昼休み
学校で過ごす1日の中で、1番嫌なのが昼休みだ。
授業の終わりを告げるチャイムと共に、周りのクラスメイトはそれぞれ仲の良いグループで集まり、みんなで仲良くお弁当を食べ始める。
教室の至るところで机が並び変えられる中、いつも千尋はぽつんと独り、自分の机で弁当に向かい、黙々と箸を動かす。
別に誰かが自分を見ている訳でないことは分かっているが、クラスメイトの視線にはつい敏感になる。寂しい事より、寂しそうだと思われる事の方が辛かった。
だから千尋は毎回急いで弁当を食べた後、すぐに図書室に向かう。これが千尋の悲しい日課だ。大して興味のない本を読みながら、時間が過ぎるのをひたすら待ち続ける。
壁に掛ったあの時計を、この1年の間にどのくらいの時間見つめてきたのだろう。
五十嵐彰は昼休みが始まるとすぐに教室を抜け出して、いつもどこかへと姿を消す。そして千尋が教室に戻る頃には、きちんと窓際の席に座り、やっぱり不機嫌そうな顔をしてチャイムが鳴るのを待っている。
彼女が普段どこで昼休みの時間を過ごしているのか千尋は知らない。見かけることは無いから、少なくとも図書室ではない。
そんな彼女の真似をする訳ではないが、この日千尋は昼休みどこか別の場所で弁当を食べてみようと朝から考えていた。
新しいクラスになって2ヶ月近くが経ち、クラス内のグループもほぼ固定化されてきたからだ。
4時間目の古典の授業が終わると、千尋は机の横に掛けてあるカバンから弁当箱を取り出し、予定通りそっと教室を出た。
行く当てが全くないわけではない。何しろ朝からずっとちょうどいい場所を検討していたのだ。その候補は2か所あった。
ひとつは廊下を少し歩いてすぐに出られ、中庭やグランドに繋がるやや広めの2階に造られたテラス。
そこにはうまい具合に階段があるのでちゃんと座って食べることができるし、何よりどの教室の窓からも目に入らない。
しかし、いざ着いてみると、そこで食べるのには少々問題があった。千尋がテラスに出て辺りを見回すと、そこでは複数のカップルが幸せそうに肩を並べて座り、食事をしながらおしゃべりをしていたのだ。
とてもじゃないが、こんな中独りで弁当を食べる勇気は無い。千尋は気づかれぬよう、こっそり廊下へと引き返した。
ふたつ目の候補は屋上。本来立ち入り禁止の場所なので、さっきのようにカップルで溢れていることはなさそうだが、その点では別の不安があった。
小説や漫画によって作られた、現実味を帯びない空虚なものに過ぎないが、学校の屋上といえば『不良達のたまり場』というイメージがある。
そしてこの学校にも『不良』と呼ばれる様な生徒が少なからずいることは千尋も知っていた。
千尋はそんな想いに内心ドキドキしながら4階から屋上へと続く階段を上り、その先にある重い扉をそっと開けた。そうして作ったわずかな隙間から片目だけで外の様子を慎重に窺う。もしもそこに複数の生徒がいたなら、すぐに退散するつもりだ。
しかし千尋の目に映ったのは人気の全くない屋上と、その先に広がる校庭の風景だけだった。抱えていた不安から解放され、肩の力がすっと抜ける。千尋は安心して扉を押し開け屋上に出た。
小学校や中学校の頃も含めて、学校の屋上に出るのは初めてだった。外から吹いてくる強い風が顔にあたって心地いい。
更に足を一歩二歩と進めてフェンス越しまで辿り着き、そこから外を眺める。
4階建てのこの学校の屋上から望める校庭や街の風景は、いつも3階の教室の窓から見ているものとは少し違った。グランドは一層小さく、青空に浮かぶ雲は一段と近くに見えた。
首を曲げて真上に空を見上げると、名前も知らない鳥が1羽飛んでいる。それを見て千尋は羨ましく思った。
単独でいることが当然で、集団に憧れることも、集団から馬鹿にされたり憐みの目で見られることもなく、自由に空を飛びまわって……。
「いいなぁ……」
自分でも気がつかないほど自然に声が出た。
だから突然後ろから声をかけられたのには、千尋は思わず飛び上がりそうになった。
「なにがだ?」
驚いて振り返り目をやると、そこには不機嫌そうな顔をしたあのクラスメイトが立っていた。