君はいつまでも空高く
季節が傾き、半袖ではうっすら寒くなり始めたある日。
僕は、バス亭にいた。
仕事の都合で、都会から少し外れた町に来ていて、今から帰るところだ。
時刻表を確認したところ、まだバスは来ないらしい。
僕はスーツの内ポケットから携帯を取り出した。
メールボックスを見たり、アプリを開いたりしたが、すぐに飽きてしまった。
少しぼんやりとしていたら、ガラガラと荷物を引く音が聞こえてきた。
辺りを見渡すと、誰かがこちらに向かってきている。
シルエット的には女の子のようだ。
大きなスーツケースに、スポーツバッグ。
これからどこかへ行くのだろうか。
僕はぼんやりとしたまま、彼女がこちらに来るのを眺めていた。
彼女が僕の隣で止まる。
十代後半から二十代前半といったところだろう。
少しつけすぎた頬の化粧がなんとなく幼さを演出しているように見える。
「あの…何か?」
しまった。見すぎていたようだ。
僕は謝った。
「あ、ごめん。あまりにも荷物がたくさんあるから。」
彼女は自分の荷物に視線を落としてから、僕の方を見た。
「私、これから上京するんです。」
「へ-。」
彼女は僕をじっと見ている。
なんとなく気まずいので、僕は話題を作った。
「今、いくつ?」
「20歳です。」
「お、若いね。」
「え?じゃあ、あなたは?」
「僕は28だよ」
「え?もっと若く見えますね。」
「そう?」
「はい。」
会話が途切れてしまった。
しかし、彼女から続きの言葉は出てこない。
時計をちらりと見ると、あと5分くらい時間がある。
少し話してしまった後の5分はなんとなくそわそわするものだ。
僕は思い切って、もう一度話しかける。
「君は仕事をしに上京するの?」
彼女は僕の方を見上げた。
そしてにこりと笑う。
「そうですよ。」
「そっか。」
「今まで地元にいたんですけど、これからは都会で頑張るんです。」
まだ僕より若いせいだろうか。
それとも、夢を持っているからだろうか。
輝きのある笑顔だった。
「いいね、若いって。」
「何言ってるんです。十分若いじゃないですか。」
「いやいや。僕はもう若くないよ。」
彼女は首を傾げた。
僕は微笑む。
まだ若い彼女にはわからないだろう。
僕のように、見た目よりも早く気持ちが年をとる感覚を。
「あ、バス来ますよ。」
「ほんとうだ。」
バスが止まる。
僕は彼女のスーツケースを持ってバスに乗りこんだ。
「あっ、いいですよ!」
少し重いが、苦になる重さでもなかった。
僕は 立ちすくむ彼女に手招きをした。
「大丈夫だよ。ほら、君も早く乗りな?」
「すいません、ありがとうございました。」
彼女はそう言って、僕に続いてバスに乗り込んだ。
車内には、僕らしかいない。
「せっかくですし、まだお話しませんか?」
「そうだね。」
僕らはお互いに近い席に座った。
「あの…お仕事は何をされてるんですか?」
「ん-……説明するの難しいなあ」
「サービス業ですよね?」
彼女はスーツを見ながら首を傾げる。
サラリーマンとかを連想していたのだろうか。
僕は少し考えてから答えた。
「まあ、簡単に言えばそんなかんじ。」
「へえ。」
「でも、もう少し言うと芸術関係。」
「芸術?素敵!」
「ありがとう。とは言っても、僕が何かを作るわけじゃないんだ」
「どういうことですか?」
「僕は芸術家をサポート……って言えばかっこいいかな?」
「へ-。面白そうなお仕事!」
彼女は楽しそうに話を聞いてくれている。
なんだか、くすぐったい気持ちになった。
大人になった僕の周りにはこんな反応はない。
すごく新鮮だ。
「じゃあ、僕も聞いていいかな?」
「はい。どうぞ!」
「上京して、どんなお仕事するの?」
彼女は少し恥ずかしそうにした。
何を言い出すつもりなのか。
「えっと……実は私、大学に通いながらいろんな仕事やってて。」
「すごいね。例えば?」
「イラスト描いたり、ネイルアートやったり……細かい作業得意なんです。」
細かい作業と聞いて、僕は身を乗り出した。
「へ-!それは僕の仕事柄気になるな。」
「そんな…プロとかじゃないですから。」
「いやでも、それで仕事ができるって立派だと思うよ?」
「そ、そうですか?」
彼女はかなり照れているようで、頬に手を当てた。
幼くて、可愛らしいしぐさだ。
僕は彼女の荷物を指して言った。
「作品とかないの?」
「えっと……中にはありますけど…今は出せないです。」
「そりゃそうか!」
僕は当たり前の答えに笑った。
そして、名刺を差し出す。
「はい、これ。」
「え?名刺……ですか?」
「そう。気が向いたら連絡してよ。作品見に行くから。」
「えっ!いいんですか?」
ぱぁっと彼女の顔が輝いた。
この子は表情が豊かだ。
ころころと顔が変わる。
「もちろん。あ、よかったらでいいんだよ?」
「あ、はい。ありがとうございます!」
彼女は僕の名刺を大切そうにしまってくれた。
財布のポケットに入れると、彼女から満面の笑みがこぼれた。
「絶対、連絡します。」
僕は少し照れてしまった。
あまりにも純粋な人に、僕は免疫がないようだ。
そして、これが僕の運命を変える出会いになるなんてこのときは、思いもしなかった。