第48話 『ティポーダの船』
「ところで、さっきアーレフさんが言ってた〝国に伝わるお話〟って、どういうの?」
「それ、わたしも知りたい!」
静かになったところで、ココと宇海が興味津々な様子でアーレフに尋ねた。アーレフは微笑みながら答える。
「ふふ。そうねぇ、色々あるけど、海の神様に関するものだと、やっぱりこれかしら。『ティポーダの船』。ティポーダっていう船乗りのお話よ」
アーレフはゆっくりとその話の内容を語り出した。
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ティポーダという青年は、海が大好きで、いつも一人で船に乗っては海へ出ていました。ある日、ティポーダはいつものように船に乗って海へ出ました。天気がよくて、風もおだやかだったので、ティポーダの船はゆったりと海を進みました。
陸が見えなくなってしばらく経ったころ、空が曇りだし、嵐がやってきました。ティポーダはどうにかして嵐を抜けようとしましたが、船は言うことを聞いてくれず、大きな波に飲み込まれてしまいました。船は壊れ、ティポーダは海に沈んでしまいます。
真っ暗な海の中で、ティポーダは海面へ出ようと必死にもがきました。ですがいったいどこへ行けば海面へ出られるのか、さっぱりわかりません。やがてティポーダは力尽き、もうだめだと思いました。
その時、ティポーダの前に光が見えました。きっとそこへ行けば出られるに違いない。そう思ったティポーダは、最後の力を振り絞って光へと近づきました。ですが近づくにつれて、その光が太陽の光ではないことがわかりました。なんと、その光は人魚だったのです。
光り輝く人魚が言いました。
「ティポーダよ。あなたは大変な目にあってもなお、よく頑張りました。あなたは勇敢な船乗りです。褒美として、願いを一つ叶えてあげましょう」
ティポーダは答えました。
「でしたら、船を直してあげてください」
すると人魚が聞きました。
「あなたは自らの助けを求めなくてよいのですか? 叶う願いはたった一つですよ」
ティポーダがまた答えました。
「あの船はぼくの友達です。友達が壊れた姿のままでいるのはとても苦しい。だから友達を助けてほしいのです」
ティポーダの答えを聞いて、人魚は「わかりました」と言って頷きました。
「では、あなたの友達を助けてあげましょう。ですが、きっとその友達は、自分の友達がいないことに気づいて寂しがることでしょう。ですから、寂しい思いをしないように、わたしから一つ、贈り物を授けましょう」
人魚がそう言うと、人魚の光がさらに強くなりました。あまりの眩しさにティポーダは目をつむりました。次に目を開けたとき、ティポーダはなんと船の上にいました。
「なんということだ! これはぼくの船だ! ぼくは、ぼくの船の上にいる! ああ、神様、ありがとうございます!」
なんと、人魚が船に授けた贈り物というのは、ティポーダだったのです。船も自分もすっかり元通りになり、ティポーダはたいへん喜びました。そして人魚への感謝の気持ちを忘れないように、船の舳先に人魚の像をつけました。
こうしてティポーダは、友達である船とともに、これからも毎日海へ出るのでした。
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「——と、こんなところかしら。ティポーダが出会った人魚が、海の神バーハローズ様だと言い伝えられているの。ティポーダが乗っていた船は、かなりボロボロになっちゃったけど、今でも存在しているのよ。お城で厳重に保管されているから、なかなか見られないんだけどね」
アーレフが話し終えると、ココがうっとりしたように言った。
「へぇ~。なんだかいいお話だし、船がまだ残ってるのも、ロマンがあっていいね!」
「うん、すごくすてき! わたしもその船見てみたいな~」
宇海もティポーダの船の姿に想いをはせながら同意した。いったいどんな船なんだろう。一人で乗っていたなら小さいのかな。人魚の像はどんな姿だろう。
「私もその話は知ってるけど、船がまだ残ってるのは知らなかったな」
とゴルタヴィナ。アーレフは苦笑いしながら答えた。
「ああ、それは……色々と複雑な事情があるみたいなの。ボロボロなのも、その事情が原因みたいで……」
「事情? どんな?」
ココが尋ねても、アーレフはあいまいな笑みを浮かべたままで、はっきりと答えようとしなかった。すると、なんと代わりにアーバントが答えた。
「宗教だ、宗教。宗教革命の波が我が国にまで及んだ際に、古い神々に関するものが壊されたのだ。まったく、そのせいで古代の魔法の資料まで失われる羽目になった。今残っている古い資料やアーレフが語ったような民話、神話の類いは、その当時奇跡的に残ったか、人々が語り継ぐことで今日まで伝わったものだ。それらを絶やさぬためにも、学ぶこと、伝えることが大切なのだ。これで勉学の必要性がわかったか」
真面目な顔で言うアーバントをじっと見つめるココ。やがて感心したようにこう言った。
「アーバントさんって、もしかして意外としっかりしてる人?」
「なんだその感想は。〝意外と〟とはなんだ〝意外と〟とは。もとよりしっかりしておる」
「だって、そうやっていちいち反発してくるし」
「変なことを言う奴がいるから発言を正してやっているのだ。俺が悪いわけではない。俺以外の奴が悪いのだ」
「ふぅ~~~~~ん」
得意げに言うアーバントを、ココは今度は胡乱げな目で見るのだった。
「……ねぇ、アーレフ」
アーレフの話を聞いてからずっと黙っていたピカネートが口を開いた。今になって船酔いでもしたのか、顔を青ざめさせている。
「なにかしら、ピカネート」
「そのお城にある船って、昔アンタがこっそり見せてくれたやつかい?」
「あら、懐かしい。そんなこともあったわね。ええ、あれがティポーダの船よ」
アーレフが笑顔で答えると、ピカネートは更に顔を青くさせた。
「……どうかしたの? 顔色が悪いわよ。どこか具合でも悪いの?」
「ああ、いや、えっと……」
珍しくしどろもどろに答えるピカネート。すると彼女は意を決したように、重々しく言った。
「あ、アタシ……あの船の、人魚の像……壊しちゃった……」
「……」
「…………」
「……………………」
一瞬のうちに重苦しい空気が垂れ込んだ。ピカネートは青白い顔をしたままアーレフから目を逸らし、宇海、ココ、ゴルタヴィナの三人は信じられないという顔でピカネートを見た。そしてアーレフとアーバントは揃って声を上げた。
「なにしてるのよピカネート!」
「なにをしているのだ貴様は!」
「ご、ごめん! まさかそんな大切なものとは知らなかったんだよ! すごくボロボロだったし、像も崩れそうだったし! っていうか、触ったら崩れたし……」
「あなた、もう……。私たぶん見せた時に危ないから触っちゃダメって言ったはずよ」
「う、うん……。触った後に、思い出したよ……」
「これだから教育のなっていない下民は……。だから誰の目にも入らないような場所で、必要最低限の人数で管理をさせ、厳重に保管してあるのだ。城に戻ったら船を確認した後に貴様をなんらかの罪で捕まえるよう手配してやる」
「うう……」
アーレフとアーバントの二人から怒られて縮こまるピカネート。さらに追い打ちをかけるようにココがこんなことを言った。
「もしこれでバーハローズ様が現れなかったら、ピカ姉のせいだからね」
「うっ……」
その言葉がとどめとなったのか、ピカネートはついに膝からくずおれた。宇海はそんなピカネートを見て、フォローするべきかどうか悩んだ。
(ううん……。可哀想だけど、船長も悪いもんなぁ……)
だからと言って黙って見ているのも嫌だった。なので宇海は、やっぱりフォローすることにした。
「あ、あのさ、ピカネート船長。バーハローズ様にちゃんと理由を説明して謝れば、きっと許してくれるんじゃないかな。だって、一番悪いのは船長じゃなくて、えっと、宗教革命? の時に壊した人たちでしょ? だから、謝ればたぶん大丈夫だよ」
「ウミ……」
するとゴルタヴィナも宇海に同意するように言った。
「そうだね。船長に一切非は無い……とは言い難いけど、でも、結果的に船長が触った時に壊れちゃったってだけで、遅かれ早かれそうなる運命だったんだよ。ウミちゃんの言う通り、謝れば許してくださるんじゃない?」
「ヴィーナ……」
二人の言葉が励みになったのか、ピカネートはゆっくりと頷いた。
「うん。そうだね。バーハローズ様に会えたら、ちゃんと謝るよ。いや、会えなくても謝る。いやいやそれよりも、今謝る!」
ピカネートはバッと勢いよく立ち上がり、海に向かって叫んだ。
「バーハローズ様ー! アンタの像を壊しちゃってごめんなさーい! ボロボロだったけど、キレイで、キラキラして見えたから、触りたくなったんだー! そしたら壊れちゃったー! ごめんなさーい!」
叫び終え、振り返ったピカネートの顔はすっかり元通りになっていた。
「よし。これで大丈夫だね」
「だといいわね」
すっきりした様子のピカネートとは裏腹に、アーレフはやきもきしたように言った。




