光明
どれほどの時間、泣いただろう。
大人になっていく過程の中、声をあげずに泣くことにすっかり慣れ切ってしまっていたことを、
全身を襲う倦怠感が教えてくれた。
「落ち着いた?」
スタジオの静寂を破る柔らかい声。
千尋はその声の主の顔を見ることができなかった。
「……うん」
暫しの沈黙。
千尋が我を忘れて泣き喚いている間も、秀太は部屋を出ることなく、
すぐそばで膝をついたまま見守っていてくれた。
そんな彼には、申し訳なさと恥ずかしさで合わせる顔が無い。
俯いたまま、地面をただじっと見つめている千尋の耳に、「ガタン」とパイプ椅子が動く音が聞こえた。
秀太が座ったのだろう。
続けて、「ふう……」という小さなため息の音。
恐かった。
秀太は先の醜い姿をみて、どんな思いでいるのだろう。
悲しかった。
彼の心が自分から離れていくことを考えると。
それでも、弁解の言葉は何も浮かばない。いや、そもそも弁解などしようがない。
「千尋が」
沈黙を破る秀太の言葉に、体がひとつ大きく震える。出来るものなら耳を塞いでしまいたかった。
「千尋が人見知りだってことは知ってるよ。最初に君が教えてくれたからね」
「……」
「千尋はそれを、駄目なこととか、自分の悪いところみたいに感じてるようだけど、僕はそうは思わない。それは、相手のことをすごくちゃんと考えられる証拠でもあるから。僕は千尋のそんな優しい所が好きだよ。でも……」
勇気を出して顔を上げる。秀太はいつもの優しい表情をしていた。
「周りの誰も傷つけちゃいけないからって、代わりに君だけが傷つくのは違う。だから、君だけがそんなにも辛い思いをする必要はないんだ。僕は千尋になら、傷つけられたって構わない。そんなことで君から遠ざかるような軽い気持ちで一緒にいるわけじゃない」
秀太はにこりと微笑んだ。
「だから、安心して思いっきり僕を頼ってくれたらいい。人見知りで、初対面に苦労したり辛いことがあったりしたら僕に話してくれたらいい。何があっても変わらない味方がいると思ってくれていい。それに……」
「あまり大きな声では言えないけれど、何もこの世界の全ての人と仲良くする必要はないんだから、その人と合わないと思ったら逃げちゃえばいいんだよ」
そう言って、秀太はパイプ椅子から立ち上がった。
ゆっくりと、一歩一歩千尋のもとに歩み寄る。
そんな彼が目の前にやってくるまで、千尋は彼をじっと見つめ続けた。
「君が君を嫌いと言うのなら、僕が2倍君を好きでいる。君の分まで君を好きになる。だから、ほら」
目の前に差し伸べられる小さな手。
千尋にとって、それはまるで暗闇を切り裂くひとつの灯のように思えた。
上か下かもわからない真っ暗な世界を、浮かび上がらせる優しい光。
必死に逃げようとする暗がりまでも、明るく照らすその光に向かって千尋は懸命に右手を伸ばす。
そして――しっかりとつかまった。
その暖かい手に体重を預けて千尋は立ち上がろうとした。
しかし、その手の主は片手では重さに耐えきれず、ふらっと体がよろめき、
「うそ!?」と慌てて助太刀の左手を出す。
そうして何とか千尋を引っ張り上げた秀太は、照れたように頬を緩めて言った。
「これだから、小さいのはイヤなんだよ」
それを聞いて千尋も答える。
「いいよ、私が痩せるから」
思わず笑ってしまった後、もしこれがわざとだったら本当に彼はすごい人だと千尋はふと考えたが、
目の前で本気でへこんでいる様子を見て、流石にそれはなさそうだと思い直した。
それでもやっぱり――
「あ、笑った!」
秀太は、千尋にとっての光だ。