千尋が秀太の特徴を訊いた時、

内面ばかりでこれほど男子大学生として特殊な外見を彼は言わなかった。

そんな千尋の無言の八つ当たりを知ってか知らずか木村はさらりと次の会話に移った。

 「それじゃあ、まあ。どうせこの店に客なんて滅多に来やしないから、その辺の椅子にでもかけて話したらいいよ」

 木村は「上手くやるんだよ」と言うような、ほぼ両目をつむる不完全ウインクをさりげなく千尋に送った後、カウンターから出て店の奥の方へ引っ込んで行った。

千尋は木村が席を外す形になって急に不安になったが、のっけから大恥をかいたのだからもうどうにでもなれと開き直ることにした。

木村に言われた通りふたりが横に並ぶ形で長椅子に腰かけると、千尋はまだきちんと挨拶をしてないことに気がついて慌てて口を開いた。

 「は、はじめまして。私が神崎千尋です。さっきはごめんなさい。約束の時間までまだ30分もあったので……」

 初対面でいきなり外見に触れるのはさすがに失礼だと思い、とっさに言い訳を繕う。

 「いえいえ。僕も、気合いが入ってたので早めにきちゃいました」

 「も」という部分に少しアクセントをつけて秀太が言った。それを聞いて千尋の顔が赤くなる。

しかし秀太のその言い方には決してバカにしたような感じは無かった。千尋は秀太に好感を持った。

 「あまりに緊張してたんでちょっとハイになってたんです……」

 話した後で内容に論理性が全くないなと千尋は思ったが、秀太はあはは、と笑ってくれた。

これも愛想笑いではなく本当に心から、という見ているこっちも幸せになるような笑顔だった。

女の千尋から見ても可愛いと思ってしまうその顔を見て、彼の男友達は大丈夫だろうかとふと心配になった。

 「ものすごく内気な女の子って聞いてたから、ちょっとビックリした」

 秀太のその言葉に千尋は「ん?」と思った。あらかじめ聞いてた?

店の奥に目をやると、こっちを見ていた木村がさっと隠れた。そういうことですか。

 「人見知りなもんで……」

 人見知りだということを面と向かってちゃんと言えた自分を超人見知りの千尋としては褒めてやりたかった。

会話の流れは悪くない。いつものような気まずい空気はそこに感じなかった。

案外例のファーストコンタクトもそう悔いるものでは無かったのかもしれない。

 「メールをもらった時」

 秀太がゆっくりと口を開く。

 「メールをもらった時、こんなに早く連絡が来ると思ってなかったから驚いた。なんせ募集主は楽器初めてたばかりの初心者だからね。

編成も目的も普通のバンドメンバー募集とちょっと違うし。このお店以外にも沢山楽器店回ったんだけど、『どうせ集まらないよ』って断られるところもあったし。

だからメール貰ってすごく嬉しかった……ってまだ一緒にやるって決まってないんだよね」

 秀太はそう言ってまた笑った。

 「どうして、その、こういう募集をしようと思ったんですか?」

 「うーん、と。まず単純に歌が好きで。歌詞がある歌が、ね。それで今年大学生になって、ほら大学生って人生の中で一番自由な時間が多いって言うから、

今まで色々励まされたりしてきた分、今度はひとを元気づける側になりたいなって。でもそれにはひとつ問題があって……」

 「問題って?」

 千尋が尋ねると、秀太はちょっと首をかしげて「何でしょう?」と言うような、いたずらっぽい表情をした。

それを見て自分が男だったらこの瞬間もう落ちたなと千尋は思う。

 「めちゃくちゃ音痴なんだ、僕。だから代わりに誰か歌ってくれる人が必要だった。一緒にピアノを募集したのは伴奏が僕ひとりじゃ何だか心細かったから。演奏の幅も広がるし」

 「音痴、なんですか?すごく綺麗な声なのに」

 「うん。ホント、すごいよ。逆の意味で。この声もなぁ……。あまり良い思いをした記憶は無いけど……。それにこんな声だと余計に……」

 言葉を続けかけて、そこで口を閉じる。

 「女の子と間違われる?」

 千尋が代わりに言ってみた。すると秀太は大げさに驚き

 「うわぁ、ひどい!年下に見られるって言おうとしたんだよ!」

 そう言って笑った。千尋もつられて笑う。久しぶりに会話が楽しいと思えた。随分と懐かしい気持ちだった。

 「でも、本当に間違われるでしょ?」

 「うん?さあ、どうでしょう」

 秀太は自分の髪を触りながらとぼけ、話題を変えた。

 「君はどうして応募してきてくれたの?」

 そう聞かれ千尋は少し悩んだ。自分を変えたかった、そんな理由を秀太に告げるのは何だか恥ずかしかった。

寂しい人間だと思われるんじゃないかという不安もあった。

迷った末に出した答えは保身だった。

 「私も、歌うのが好きだったから。このお店にはよく通ってて、たまたま募集記事が目に入って興味を持ったの」

 言いながら、自分は弱いと思った。聞いていた秀太はそう、とひとつ呟いた。

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