第54話 お別れ
アーレフの治療のおかげで、サミニクも、他の海兵たちもすぐに元気になった。そして昼前には、海軍は母国に向けて出発することとなった。
「アーレフ王女。この度は多大なるご迷惑をおかけしました。大変申し訳ございません」
出発前、クリスナー大尉がアーレフに頭を下げた。アーレフは一瞬驚いた後、静かに首を横に振る。
「あなたはあなたのなすべき職務を全うしただけです。謝ることではありません」
「ですが……」
「迷惑をかけた点で言えば、私のほうこそ沢山迷惑をかけました。王女という身分でありながら、その職務を放棄し、自分勝手な理由で海に出たのですから。大変申し訳ございません」
今度はアーレフが頭を下げた。クリスナー大尉は慌ててアーレフに頭を上げるよう懇願する。
「め、滅相もございません! お願いですから頭をお上げください! あなたに頭を下げられたことを陛下に知られれば、もう、どうなることやら……!」
「……ふふっ。それもそうですね」
くすりと笑い、アーレフは頭を上げて笑顔でクリスナー大尉と向き合った。
「クリスナー大尉。この度はありがとうございました。無事の航海をお祈りしています」
「こちらこそ、ありがとうございました。陛下へのお手紙も、大切に届けさせていただきます」
そう言ってクリスナー大尉は深くお辞儀をし、海軍の船へと戻っていった。
海軍の船に全員揃ったことを確認すると、船はゆっくりと進みだした。旋回し、来た道を戻っていく。それを海賊たちとバーハローズは手を振りながら(サミニクはミリーを奏でながら)見送った。
「案外、アイツらも良い奴らだったな」
「うん。ボク、色んなレシピとか調理法とか教えてもらっちゃった」
ピカネートの言葉に、ココが同意した。ゴルタヴィナも頷きながら言う。
「私も道具の修理の仕方とか、航海術に関することを教えてもらったよ。案外自己流でやってた部分が多かったみたいでね。色々勉強になった。たまにはこういうのもいいかもね」
敵だと思っていた海軍。だが話をしてみれば、船乗り同士共通の話題も多く、打ち解けるのにそう時間はかからなかった。
「ところでアーレフ。最後にアーバントとは会ったかい?」
「ええ。いつまでも待つつもりだ、なんて言ってきたわ」
ピカネートの問いに溜息交じりで答えるアーレフ。だが、どこか嬉しそうでもあった。
「あの人、意外とロマンチスト?」
とココ。
「どうかしらね。自分が宮廷魔術師になれるかどうかを心配しているだけじゃないかしら。あの人、その立場を利用して国を裏から操るつもりだから」
「全然違った」
「それは結婚しないのが正解だね」
ココとゴルタヴィナが呆れたように言った。それにアーレフは笑って答える。
「そうね。そうかもしれないわ。でも、彼は彼なりに私のことを心配してくれているのはわかっているのよ。私は女だから王位を継げないけど、それでも彼と結婚して、彼が宮廷魔術師になることで、私がそれなりの地位にいられるようにすると約束したのよ。国を裏から操るのも、彼にとっては平和な世の中を作って維持するためだそうだし」
でも、そのやり方がよくないのよね。とアーレフは苦笑した。そんなアーレフの姿と、アーバントの言動を思い起こしながら、宇海は尋ねた。
「アーバントさんって、アーレフさんのこと好きなの?」
「……え?」
「アーレフさんたちの結婚はお父さんに決められたことだって聞いたから、二人とも好きじゃないけど仕方なく結婚しないといけないのかなって思ってたんだけど……。でも、話を聞いてると、アーバントさんって本当はアーレフさんのことが好きなのかな、って思って……」
なんとなく嫌な空気を感じてアーレフを見上げると、彼女は珍しく眉間に皺を寄せて、怒ったような、困ったような表情をしていた。
「ウミちゃん、その話はしないでくれるかしら。彼とは小さい頃から一緒にいたから、そういう風に考えたことがないのよ。彼が〝婚約者殿〟って呼んでくるのもなんだか気持ち悪くって……。そもそもその呼び方も、彼が私のことを妹みたいな存在じゃなくて、婚約者なんだと意識するためにし始めたものだし……。だから、彼は私のことを嫌ってはいないでしょうけど、ウミちゃんが言うような〝好き〟とは違うんじゃないかしら」
「……そっか」
宇海はそれ以上聞かないほうがいい気がして顔を下げた。これはたぶん、今のわたしには難しい問題だ。
そんな会話がひと段落したのを見計らい、ピカネートが口を開いた。
「それじゃあ、アタシらもウミとお別れするか」




