踏切の怪物
※この物語は全てフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
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事故の多い踏切というものは多々あるもので、私の住んでいる町にも存在する。
そこは一年程前から謎の飛込みが増えた古びたところだった。飛び込んだ者たちには明確な理由はないものが多く、いつしか〝呪われた踏切〟などと噂されるようになった。そこを利用する者にとっては迷惑な話である。しかしながら、私も、その踏切を渡らねば会社には辿り着けない。
今日もそこを通って出社したが、部下が何やら騒いでいる。どうしたかと訊ねると「踏切の向こうに怪物が居た」という。詳しく聞くと、大人の身の丈の倍程ある肉の団子のような身体の緑色の怪物が遮断機が閉まると向こうに現れこちらへと手を振ったという。呆然としつつ見ていると列車が通り過ぎ、その後蒸発するように消えたので慌てて渡った、アレがきっと人間を吸い寄せているんです、と部下は力説したが到底信じられるような話ではなかった。
常識的に考えれば部下は極度の疲労状態に陥りありもしない幻覚を見てしまったのであろう。ぶつぶつと不満を言う部下を余所に一日が終わった。
そして、私は今、遮断機がカタカタと音を立てて上下するのを何度も見送っている。時間は夜、普段であれば何も気にする事なく通り過ぎるだけの踏切。その向こう側の街燈が照らす下には大きな緑色の肉団子の怪物が手を降っている。昨日の今日ではない。今朝の話だから自分が見ている光景が受け入れられないでいた。これは幻覚にしてはあまりにもリアルだった。夢であって欲しいと願うもまたも警告音が鳴り、遮断機が下り、列車が通り過ぎる。その度に現実の風の生あたたかさを頬に感じる。
ここを避けて帰宅する手もある。遠回りだが出来ない事はない。ただ、足が竦み動いてくれない。恐怖だろうか。再び踏切の警告音が鳴る。また怪物が手を振る。あの怪物はこうやって人間を引きずり込むのだろうか、そう思った次の瞬間、私の身体は前に吸い込まれるように押し出された。何が起こったのか理解は出来なかったが怪物が凄まじい勢いでこちらに飛んでくるのが見えて、ぽよんとした何とも言えないやわらかい感触が伝わった。次の瞬間、背後で叫び声が響いた。私は下がった遮断機の後ろに居て、その後ろに黒ずくめの服の男。男の腕を掴む怪物が居た。
『めっ! めっ!』
怪物は眼も口もないのに声を出す。まるで、危険な事をした幼子を叱る母親のようだ。男が震えながら情けのない声を上げた。
「た、たすけ、ばけ、ばけもの」
怪物がゆっくりと音もなく消えていき、男の叫びに駆け付けた人々が我々を取り囲んだ。彼らは状況を〝私を踏切へ突き飛ばした男が腰を抜かした〟と判断し男は御用となった。
この〝呪われた踏切〟は、その後、男の供述により〝イカれた連続殺人鬼〟の犯行として幕を閉じた。男は最期まで「ばけものに襲われた」と泣きわめいていたが信じる者は居なかった。いや、私を除いて……。
今日も私は踏切に居る。遮断機が下りて警告音が鳴ると、踏切の安全を守る遮断機の向こうの怪物に小さく手を振る。怪物は何処か照れたように手を振る。ぽよんと揺れた身体は何も言わないがこう聞こえる。
『まだ渡っちゃダメだよ』と。
今後、似たような事件があっても彼、いや彼女かも知れない存在が守ってくれるだろう。私たちだけがそれを知っている。