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たぬきおじさん

 千尋がその記事を木村楽器店で見つけたのは、春休みに入って少し経ち3月も終わろうとしていた月曜日だった。

 木村楽器店は千尋の家の近所にある商店街に小さな店舗を持つ、楽器店兼スタジオである。

店主は千尋の父と同世代のおじさんで、店名から推測できる通り名字を木村といった。

従業員は彼以外他におらず、彼ひとりで店を経営していた。

千尋は幼いころから木村と顔見知りで、千尋が商店街におつかいに行くと

 「お、千尋ちゃん。今日もおつかいかい?えらいねえ」

 と木村はよく笑いながら声をかけてくれたものだ。

太った体と豪快に笑った時の大きな口が、当時よく見ていたアニメのたぬきのキャラクターに似ていて、幼い千尋は密かに彼を「たぬきおじさん」と呼んでいた。

 千尋はそんな木村と高校生になった今でも友好な関係をもっており、先のような幼いときの記憶や年齢が大きく離れていること、それに木村の気さくな性格のおかげか、彼とは楽しく会話をすることができた。

特に軽音楽部を辞めてからは家族以外の人物と唯一交流をもてる場所として、千尋はこの楽器店に頻繁に出入りしていた。

 木村楽器店の一角には、新聞紙1枚程度の小さな掲示板がある。

木村によると、ひと昔前までは、近所に住む中高生たちがバンドメンバーを募集するためによく利用していたらしいが、見る限り最近では全く使われた痕跡が無かった。

 だからこそ、千尋が春休みの暇を持て余して店を訪れたその日、

入り口近くの掲示板に張ってある真新しい小さな紙が目を惹いた。

 「こんにちはー。あれ?おじさん、この張り紙……」

 「やあ、千尋ちゃん。そうか今はもう春休みか。ああ、その募集記事ね。昨日男の子に頼まれたんだよ。初めてみる顔だと思ったら、この春に越してきた大学生だそうだ」

 「ふーん」と千尋が記事の内容を眺めてみると次のように手書きで書かれてあった。



『募集パート:ボーカル・ピアノ(キーボード)

 年齢性別経験不問です。

 ギターを始めたばかりの初心者ですが、一緒に練習して上達していく仲間を募っています。

 ボーカル+ピアノ+ギターの編成で、将来福祉施設等でボランティア演奏ができたらと思っています。

 連絡は電話もしくはメールでお願いします。お待ちしています。

              蒼井秀太 18歳 大学生』



 記事の端には電話番号とメールアドレスがあった。

 「ボーカルも募集してるみたいだよ。千尋ちゃんが名乗り出てみたら?」

 木村はわざと茶化すように言ったが、千尋は自分が軽音楽部を辞めたことについて木村が少なからずショックを受けていたことを知っていた。

去年の4月、彼は千尋が音楽を始めたことを聞いて喜んでいたのだ。

 「この蒼井さんって人、どんな感じの人でした?」

 千尋の前向きな姿勢が予想外だったのか、木村は最初少し驚いたようだったが、すぐに答えてくれた。

 「えーと……すごく優しそうな子だったよ。なんていうか……纏ってるオーラが暖かいというか。それとK大学って言ってたから勉強もできるんだろうね。あとは……」

 千尋に勧めたいのだろう、木村の声は弾んでいた。

彼の話を聞く限り、この蒼井秀太という人物は千尋が苦手とするようなタイプでは無さそうだった。

もっとも、1度しか会ったことのない木村の感想なので、どこまで信頼できるかはわからないが。

 ただ、K大学というのは千尋も少し驚いた。大学については、悲しいことに千尋とあまり関係ない話題なので、それほど詳しくは無いが、それでもK大学は地元なのである程度の知識はあった。

トップクラスとはいかないものの、偏差値は国立大学の中でも上から数えた方が早かったはずだ。駅周辺の数ある予備校にも「K大学○○人合格!」などとよく看板が出ている。

しかも蒼井秀太は18歳とあるので、現役で受かったのだろう。確かに頭は良さそうだ。

 しかし、千尋にとってそれは心配の種になりえた。千尋は勉強があまり得意ではない。

自分と彼はあまりにも違う世界に住んでいるのではないかと思えた。そうだとしたら、やっぱり会話は弾まないだろう。ただでさえコミュニケーションは得意ではない。

 一方で、僅かながら期待を持っている自分がいた。

彼は自分とも違うが、高校のクラスメイトとも違うタイプの人間だろう。

木村みたいに上手くやっていけるかもしれない。

去年の1学期以降、「このままではいけない」と苦悩した日々が千尋の背中を押した。

 「ちょっと考えてみようかな……。電話番号とアドレス、控えていってもいい?」

 木村の顔が輝いた。

次回は7月10日投稿予定です_(._.)_

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