第55話 また会いましょう
「ええっ⁉ ウミちゃんとお別れ⁉」
ココが驚きの声を上げる。
「ウミちゃんも、どこかに行っちゃうの?」
「うん……。わたしも、今日で帰らないといけないの」
「ごめんなさいね。そういう決まりなのよ」
それまで黙って見守っていたバーハローズが言った。
「この子がこことは違う、別の場所から来たのは……みんな見ていたから知っているわよね?」
別の場所から来たのをみんな見ていた。宇海としては気がついたら船の中で寝ていただけなのだが、他のみんなにとって、宇海は空から落ちてきた不思議な女の子だ。そのせいで神様だと思われたりもした。
「この子がここに来たのは、一週間だけでもいいから船に乗って冒険がしたいと、この子自身がそう願ったから。そしてその期限は今日で終わり。元の世界に戻る時が来たの」
「そう……。それじゃあウミちゃんは、ウミちゃんの願いを叶えるために、ここに来たのね」
「うん……」
寂しそうなみんなの顔を見回しながら、宇海は頷いた。もしかしたら自分も今、みんなと同じような表情をしているかもしれない。
「でも、安心して。もう二度と会えなくなるわけじゃないわ。この子がまたあなたたちと冒険したいと願えば、いつかまたその願いは叶えられる。その時まで、少しお別れするだけよ」
「そっか。ウミちゃんが来てから賑やかさが増したから、また会えるとしても、賑やかさが減っちゃうのは寂しいね」
「では我々がその分賑やかにしてみせよう」
寂しそうに言うゴルタヴィナの耳元で、サミニクがミリーをかき鳴らした。
「それは〝賑やか〟じゃなくて〝騒々しい〟だよ!」
ゴルタヴィナは怒ったが、みんなはそんな二人の様子を見て笑い声を上げた。しかしココだけは暗い顔でうつむいていた。
「ウミちゃん、本当に行っちゃうの? せっかく友達になれたのに……」
「ココちゃん……」
残念がるココを見て、宇海も心が痛んだ。歳が近いのもあって、ココはよく宇海を可愛がっていた。宇海もお姉ちゃんができたみたいだと思って甘えていた。だから二人とも別れるのは辛かった。
「ココ。それからウミも。言っただろう? 二度と会えなくなるわけじゃないって。またいつか会えるんだから、その日を楽しみに待てばいいじゃないか」
「じゃあ、ピカ姉は寂しくないって言うの?」
頬を膨らませて抗議するココ。ピカネートは困ったように頭をかいた。
「アタシだって寂しいさ。でも、いつかきっと別れる日が来るんだろうって、覚悟はしてたよ。それがたまたま今日だったってだけさ。ほら、シャキッとしな。こういうときは笑顔で別れるのが一番だよ。寂しい顔してちゃ、ウミだって帰ってからもずっと心配しちゃうだろう?」
「……うん。そうだね」
ココは大きく息を吐くと、寂しい気持ちを追い払うように頭を振り、笑顔を作ってみせた。
「ウミちゃん。短い間だったけど、一緒にいられて楽しかったよ。今までありがとう。またボクの料理を食べにおいでね」
そう言ってココは、宇海をぎゅっと抱きしめた。
「うん。ありがとうココちゃん。わたしも楽しかった。ココちゃんの料理を食べに、絶対また来るね」
宇海も、ココを抱きしめ返しながら答える。離れ離れになるのは寂しいけど、これで最後じゃない。きっと、いや、絶対また戻ってくるんだ。宇海はそう誓った。
ココが宇海から離れると、他の船員たちも順番に宇海に別れの挨拶をした。
「ウミちゃん。今度は私にもウミちゃんの書いた物語を読ませてよ」
宇海の頭をわしゃわしゃと撫でながらゴルタヴィナが言った。
「君の旅路に幸多からんことを」
サミニクがミリーをポロンと奏でた。
「私たちと一緒に冒険してくれてありがとう、ウミちゃん。ウミちゃんのおかげで、楽しい思い出がたくさん増えたわ」
アーレフも軽く宇海を抱きしめた。
「ありがとう、ウミ。これはアタシからの贈り物だ。次会う時まで、大切に持っていてくれるかい?」
そう言ってピカネートは、あるものを宇海に差し出した。帽子につけていた虹色に輝く羽飾り——そう、虹の羽ペンだ。
「えっ⁉ これ、アーバントさんのなんじゃ……?」
宇海がビックリして問うと、ピカネートはからからと笑って答えた。
「まあ、そうなんだけどね。って言うか、そうだったんだけどね。実はあの後、またあの魔法を使わないようにって、アタシが預かることになったんだ」
「ピカ姉、そう言って本当は盗んだんじゃないの?」
ココが疑わし気に言うと、アーレフが否定した。
「大丈夫、これは本当よ。その場にいた私が保証するわ。無効にさせるための道具がないと使用後何かあったときに大変だから、だったらいっそ手元にないほうが使わずに済む。とかなんとか言って、彼がピカネートに渡したの」
「あら、あの子ってば、そんないい物持っていたのね」
と会話に加わったのはバーハローズだった。
「その羽ペンは確かに魔法を無効化させる力も持っているけど、それだけの道具じゃないのよ。別の場所にいる人と文字でのやり取りもできるし……そうだ!」
何かを思いついたバーハローズが両手を前に差し出すと、そこに光が現れた。誰もが驚いてその光を見ていると、光は段々弱まり、その代わりに別のものに変化していった。光が完全に消えたあとにバーハローズの手のひらの上に現れたのは、一冊の分厚い本だった。
「宇海、これは私からの贈り物よ。これにそのペンで書き込めば、私はそこに書かれたものを読むことができる。物語を書いてももいいし、私へのメッセージでも、なんでもいいわ」
「あ……ありがとうございます!」
宇海は緊張しながらその本を受け取った。見た目に違わず、ずしりと重い。
「これで直接彼女たちとやり取りをすることはできないけど、私がまた彼女たちに会う機会があれば、そのときにあなたがどうしているのか伝えることくらいならできるわ。私からのメッセージもそこに表すことができるから、あなたも彼女たちがどうしているのか知ることができる。素敵でしょう?」
「はい……!」
宇海は胸をいっぱいにさせながら本を抱きしめた。会えなくても、みんなのことを知ることができる。ここにみんながいる。寂しくなんてない。
「羽ペンも、本も、大切にするね。その日あったこととか、新しく思いついたお話とか、色々書く。ピカネート船長も、バーハローズ様も、みんなも、本当にありがとう!」
これでお別れだけど、お別れじゃない。みんなの顔がしばらく見れなくなるだけで、いなくなるわけじゃない。わたしはまた、ここに戻ってくる。絶対に。宇海はそう強く思いながら、みんなにお礼を述べた。
「宇海、元の世界に戻る準備はいい?」
「うん」
「それじゃあ目を閉じて。元の世界に送るわね」
もう帰らなきゃいけないのは、やっぱり寂しい。もっとやってみたいことや、見てみたいものは沢山ある。でも、また会える。またみんなと冒険できる。そのときまで、お楽しみを取っておくだけなんだ。希望を胸に抱きながら、バーハローズの言う通りに宇海は目を閉じた。
「また会いましょうね、小さな創造神さん」
宇海は「またね」と小さく呟いた。
みんなの別れの挨拶をする声が、段々と遠ざかって——
○
セミの鳴き声がする。嫌な熱気がまとわりついてくる。
宇海が目を開けると、そこには自分の部屋が広がっていた。カーテンの隙間から朝日がこぼれている。自分は今、ふかふかなベッドの上で横になっている。着ているのはもちろんパジャマだ。
まるで長い夢でも見ていたかのような気分だ。たしかに、海賊と一緒に海で冒険するなんて、現実ではありえない。もし夢だったのなら、もう一度眠ればまた同じ夢が見られるだろうか。そう思いながら眠い目をこすろうとした、その時。
「あ」
手の中に、虹の羽ペンがある。枕のそばには、分厚い本がある。
夢じゃ、なかった!




