ホームラン
永野をはじめとする男子たち一行はラケットを抱えてその後すぐにやってきた。
彰のイライラが爆発寸前で何とかおさまって千尋は胸をなでおろす。
ソフトテニスに出場するのは各クラスからそろぞれ3ペアで、体育の授業は2クラス合同で行われるため、今コート内には6ペアの計12人がいる。千尋と彰を除いた10人はみんな男子で、2年4組からは千尋と彰、永野の他に、永野と同じく野球部で背の高い谷岡、声が大きくクラスの中でも目立つタイプの林と小柄で眼鏡をかけた青木という名前のクラスメイトが出場する。3組のメンバーは知らない顔ばかりだ。
千尋の通うこの高校は軟式硬式共にテニス部が県内でもそれなりの強豪校ということもあり、テニスコートは綺麗に整備され、更に8面もあった。
そのため12人全員が不自由なく同時に練習することができ、彼らに言われるがまま一先ず2ペアずつに分かれて打ち合ってみることになった。
千尋と彰の相手は、永野と谷岡の坊主頭ペアだ。
入り口から一番離れたところのコートに4人集まり確認をする。
最初千尋が手にしていたボールはコートの隅に転がしておいた。
「俺らテニスやったことないし、とりあえずアウトとかそういうルールは関係無しでやってみよう」
仕切り役は永野。彼の言葉に3人が肯き、コートを分断するネット越しに向かい合う形でそれぞれ2人ずつに分かれた。
すぐ横に目をやると、隣のコートでは林と青木の2人が3組のメンバーとわいわい騒ぎながら既に練習を始めている。
漫画やアニメを観て覚えたのであろうと思われるウイニングショットの名前を叫びながら一心不乱にラケットを振り回す彼らの様子は、とても高校生とは思えない。しかも必殺技と名乗っている割には、至って平凡なラリーだ。しかしその平凡なラリーも、それなりに続いているのをみると彼らは全くの素人という訳ではないのかもしれない。
そんなことを考えながらとぼとぼとベースラインまで下がったところで彰が千尋に話しかけてきた。
「ねえ、ポジションみたいなの、どうすんの?」
「ええっと、最初は前衛とか後衛は気にせずに、2人ともこのラインの辺に立って、自分の方に来たボールを打ったらいいと思うよ」
「そっか。まあ、任せるわ」
「うん」と返事をした千尋は、まだ運動を始めていないのにも関わらず大きく脈打っている心臓を落ち着かせようと必死に努めていた。
隣のコートは相変わらず「必殺!」「秘技!」などとやたら五月蠅い。
「それじゃー始めるよー」
千尋の対角線上にいる永野がアンダーサーブでボールを寄越す。
未経験者と言っていた彼がサーブに技名を付けなかったことはもちろん、オーバーヘッドを選択しなかったことに一先ず安心して千尋はゆっくりとフォアハンドで谷岡の方向に打ち返した。
ボールは緩やかな放物線を描き、谷岡の手前でワンバウンド。我ながらかなり打ち易い所に返せたと自己満足する。
あのスピードであのコースなら初心者でも簡単に、更に言えば彰の方向に打てるだろうと千尋が安心したのも束の間。谷岡が打ったボールは千尋の頭上を高く越え、背後のフェンスが大きな音を立てた。ホームラン。谷岡の隣では永野が笑っている。
「あ、悪ぃ……」
「いいよいいよ」
そう言って千尋はボールを拾い上げ、彰に投げ渡した。
「はい、五十嵐さん」
受け取った彰は、「え?」と目を丸め、面食らったようだった。
「あたし!?」
「あ、うん……。まだ打ってないから」
ビビらないビビらない。千尋は自分に強くそう言い聞かせながら彰に答える。
「下からこうやって打てば大丈夫」
千尋が目の前で素振りをして見せるが、彰はボールを左手で握ったまま動かない。よく見ると顔が少し強張っている。
「乱打だから、失敗してもいいし、気楽に打ったらいいよ」
「あ、ああ……」
彰は小さくそう呟いてゆっくりとラケットを大きく振りかぶった。
あ、まずいかもしれない。
千尋がそう思った次の瞬間、今度は向こう側のフェンスが大きく鳴った。2者連続ホームラン。
その後先程本塁打を打った谷岡がボールを拾いに行くのが見えた。