ふたたび
体育の授業は昼休み後の5時間目。
更衣室で着替えた後、グランドで男女に分かれてそれぞれ出欠確認と準備体操、簡単な説明を受けて球技大会の練習に入る。
千尋も指示された通りに、先生の後を追ってグランド片隅の器具庫にラケットを取りに向かった。
同行しているのが男子ばかりなのを見ると、どうやら3組のソフトテニス出場メンバーは全員男子らしい。
男女が共に参加できる種目の場合、女子に比べ男子が出た方が絶対的に有利なため、勝ちを狙いに行くなら当然の成り行きだろう。
先頭の千尋に対して最後尾でゆっくりと付いてきているのが彰だ。
身長の高い彼女がこうしてジャージを着ていると、周りがみんな男子だということもあって、中性的な男の子のように見える。
発しているオーラが威圧的なのも、その要因のひとつに違いないと千尋は思う。
先生が器具庫を開け、安物のテニスラケットがいくつも無造作に突っ込まれた大きな箱を取りだした。
ソフトテニスを3年間続けた千尋からすると、もう少し丁寧に保管してもいいものなのにと思うが、不特定多数の生徒に使われるのだから仕方がないといえば仕方がない。
あれだこれだといつまでも選り好みしている男子たちを尻目に、
千尋はこの程度のラケットなら、どれを選んでも同じだろうと近くにあった1本を抜きとり、一足先にテニスコートに向かった。
自転車置き場から校舎及びグランドへと続く長い階段を半分降りたところにテニスコートは位置する。
千尋が着くとそこには既に先生がいて、ソフトテニス部の部庫の前にはボールの沢山入った籠が置いてあった。
「あれ? ひとりか? 他の奴らは?」
「多分、まだラケット選んでます」
「そっか、しょうがねえな。どれ選んでも大して変わるもんじゃないのに。それじゃ、先生はソフトボールの方を観に行くから、最初に言った通りちゃんと時計を見てチャイムが鳴る5分前には切り上げてこいよ。次の授業があるから、ボールは籠に入れたままでいいぞ」
「分かりました」
先生が立ち去った後、千尋は籠の中からボールをひとつ手にとって握った。懐かしい感触だ。その後、それを上に放りあげてラケットで受け止める。ラケットリフティング。ポンポン、と心地いい弾性音が静かなテニスコートの中を響き渡る。次に地面に向かってラケットでボールを付き、そのまま一番奥のコートに向かった。
それにしても……。最後にボールを手の中に収め、思わず千尋は頭を抱える。まさかこんなことになるとは……。
『その人と合わないと思ったら、逃げちゃえばいいんだよ』
秀太の言葉が頭の中に響く。
「逃げられなかったよ……秀太」
千尋はポツリと呟いた。
次にコートに入ってきたのが彰だった。こっちに向かってくる彰に対して何もしないのもかえって険悪だと思って、千尋はラケットを持った手を小さく振って見せる。
そこでひとつ笑顔でも見せてくれたならば、千尋の緊張感も随分和らぐのだろうが、そんな柔な相手ではない。現実の前にあるのはいつもの不機嫌そうな顔のままだ。
「あいつら、まだラケット選んでやがる」
千尋のもとにやってきて、第一声。千尋は前日のことを思い出し、慌てて返事をする。
「そ、そうなんだ」
「そんな変るもんかー? 道具ひとつで」
「もちろん変ると言えば変わるけど、上にあったラケットのレベルだったらみんな同じ様なもんだよ」
その言葉に、彰は素早く反応をした。
「詳しいのか?」
「あ、いや……。中学校の時ソフトテニス部だったから」
「ふーん。今は、違うんだよな。球技大会出れるってことは」
「うん。部活は何にもやってないよ」
「そっかそっか。元テニス部か。それじゃあ、ひとまず安心だな。あたし、1回もテニスやったことないから」
「多分……大丈夫だと思う。テニスはそんなに難しくないから」
「おいおいホントかよ。っていうか何を基準に難しくねーんだよ」
そう言って、彰は笑った。始めてみる彼女の笑顔に、千尋は思わず見入ってしまった。
彰はそれに気付くと、思いのほか困ったようにたじろいた。
「な、なによ?」
「い、いや別に」
怒られると思っていた千尋も彼女の意外な反応に、つられるように戸惑ってしまう。
「つーか、あいつらマジで遅すぎるだろ!」
コート内の沈黙を破る突然の大声に、千尋の心臓が飛び跳ねた。やっぱり、まだ恐い。