第47話 どういう関係なの?
「思ったようにいかないことなんて、よくあることだよ」
「そうだけど……」
宇海がやり場のない感情を抱えていると、ココが声をかけてきた。
「それに今回なんて、神様を呼ぶんだもん。むしろ簡単に成功する方がおかしいって」
「うん……」
宇海も簡単じゃないことくらいは理解しているつもりだ。それでもやっぱりさっきまでのドキドキを返してほしい、という気持ちはあった。
「まぁまぁ、ウミ。お楽しみの時間が先延ばしになったってだけで、なくなったわけじゃないんだ。それに、ほら」
ふてくされた様子の宇海を見かねたピカネートもやってきて、未だ船首にいるサミニクを指差した。
「昨日もずっと張り切って練習して、演奏を披露してくれたサミニクだって、ちっとも諦めてない。バーハローズ様が現れるのは黄昏時なのかもしれないけど、そうじゃない可能性だってある。日が暮れるまでの間にも、何度も演奏したり、何か音が聴こえてこないか耳をかたむけ続けるつもりだよ。時にはそうやって待ち続けるのだって大切なことさ」
ピカネートがそう言っている間にも、サミニクは真っ直ぐな瞳で水平線を見つめながらミリーを奏でていた。
「そうそう。なんでもかんでも上手くいったら面白くないからね。上手くいかない時もあった方が、上手くいったときの喜びがより大きくなるものだよ」
ゴルタヴィナまでやってきてそんなことを言った。みんなの話を聞いて、宇海も、そういう考え方もあるかもしれないな、と思った。だからと言って、モヤモヤは完全には晴れていなかったが。
と、そこに突然アーバントが割って入ってきた。
「案ずるでない。なに、暇だというなら俺が少し物語ってやろう」
「……なんでそこでアンタが来るんだい」
「ごめんなさい。私の監督不行き届きで……」
「アーレフのせいじゃないだろう」
アーバントの後ろには、アーレフが困った顔でついてきていた。
「あの地図に書かれていた文章の内容のことで、彼と少し話をしていたのよ。それで私が〝国に伝わるお話の中にも、何か手掛かりになるものがあるんじゃないかしら〟って言ったら、彼はなぜか〝だったら皆に聞かせてやろう〟って言ってこっちにすたすたと歩いていっちゃって……」
「これは下民どもにも教養を身につかせるよい機会だと思ったのでな。一人は全く別の国から来たようであるし。それにほれ、このような場合は複数人から意見を聞くのが効果的だからな」
周囲から面倒くさがられるような視線を浴びてもなんのその。アーバントは得意気に言い放った。
「ボク勉強苦手……」
「私も、頭だけ使うようなのはあんまり……」
ココとゴルタヴィナが苦々しく言った。するとアーバントはあからさまにうろたえ始めた。
「な、なんだと……? この俺が、直々に、教えてやろうというのに……? 城内であれば、俺に教えを乞う奴は枚挙にいとまがないというのに……?」
「なんでアンタはそんなに自信満々なんだい」
「だって、この俺だぞ⁉ 未来の宮廷魔術師アーバント・クラークだぞ⁉ 俺に見つめられて頬を赤く染めぬ乙女はいないと噂の、あのアーバント・クラークだぞ⁉ 君はどうだ? 俺から直々にオールクスル王国の歴史を教わりたいだろう?」
「ひ、え⁉」
突然アーバントに手を取られ、柔らかな微笑みを向けられた宇海。思わずドキリとして、顔が熱くなっていくのを感じた。
「ちょっと、うちの船員に妙な真似はしないでくれないかい」
すぐにピカネートが宇海からアーバントを引き剥がしたが、宇海はまだ心臓をドキドキさせていた。
「そうだよー。うちのいたいけなウミちゃんに勝手に触らないでよね、マヌケな腰抜けさん」
ココは宇海をかばうように抱きしめながら、アーバントに対してべーっと舌を出した。するとアーバントは目をひくつかせながら言った。
「なんだ君のそのけしからん態度は。おい、教育がなっていなさすぎるぞ、ピカネート・エタリップ。すぐにその邪悪な呼び方をやめさせろ」
「なに言ってるんだい。アンタがマヌケな腰抜けなのは事実だろう」
「断じて! 事実などではない!」
ピカネートから冷めた目で見られ、地団駄を踏むアーバント。そこで宇海はふと気になったことを聞いてみた。
「ねえ、ピカネート船長とアーバントさんって、どういう関係なの?」
「あ、それボクも気になる。ピカ姉に泥の中に突っ込まされた人なんだろうな~っていうのはなんとなくわかるけど、どうしてそうなったのかは全然知らないもん」
「だから……! 貴様は船員にどういう教育を施しているのだ……!」
唇をわなわなと震わせ、周囲のものを魔法で浮き上がらせるアーバント。それでもココはどこ吹く風とばかりにそっぽを向く。間に挟まれた宇海がヒヤヒヤしていると、アーレフがアーバントをなだめた。
「落ち着いて、アーバント。あなたいつも言っているでしょう? 下民相手に本気になる必要はないって」
「……うむ。よくわかっているではないか、アーレフ。しかし俺は最近こうも思うのだ。下民に教育を施すのもまた、上に立つ俺の責務であると。つまり、だからこそ、この俺が、直々に、教育してやろうと」
「そういうことを言っているから結果的に泥の中に突っ込まされる羽目になるのよ」
「…………」
強烈なショックを受け、アーバントが固まった。
「はい、今の内にどうぞ、ピカネート」
「ああ。アタシは小さいころからアーレフと一緒に遊んでたんだけど、それをコイツがよく邪魔してきてたんだ。でも、ある日アタシが魔法を使えると知ったコイツは、アタシをこう誘ってきた。〝俺の側近となれば、城の出入りも、アーレフと交流するのも自由だ〟とか、〝俺と共にこの国の支配者となろう〟とか言ってね。でも、アタシはそんな仮初めの自由にも、国の支配者なんて立場にも興味はない。自らの手で掴んでこその自由だし、国の支配者よりも、小さな海賊船の船長になって、大切な仲間たちと一緒に過ごす方がアタシには合ってる」
「うわあ……! ピカ姉かっこいい……!」
ピカネートの言葉に、ココが興奮して言った。宇海もぶんぶんと首を縦に振る。
「いいねぇ。船長らしい、素敵な考えだよ」
ゴルタヴィナも同意するように頷いた。
「なぜだ……。なりたいと思わんのか、支配者に。自ら国を動かしたいとは思わんのか」
ショックから多少回復したアーバントが言った。
「思わないね」
「全然」
「これっぽっちも」
ピカネート、ココ、ゴルタヴィナの三人から否定され、アーバントは信じられないとでも言うようにがっくりと肩を落とした。宇海も言葉には出さなかったが、政治家が不正を働いたというニュースを何度か見たことがあるのを思い出して、そんな人たちと一緒にいたくはないなと考えていた。
「そういうわけでアタシは断ったんだけど、コイツ、この通りしつこくってね。さすがにムカついたからちょっと罠を仕掛けてやったのさ。まさか本当にかかるとは思わなかったけど……あははっ。あれは見事な落ちっぷりだったねぇ!」
その時の様子がよほどおかしかったのか。ピカネートは腹を抱えながら思い出し笑いをしていた。
「俺は沼に落ちてなどいない俺は沼に落ちてなどいない俺は沼に落ちてなどいない」
アーバントは苦虫を噛み潰すような顔をしながら何度もそう呟いた。そんな正反対な様子を見せる二人に溜息をつきながらアーレフが言う。
「そんなことがあったから、ピカネートもアーバントも昔からお互いのことを知ってはいるけど、仲は良くないのよ。沼に落とされてからは、彼はなにかにつけてピカネートを敵視するようになるし……。困ったものだわ」
「俺は沼に落ちてなどいない! いないのだ!」
「いい加減、そうやって現実逃避するのやめなさいよ。みっともない」
「みっ……」
死にかけのセミのような声を出して、アーバントがまた固まった。




