最後の電車に咲く花
終電が発車したホームには、夏の夜の熱気だけが残っていた。
高校二年生の遥は、誰もいないベンチに腰を下ろし、小さくため息をつく。今日もまた、父とは言い争いになった。進路、成績、将来。答えのない言葉ばかりが部屋を飛び交い、逃げるように家を出てきたのだ。
「それ、落としましたよ。」
声をかけてきたのは、古びた制服を着た少年だった。遥の足元には、いつの間にか小さな青い花が落ちている。
「私のじゃないけど……。」
「そうですか。」
少年は微笑んだ。その笑顔はどこか懐かしく、まるで昔の写真から抜け出してきたようだった。
「この駅、不思議なんです。」
「不思議?」
「人生で一番後悔している人だけが、たまにここへ来る。」
冗談だと思って笑おうとした遥だったが、少年の瞳は真剣だった。
「君は後悔してる?」
そう尋ねられて、遥は答えられない。
後悔ではない。ただ、自分が何をしたいのか分からない。それなのに、みんなは未来を決めろと言う。
少年はホームの向こうを見つめながら言った。
「未来は選ぶものじゃない。歩いた先で、振り返って初めて名前がつくんだ。」
その瞬間、風が吹いた。
駅名標がきしみ、ホームに青い花びらが舞う。
気づけば少年の姿は消えていた。
遥の手の中には、さっきまでなかった一枚の古い切符がある。
裏には、小さくこう書かれていた。
「後悔しない人なんていない。それでも明日へ向かう人を、人は"生きている"と呼ぶ。」
始発電車がホームへ滑り込む。
遥は立ち上がり、切符をポケットにしまった。
家に帰ろう。
謝ることも、話すことも、まだ遅くない。
夜明け前の空は、少しだけ青く染まり始めていた。




