海ぞくを夢見た少女のお話
ピカネートという女の子は、いつも一人でいました。前はお父さんと二人でいたのですが、お父さんが海へ出てからはずっと一人でいました。
ピカネートがお父さんといたころは、いつも海の話を聞いていました。お父さんは海ぞくでした。ぼうけん中にどんな島に言ったのか、何を見たのか、色んなことを教えてくれました。ですがある話をすると、決まってお父さんはとちゅうからなみだぐみ、話すのをやめてしまいます。お父さんはなにも言いませんでしたが、それはきっとお母さんの話なんだろうと、ピカネートは思いました。他の家にはお母さんがいますが、ピカネートの家にはお母さんがいないのです。
ピカネートのお父さんは、ある日海へ行ってくると言って出かけました。ピカネートは、きっとまたぼうけんに出かけて、帰ってきたらぼうけんの話をいっぱい聞かせてくれるんだと思いました。それまでに自分もぼうけんをして、帰ってきたお父さんにぼうけんの話を聞かせてあげようと考えました。お父さんが聞かせてくれたように、食べ物をぬすんでみたり、だれかの家の中に入ってみたりしました。とてもおこられましたが、おこられたこともふくめて全部お父さんに話してあげようと思いました。
お父さんはなかなか帰ってこなくて、ピカネートは一人でいるのが当たり前になりました。食べ物を買うお金がないので、相変わらずぬすんだものを食べていました。何度もやっているうちに、おこられずにすむ方法を身につけていきました。他にも、生きるのに必要なものは、どこかからぬすんで調達しました。
そんなある日、ピカネートはこんな話を聞きました。お城に行けば、美味しい食べ物をお腹いっぱい食べられる。すきま風の通らない部屋で、暖かい布団にくるまってねむることができる。ピカネートはお腹いっぱい食べたことも、風のふいてこない部屋でねむったこともありませんでした。なので、試しにお城に行ってみようと考えつきました。今までで一番の大ぼうけんです。
ピカネートはお城に近づいて、どこかに入れる場所がないか探しました。ちゃんとした入口ではいかめしい顔の門番が立っているので、こわくて入れません。他の場所も、高いへいで囲まれているのでやっぱり入れません。ですが、根気よく探していたら、へいの下のほうに小さな穴が開いているのを見つけました。小さな子供一人がやっと通れそうな穴だったので、ピカネートはそこから入ることに決めました。それでもなかなか通れず、入り方を変えてみたり、こっそり穴を広げたりして、やっとのことで入ることができました。穴を通りぬけるといけがきがあり、ピカネートはそこもずんずん通りぬけていきました。
いけがきをぬけた先は、お城の庭でした。なにもかもがきれいに手入れされていて、見たこともない景色にピカネートはぼうぜんとしました。するとそんなピカネートのもとに、一人の女の子がやってきました。その女の子も、ピカネートが今まで見たことがないようなきれいなかっこうをしていました。
「あなた、だあれ? どこから来たの?」
「アタシ、ピカネート! あそこから入ってきたんだ!」
もしかしたら、この女の子は自分とは別の場所から入ってきたのかもしれない。そう思ってピカネートは答えました。本当はお城の子だと知ったのは、もう何日か後のことでした。
お父さんが帰ってこないまま、何年もの月日が経ちました。ピカネートはあいかわらず一人でいることが多かったのですが、ときどきお城の庭にこっそり入っては、そこで出会った女の子、アーレフといっしょに遊んでいました。
ピカネートにとって、アーレフは同じ夢を持つゆいいつの友達でした。ピカネートはいつかアーレフといっしょに、お父さんが語ってくれたような海のぼうけんをしたいと思っていました。そのために、お城に遊びにいったときにはアーレフと一緒に航海の仕方を学んだり、夜には星空を読む練習をしました。
お父さんが帰ってこないまま、ピカネートはどんどん成長していきました。ですがお父さんのことはちっとも気にしていませんでした。なんとなくですが、お父さんはこれからもずっと海にいるのだろうと感じていたのです。それは悲しいことではありませんでした。なぜならピカネートのお父さんは、よくピカネートにこう話していたからです。
「おれはいつか、海と一つになるんだ」
だからピカネートは、お父さんはその願いをかなえたんだと思いました。
ある日、ピカネートがアーレフに会いに行くと、アーレフからもうすぐけっこんするという話を聞かされました。ですが、アーレフはちっともうれしそうではありません。それどころか、海ぞくになる気はあるかと聞いてきました。
「いつでも」
とピカネートは答えました。
「だったら、私をぬすんで。けっこん式の、前の日の夜に。そして海の向こうへ、いっしょに行きましょう。これは私からあなたへの、一生に一度の命令です」
「かしこまりました、おひめさま」
ピカネートは、ついにそのときが来たのだと感じました。アーレフといっしょに海へぼうけんに出るときが。今までアーレフはほとんどずっとお城にいて、自由に外に出ることはできませんでした。ですがピカネートがアーレフをお城からぬすみ出せば、アーレフはもう自由です。ピカネートも大切な友達とずっといっしょにいることができます。とは言えお城からアーレフをぬすむのは簡単なことではありません。船を動かすのも二人だけではとても難しいことは、勉強しているうちにわかってきました。
なのでピカネートは、ぼうけんを始める前に、いっしょにぼうけんしてくれる仲間を探すことに決めました。
アーレフのけっこん式の前の日の夜。ピカネートはまず酒場に行きました。そこには銀ぱつの貴公子と呼ばれる演奏家がいるといううわさがあったので、ピカネートは会ってみたいと思ったのです。
銀ぱつの貴公子サミニクを見たピカネートは、一目でサミニクが本当は女なのだとみぬきました。まほうを使って男だと思わせていることに気がついたのです。ピカネートはすぐにサミニクを気に入りました。演奏もとても上手なので、こんな仲間がいればたいくつしないと思ったのです。なのでサミニクに話しかけられたのをきっかけに、ピカネートは彼女をぼうけんにさそいました。
「アタシは今いっしょにぼうけんしてくれる仲間を探しているんだ。アンタみたいに、男に混ざって何食わぬ顔で楽器をひいているようなヤツなんかがちょうどいい。どうだい、アタシといっしょに来ないかい?」
「ああ、いいだろう」
その後酒場でさわぎが起きましたが、ピカネートとサミニクは無事に酒場から出ることができました。
二人で酒場を後にしようとすると、後ろから声をかけられました。
「ねえ、二人とも! お願い、ボクも連れていって! さっきの戦いを見ていたんだ。二人ともすごくかっこよかった! ボクもいっしょにぼうけんしたい!」
話しかけてきたのは、酒場のちゅうぼうにいたココでした。ココはまだ子供なので、ピカネートは連れていくかどうかなやみました。ぼうけんに危険はつきものだからです。ですが、ココからまほうを使える仲間に会えた喜びを感じ取ったので、連れていくことに決めました。
「それじゃあ、いっしょに行こうじゃないか! まだ見ぬ明日へと!」
こうしてサミニクとココと仲間にしたピカネートは、お城へと向かいました。ですがそのとちゅうで、不思議な音が聞こえてきました。どこからか、風のふく音といっしょに、だれかの泣き声が聞こえてきたのです。
三人が音のしたほうへ向かうと、古びた家の中で一人の女性が泣いていました。ピカネートがその人から話を聞いてみると、お父さんを亡くして、これからどうすればいいのかなやんでいるようでした。
ピカネートはその話を聞いて、小さかったころのことを思い出しました。海に出たきり帰ってこなかったお父さん。一人きりで過ごしていた日々。そして、アーレフとの出会い。ピカネートの人生は、アーレフと出会ったことで大きく変わりました。なのでこの人も、今は悲しくても、きっと変わることができると思いました。
「だったら、アタシたちといっしょに来ないかい」
ピカネートはその人もぼうけんにさそいました。かのじょははじめおどろいたようでしたが、みるみるうちに顔がかがやいていきました。
「わかった。私も仲間に入れさせておくれよ! これでも船の仕事には覚えがあるんだ」
ゴルタヴィナと名乗ったその女性も入れて、ピカネートたちはまたお城に向かって歩き出しました。
夜道を歩き続け、四人はついにお城の前までたどり着きました。
「いいかい、アンタたち。今からここに入って、あるむすめを救い出すんだ」
ピカネートがそう言うと、みんなびっくりして息を飲みました。
「その子はとらわれているのかい?」
サミニクが聞きました。
「ずっと、このお城の中にね。かのじょは外に出たがっているのに、それをお城のだれも許さないのさ」
ピカネートは、アーレフのことや、アーレフをぬすんだら船に乗って海へ出ることをみんなに説明しました。
「こんな大切なことを言わずに連れてきてすまない。無理だと思うならここで待っていてもかまわない。でも、もし協力してくれるなら……」
「協力するよ! だって、すごく面白そうだもん!」
ココが言いました。
「私も協力する。船に乗りたいのに乗れないつらさはよく知っているからね」
ゴルタヴィナもそう言いました。
「我らも協力しよう。仲間は多い方が心強い」
最後にサミニクもそう言うと、ピカネートはみんなにお礼を言いました。
「アンタたち、ありがとう! それじゃあ、さっそくお城の中に入るよ。だれにも見つからないよう、しんちょうにね」
お城には夜でも何人もの見張りがいました。四人はだれにも見つからないように気をつけながらお城の中に入り、アーレフの待つ部屋まで向かいます。ピカネートは事前にアーレフから夜はどこの部屋にいるのかを聞いていました。三階にある部屋なので、足音を立てないように気をつけながら階段をのぼっていきました。しんと静まり返る夜だったので、ちょっと物音を立てただけでも命取りです。
ピカネートたちは無事に三階までのぼり、アーレフの部屋までたどり着くことができました。ずっと部屋の中で待っていたアーレフは、ピカネートが約束通り来たことに大喜びしました。
「ありがとう、ピカネート。まぁ、いつの間に仲間なんて作ったの? みなさんも、ありがとうございます」
「どういたしまして、アーレフ。ぼうけんには仲間が必要だと思って、さそってみたのさ。アンタたち、ここまでついてきてくれてありがとう」
ピカネートはこのままアーレフを連れて、お城から出ようとしました。ですが、その時。
「いたぞ! しん入者だ!」
四人は見つかってしまいました! なんと、アーレフの身に何かが起こることを予想して、お城の兵士たちがとなりの部屋で待ち構えていたのです。さわぎを聞きつけて、他の場所からも続々と兵士が集まってきます。
兵士たちの中から一人の男性が出てきました。それは、アーレフのこんやく者のアーバントです。
「必ず来ると思っていたぞ、ピカネート・エタリップ。このまま何もせず立ち去ると言うのなら、今回はみのがしてやろう。だが、アーレフを連れ去ると言うのなら、ようしゃはしない」
アーバントは手に持ったつえをピカネートに向けました。すると、兵士たちもいっせいにけんをぬいて構えます。
「アンタたちはアーレフを連れてにげな! アタシがコイツらを食い止める!」
ピカネートがそう言いましたが、だれもにげようとはしませんでした。
「いくら君でも、この数は大変でしょう」
「ボクも戦うよ!」
「私にも手伝わせて」
三人はそう言って、ピカネートといっしょに戦いました。
相手の数が多いので、戦いはすぐには終わりませんでした。おまけにアーバントが強力なまほうを使ってくるので、なかなか思うようにいきません。みんなはアーレフを守りながら、あきらめないで戦い続けましたが、ついには窓際に追いつめられてしまいました。
「さあ、観念するのだ!」
アーバントが言いました。もう降参するしかない。だれもがそう思ったとき、ピカネートはアーレフをだき上げて、さけびました。
「風に乗るんだ!」
するとその意図がわかったゴルタヴィナは強い風を呼び、サミニクは窓を開け放ちました。そしてなんと、ピカネートはアーレフをだきかかえたまま窓から飛び降りました! 仲間たちもそれに続いて窓から出て、ゴルタヴィナの呼んだ風に乗ってお城の外まで出ました。
それからはみんなで走って船のある港まで行き、兵士たちに追いつかれる前に急いで船に乗りました。
「ありがとう、ピカネート。あなたはとてもゆうかんね」
「アンタを連れ出すためならなんだってするさ、アーレフ。さぁ、アンタたち! これからぼうけんの始まりだよ!」
こうしてサミニク、ココ、ゴルタヴィナの三人を仲間にし、お城からアーレフをぬすみ出したピカネートは、自分たちにエタリップ海ぞく団という名前をつけて、海へくり出したのです。
それからの航海の日々は、楽しいことだけでなく、大変なこともたくさんありました。ですが、大変なことも仲間たちといっしょに乗りこえることで、よりきずなが深まっていきました。陸にいるだけでは味わえない経験をたくさんしました。
エタリップ海ぞく団は、これからもぼうけんを続けていきます。




