メンバー表
まさか、こんなことになってしまうとは。
ボロボロのテニスラケットを片手に、千尋は頭を抱えた。
あれから一夜が過ぎ、窓際の様子を窺いながら教室に入った今朝のホームルームでのこと。
千尋のクラスの担任で、数学を教える40代半ばの三浦先生は、教壇に立つと2枚の紙を取り出し、この日開口一番に言った。
「再来週の球技大会のメンバー表、提出期限は今週中だけど、3・4組は今日午後に体育の授業があるから、そのとき練習ができるように昼休みまでに決めといてくれってさ」
その言葉で途端に教室内がざわめきだす。
「何にするー?」「あたしバスケがいい!」「俺は今年もバレーに出るから」「お前はどうすんの?」
あちらこちらでそんな会話が始まり、終止がつかない。たまらず三浦先生は大きな声で制止する。
「おい、静かに! まだホームルームは終わってないぞ」
千尋の通う高校では、球技大会が年に2度ほど行われる。
その内の1回が今月中旬に予定されているのだ。
どうしてこんなにジメジメして、天候に恵まれる機会も少ない6月に球技大会があるのか、千尋にはわからない。
恐らく、教師陣のカリキュラムの都合なのだろう。
ちなみに千尋は昨年2回ともドッヂボールに参加した。
けれども別に、自分から特別この種目を希望したわけではない。むしろドッヂボールは、スポーツが割と得意な千尋だが、どちらかと言えば苦手とする競技だった。
たまたまクラスの編成上、女子種目であるドッヂボールにクラスが出場しよう思ったら、どうしても1人空きができてしまうのだ。いわば、千尋は人数合わせだった。
苦手といっても、周りは全員女子だったし、技術の問題は運動神経である程度カバーできたので、千尋は特別問題なく無事に過去2度の球技大会を終えられた。
なお、ここで言う問題とはチームの足を引っ張ることで、千尋が何より恐れていたことだった。
だから千尋は今年も適当に空いた種目に人数合わせ要員として参加するつもりでいた。
クラスが出場する競技は、希望者の人数を見て、体育委員や学級委員が決めてくれる。
それらの中で、ギリギリ参加人数が足りない種目を選んだらいい。
そう思って、千尋はクラスメイト達が全員教室後ろのホワイトボードに名前を書き終えるのを、昼休みまで待ち続けた。
「あの、神崎さん」
その昼休み、突然話かけてきたのは永野という名前の、口も聞いたことのない男子だった。
坊主頭をみて、そういえば4月の自己紹介の時野球部に所属していると言っていたのをぼんやりと思い出す。
「え?」
そんな彼が自分に何の用だろうかと、千尋は疑問符調に返事を返すと、彼は思いもよらない言葉を投げかけてきた。
「球技大会のことなんだけど、神崎さんと五十嵐さんでソフトテニスに出てくれないかな? 男女共同種目で女子は大変だけど、あとひと組だけ足りないんだ」
「えぇ!?」
思わず大きな声が出てしまった。永野はそれに驚き、慌てて続ける。
「い、いや、テニス苦手だったら駄目でいいんだ。俺たちも卓球にまわるから。でもさ、女子種目はもうみんな埋まっちゃってるから……まあ、バスケとバレーを解体すればドッヂボールにちょうど人数が合うんだけどさ……」
テニスは苦手ではない。何なら球技の中で1番得意と言っていい。
千尋は中学校の3年間ソフトテニス部に所属し、校内ではエースだったのだから。
だけど……今の千尋にとっては出来れば避けたい競技だった。
更にその上、ペアの相手があの五十嵐彰なのだ。
しかし、そんな自分のわがままでクラスメイトに迷惑をかけるわけにはいかない。
そもそも悪いのは自己主張することもなく、ただ待ち続けることを選んだ自分だ。
千尋は腹を決めた。
「う、うん、大丈夫。分かった。私もテニスに出る」
「ホント!? ありがとう! 五十嵐さんには俺から言っておくから」
そう言うと、永野は窓際の彼女の席に向かって行った。
彼女がこの話を聞いてどんな反応をするのか見るのが怖くて、千尋は後ろのホワイトボードに名前を書くため立ち上がる。
ソフトテニスに五十嵐彰。千尋にとって、考えられる限り最悪の組み合わせだった。