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エタリップ海賊団と海の神  作者: みーこ


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第52話 夜の海

 気がつけば太陽は完全に沈み、大きな月ときらめく星たちが夜の空を支配していた。たくさん食べて、たくさん踊ったからか、疲れて眠っている人もいる。そんな中で宇海うみは夜風を浴びながら海を眺めていた。日中、太陽の光に照らされて輝く海も素敵だが、夜空の星を映したかのように静かに輝く海もまた格別だ。眠気が来ない限りはずっと眺めていられる。


「きれいだよな、海って」


 ピカネートが宇海の隣に来て言った。宇海は自分のことを言われたのかと思って一瞬ドキリとしたが、ピカネートの顔は海に向いていたので慌てて「うん。すごくきれい」と同意した。


「そうだろう? ウミにも気に入ってもらえてよかったよ。夜が来てこの景色を見るたびに、アタシがしたことは間違いなんかじゃなかったって思えるんだ。狭い陸を飛び出して、広い海に出てよかったって。ウミはどうだい? ウミが空から海に落ちてきて、この船に乗ってからもうすぐ一週間経つけど、この一週間楽しかったかい?」

「うん! 怖いこともあったけど、でも、すっごく楽しかった! わたしもずっと海で冒険してみたいって思ってたから、その夢も叶えられたし、色んなことが経験できてよかった」

「それは嬉しいことを言ってくれるねぇ!」


 ピカネートが宇海の頭をがしがしと撫でた。宇海は少し気恥ずかしくもあったが、この一週間のことを思い返すと、自分がものすごく成長したような気もしてなんだか誇らしかった。


「……なぁ、ウミ。アンタさえよければ、このままずっとアタシたちと一緒に冒険しないかい? ウミがいてくれたおかげでアタシたちの願いも叶えられたし、これからもウミがいてくれればもっと楽しくなると思うんだ」

「え、いいの⁉」

「ああ! ウミならみんな大歓迎さ!」


 ピカネートの誘いに宇海は心を高鳴らせた。これからもみんなと一緒に冒険ができる! そうすれば見たこともないようなものをもっと見ることができる。知らなかったことを知ることができる。


(でも……)


 そう思う一方で、このままでいいのか疑問に思う部分もあった。わたしはこの世界の住民じゃない。不思議の国にいたアリスが最後には元いた場所で目覚めたように、ペベンシー兄弟が衣装箪笥を通ってナルニアから屋敷に戻ったように、わたしもいつか自分の部屋に戻るときが来るんじゃないか。心のどこかでそう思っていた。

 宇海が悩んでいると、バーハローズがやってきてこう言った。


「ごめんなさいね。この子は明日、この子がいた世界に戻らなくちゃいけないの」

「え?」


 明日?

 突然のことに、宇海もピカネートもぽかんとした表情でバーハローズを見つめた。すると彼女は困ったように眉を下げた。


「今回は一週間だけっていう決まりなの。この子が望んだのが一週間だったから」

「あ……」

(そんなことまで知ってたんだ)


 神様は何でもお見通しなんだ。と感心すると同時に、明日にはもう帰らないといけない寂しさで宇海の胸はいっぱいになった。


「宇海、そんなに悲しまないで。もう彼女たちと会えないってわけじゃないの。あなたはさっき素敵な物語を私に読ませてくれたわよね。元の世界に戻って、また彼女たちと会いたい、冒険がしたいと思ったら、自分でそういう物語を書いて。それから神様にお願いするの。私もこんな冒険がしたいですって。きっとまた叶えてくれるわ」

「……はい! また書いて神様にお願いします!」

「ええ。是非そうしてちょうだい」


 バーハローズがにっこりと微笑んだ。


「そうか。ウミとは明日でお別れになっちまうんだな」


 ピカネートが寂しそうな声で言った。


「でも、帰る場所や、待ってる人がいるなら帰らないとな。心配してるかもしれないし、ほら、アーバントやクリスナー大尉みたいに、無理矢理帰らせようと追いかけてくるかもしれないし」


 そういってピカネートがくすりと笑うと、宇海もつられて笑顔になった。


「お別れは寂しいけど、また会えるならいいことじゃないか。だってまた会えたときに、アタシたちはウミに思い出話ができるし、ウミはもしかしたら新しく書いたお話を持ってきてくれるかもしれないんだろう?」

「え⁉ それは、えっと、うん。頑張って書くね!」

「ああ。楽しみにしてる」


 まさかここで自分が書いたお話を要求されるとは思っていなかった宇海。でも、船のみんなから聞いた話を一つのお話としてまとめたことで、今までよりももっといいお話が書けそうな気がしていた。それに宇海は、自分がここに来てからのこともお話としてまとめたら面白そうだと思っていた。元の世界に戻ったら、まずはそれを書こう。書いて、みんなに読んでもらおう。

 そう決意したところで、宇海はいよいよ我慢ができず大きなあくびをした。実は少し前から眠気が襲ってきていたのだった。


「騒いで疲れたからな。今日はもう休みな」


 ピカネートが優しくそう言ったが、宇海はまだここにいたかった。


「うん……。でも、もう少しだけ、眺めてたいから……」


 明日帰るのであれば、夜の海を見られるのはこれで最後かもしれない。元の世界にだって海はあるけれど、船の上からの夜空と海なんて滅多に見られるものではない。するとそんな宇海の気持ちが伝わったのか、ピカネートは「そっか」と呟いて、それ以上は無理に休ませようとはしなかった。


「バーハローズ様、少しよろしいですか」


 後ろから話しかけられたので三人して振り向くと、そこにはアーレフ、クリスナー大尉、そしてアーバントがいた。


「なにか用かしら?」

「はい。ご相談があります。海軍のみなさんを、明日、オールクスル王国へ送り返していただけないでしょうか」

「我々はアーレフ王女を海賊からお救いするためにここまでやって参りました。ですが、王女はこのまま海賊と……いや、ご友人がたと船旅を続けられ、国王陛下もそのご意志を尊重されるのであれば、我々はもうここに用はありません。一刻も早く国へ戻り、新たな任務に就くためにも、あなた様のお力をお借りしたく存じます」


 バーハローズの問いに、アーレフとクリスナー大尉が続いて答えた。するとバーハローズは意地悪そうにこう言った。


「理由はそれだけかしら?」


 痛いところを突かれた、とでもいうようにクリスナー大尉が一瞬だけ顔をしかめた。


「いえ、理由はもう一つございます。こちらにいます魔術師アーバント殿は、我々の船に乗っている間、船員にそうとは気づかれぬように黒魔術を仕掛け、操りました。再度同じ過ちを犯させぬためにも、一刻も早く国へ戻る必要がある。そう私は感じております」

「そう」


 バーハローズはそれだけ言うと、アーバントの前まで歩み寄った。


「あなたは? あなたの望みは?」

「お……わ、私の、望み……ですか?」


 望みを聞かれるとは思わなかったアーバントはぽかんとした顔で聞き返した。


「ええ、望み。あるでしょう、あなたにも。それを聞いてから決めるわ」

「は……」


 アーバントは短く返事をすると、かしこまったように膝をついてこうべを垂れた。


「私は、あなた様から話を聞きたいことがたくさんございます。神代のこと、その後の時代のこと、古代の魔法のこと。我が国は宗教革命の際に実に多くの資料が失われました。私はその失われた部分を復元したいのです。己の知識欲を満たすためにも、後世に残すためにも。どうか、あなた様のわかる範囲で構いませんので、ご教授願いたく存じます」

「あら、後世のことまで考えるだなんて、いい心掛けね。でも、私から話を聞いて、それをまとめるには、時間がかかるんじゃないかしら。国に戻ってからのあなたにその時間はあるの?」

「寝る間を惜しんでまとめ上げる所存です」

「寝る時間は惜しまないほうがいいわよ。だったら、国に戻るまでの時間を使ったらどうかしら」

「それは……」


 バーハローズの提案に反応したのは、クリスナー大尉だった。


「我々の願いは、聞いてくださらない、と……」

「そうは言ってないわ。ああ、でも私の魔法ですぐに国まで戻してほしい、というならそうなっちゃうのかしら……。でも、あなたが一番懸念しているのは彼が国に戻るまでの間にまた黒魔術を使うかどうか、でしょう? それなら安心していいわ。彼が船に乗っている間、魔法を使う暇なんてないんだもの。そうよね?」


 確認するようにバーハローズがアーバントに問う。アーバントはゆっくりと頷いた。


「仰る通りでございます。国に戻るまでの間、使える時間を全て使ってあなた様から伺ったお話をまとめてみせます」


 返事を聞いたバーハローズも、満足して頷いた。


「だそうよ。船には私の加護も与えておくから、あなたたちは何の心配もなく航海することができるでしょう。ついでにいつもより追い風を受けやすくしておきます。これでいいかしら?」

「……は。ありがとうございます」

「ありがとうございます、バーハローズ様」


 ほっとしたようにクリスナー大尉とアーレフも頭を下げた。これで全部丸く収まったのかな、と思うと宇海もなんだかほっとした気分になった。と同時にまたあくびが出た。


「寝る時間は惜しまないほうがいいってよ」

「うん……」


 ピカネートに小声で言われて、宇海は眠い目をこすりながら返事をした。さすがに、足元がおぼつかなくなる前に寝た方がいいかもしれない。宇海は最後にもう一度、目に焼き付けるように海を眺めてから「おやすみ」と言って、そっと船室へと向かう。

 階段を下りる前に、振り返る。海賊も海軍も区別なく、壁や柱に寄りかかって寝ていたり、ラム酒を飲みながら会話をしていたり。またこの世界に来て冒険ができるとしても、この光景を見られるのは、最初で最後だろう。

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