3人目(1)
「初めまして。大江由香里です」
千尋と秀太は最初呆気に取られて固まっていた。
由香里の声で2人とも我に返り、慌てて自己紹介をする。
「初めまして。ギターの蒼井秀太です」
「ボーカルの神崎千尋です」
そう言って2人は深くお辞儀をした。
何だかそうしなければいけないような気がして「そんな、かしこまらなくても」と由香里に困った顔でそう言われるまで頭を下げ続けた。
「よく私たちだってわかりましたね」
千尋は不思議に思った。
秀太がギターを持っているとはいえ、この広場には楽器を持った人間など沢山いるのだ。
「ええ、それは。すぐにピーンときました。ああ、この方達だって」
由香里は、ほほ笑みながらそう答える。綺麗な人だ。
モデルのように細く、背も高い。ヒールを合わせれば優に170cmを超えているだろう。
まっすぐ肩まで伸びた烏羽色の髪は、シャンプーのコマーシャルに出てくる女優を思わせた。
そんな彼女の前では千尋も秀太もいっそう幼く見えた。
「今回はありがとうございます。ピアノもあるスタジオの予約をとってあるので、そこで僕らの演奏を1度聴いてから判断してもらったらと思います」
秀太が言う。
「わかりました。それにしても……」
「ん?」と秀太が首をかしげる。
「蒼井君は女の子みたいですね」
千尋は笑ってしまった。
駅前のメインストリートにあるそのスタジオに来るのは3人とも初めてだった。
受付のお兄さんが強面のスキンヘッドな上にデスメタルのTシャツに身を包んでいたので、千尋は思わず肩に力が入ったが、
秀太は全く臆することなく速やかに学生証を提示しお金を払って、無事に入会を済ませる。
案内されてピアノのある部屋に入り、秀太がチューニングを終えると、2人は由香里の前で春休みからずっと練習してきた『少年時代』と『どんなときも。』に、
新学期から練習を始めたスピッツの『空も飛べるはず』を加えた3曲を続けて演奏した。
その間、由香里は椅子に座って2人の演奏をずっと笑顔で聴いてくれた。
「とても息が合っていますね。千尋ちゃんの声はとても優しい声で癒されます。始めたばかりだと聞いていたので蒼井君には驚きました」
聴き終った後に由香里はそう言うと、椅子から立ち上がって、部屋の隅にあるグランドピアノに向かい席に着き、
「では、次は私の音を聴いてもらいますね」
と、演奏を始めた。
千尋はクラシック音楽に関してはまるで素人なので詳しくはわからないが、由香里のその腕前はほとんどプロのピアニストと言っていいように思えた。
どうしてあんなに自由自在に動かせるのだろう。由香里の指を見て千尋は真剣にそう考えてしまう程だった。
秀太も千尋と全く同じ様子で、2人は由香里の奏でるピアノの世界にしばしの間引き込まれた。
細い指で最後に叩かれた鍵盤の音が鳴り終わると、2人は自然に拍手をしていた。
それを見て由香里はにこりとほほ笑み、
「私も仲間に入れてくれますか」
と言った。それを聞いて秀太は慌てて言葉を返す。
「僕らはもちろんですけど、ね?」
同意を求められて、千尋はすぐに首を縦に振る。
「ただ由香里さんは僕たちで良いんですか?発表の場とかもまだ全然予定無いですよ?もっと上手い人たちの方が……」
「いいえ、あなたたちが好いんです」
由香里はそう言って、またにこりと笑った。
次回は7月22日(金)投稿予定です_(._.)_