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葛藤

 結局、その日にのうちに蒼井秀太と連絡を取ることは無かった。

16年の間に形成された、対人関係への消極的な性格はなかなか簡単に克服できるものではない。

 翌日、両親が仕事に出かけそれに続いてこの春中学3年生になる弟の卓也(たくや)がサッカー部の練習に行った後、

千尋は2回の自室でベッドに横になりながら、電話番号とメールアドレスが書かれたメモを手に悩んでいた。

 「連絡を取るか取らないか」

 その問いに対して、実際には前の日の時点で既に自分の中に答えが出ていることを千尋は知っていた。それは何より、手にしたメモが証明している。だが、踏ん切りをつけることができなかった。

ベッドと机が面積の大半を占める、小さな部屋の中をウロウロ歩きまわりながら、千尋は誰かがカウントダウンでも数えてくれないかと待っていた。


 千尋が秀太に最初のメールを送ったのはその日の夕方だった。

募集記事をみて興味を持ったことと簡単な自己紹介を携帯電話の画面に打ち込んだっきり、何度か躊躇った後、震える指で送信ボタンを押した。

 返信はすぐには返ってこなかった。

何もせずにじっと待ち続けるのもただ緊張するだけなので、携帯電話をあえて部屋に残し千尋は1階のリビングへ降りることにした。

 その後は気が気でなかった。頭の中は先ほど送ったメールのことでいっぱいで、夕飯の食事中には左手に持つ茶碗を3回も落とし家族を心配させた。

食後時計を見てそろそろ返信が来てるのではないかと思ったが、

何だか見るのが怖くて確認をついつい後回しにしてしまう。

 部屋に戻ってケータイを開いたのは結局風呂から上がった後で、時刻は23時を回っていた。

メールを送るのにあれだけ苦労をし、受け取るのにもこれほど緊張していたら、もしも実際に会うことになれば一体どうなってしまうのだろうと心配になる。

秀太からの返信は4時間も前に届いていた。

本日2度目、千尋は再び震える指でケータイのボタンを押した。


 秀太が指定した顔合わせ場所はなんと木村楽器店だった。

秀太はいきなり2人で会うのは不安だろうと気遣ってくれ、

その後のメールのやり取りで千尋が木村と顔見知りだということを伝えると直ぐに決まった。

会うのは千尋が記事を見つけた月曜日から6日経った日曜日の午前10時。

 当初これまた秀太の気遣いで、もっと時間をかけメールを通して互いにある程度人となりを知った上で会うか会わないかを判断する方がいいんじゃないかという提案だったが、

千尋はあえてこれを断った。自分を変えるためにも秀太と実際に会うことはもう心に決めてあったし、

その日まで酷く緊張して過ごす自分を容易に想像できたから会う日はできるだけ早い方が良かった。

 これまでの人生、今までに無いほどの積極性を発揮している自分に千尋は少し驚いていた。

期待1不安9の数日間はあっという間に過ぎ、約束の日曜日がとうとうやって来た。


 その日の千尋の心情はとてもじゃないが言葉で言い表せたものではない。朝は5時台に目が覚めた。

オリンピック選手の競技直前の複雑な感情から自信を全て抜き取り、

さらにその上センター試験を受ける直前の受験生の気持ちを加えたらなんとか近づくだろうか。

吐きそうだった。千尋はタイムマシンさえあればあの日に戻って、自分を止めてやりたいとすら思った。人間無理して変わる必要無いさ、とも。

狭い自分の部屋では足りず、休日の朝にリビングの中をぶつぶつ言いながら、時に奇声を上げてぐるぐる歩きまわる千尋を見て、

何も知らない両親は心配し、一方千尋が先日つい口を滑らせたために事の成り行きを把握している卓也は呆れていた。

 千尋は姉の威厳を捨て、ソファに座ってテレビを観ている卓也に後ろから

 「卓也も一緒に来ない?」

 と誘ってみたが、彼はこっちを振り向きもせず、冷たい返事で

 「いい」

 とフラれた。

ガッカリしながら時計に目をやると、やっと9時を過ぎた所だった。

これ以上家で時が来るのを待っていれば気がくるってしまいそうだったので、

千尋はさすがに早すぎると思いながらも木村楽器店に向かった。

 道の途中、はて木村楽器店は何時開店だったかしらと頭に浮かんだが、まあ何とかなるだろうとあまり気にしなかった。

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