序
春の大型連休が終わっても、街の中心にあるこの駅は人で溢れ返っている。
そんな人ごみの中を神崎千尋は小さな体を目いっぱいに使って必死の思いで抜け、待ち合わせ場所に向かっていた。
目的地は駅前にある広場。改札を抜けたら歩いて5分とかからない。約束の時間である午前10時までにはまだ20分もあり、遅れることはまずあり得ない。
けれど、できるだけ早く着きたかった。待ち合わせ相手の到着がいつも早いのだ。
いつもどのくらい前もって来ているのか千尋は知らない。
だが、確実に20分前には着いているだろう。千尋には確信があった。
駅の入り口を抜けると、千尋は栗色の髪をなびかせて駆けだした。
千尋が広場に着くと、小さい体で重たそうにギターケースを担いだ蒼井秀太の姿が、思った通りそこにあった。
「おはよう、待った?」
千尋が駆け寄って声をかけると、秀太は気がついて
「あ、おはよう。あれ?まだ時間じゃないよね?」
と不思議そうに答えた。
秀太にとって、待ち合わせで『待つ』というのは約束の時間が過ぎてからのことらしい。
このやりとりをかわす度千尋は不思議に感じるのだが、自分よりも他人の事を優先する秀太らしいとも思う。そんな秀太の優しいところが千尋は好きだった。
そしてだからこそ、本来朝が苦手で休みの日の二度寝が何よりの喜びだった千尋でさえ、できるだけ早く待ち合わせ場所に行こうと、自然に思えた。
「今日も晴れたね」
「そうだね、日頃の行いが良いからかな」
千尋と秀太はいわゆる男女の仲というヤツではない。
更に言えば、千尋が秀太に出会ったのは、ほんの1ヶ月ほど前のことだ。