第46話 翌朝
水平線の向こうから、太陽が顔を覗かせた。これまで何度も見た光景。これからだって、何度もこの光景を見てやるんだ。甲板の上で、朝日を真っ直ぐ見つめながらピカネートは誓った。
「ピカネート」
「なんだい、アーレフ」
ピカネートは隣に立つアーレフの顔を見た。アーレフもピカネートを見つめ返す。
「私をここまで連れてきてくれて、ありがとう」
「どういたしまして。でも、礼を言うにはまだ早いんじゃないのかい?」
「早いも遅いもないわよ。言いたくなった時に言うのが一番だわ。私はいつだってあなたに感謝しているんだもの。ありがとうピカネート。私をお城から連れ出してくれて。私と友達になってくれて、ありがとう」
微笑みながらアーレフが言うと、ピカネートは照れるように横を向いた。
「それ、全部アンタが言い出したことじゃないか。友達になりたいとか、私を盗んでとか、一緒に海の向こうへ行こうとか。アンタのその言葉がなけりゃアタシたちは今ここにいないよ」
「でも、私は言っただけよ。実行してくれたのはあなた。あなたが実行してくれなければ、私は今でもお城の中よ」
「それを言うなら、アタシだって。アンタが友達になりたいって言ってこなかったら、アタシは今……どうなってたろうね。全然想像できないよ、アンタと友達にならなかった場合のことなんて。だから、アンタのおかげで今のアタシがあるんだ。ありがとうアーレフ。アタシと友達になってくれて」
「こちらこそ」
二人はまた、微笑みながら見つめ合った。
○
「さあ、今日はいよいよバーハローズ様にお会いするよ!」
太陽がその姿を完全に現してから、ピカネートは甲板に人を集めた。海賊の仲間たちと、クリスナー大尉、アーバントだ。アーバントは勝手に黒魔術を使わないことを条件に、手首のリボンを解かれていた。
「と言っても、本当に会えるのか、この方法で会えるのか、それはわからない。でも、会いたいって気持ちが重要だと、アタシは思う。絶対に、会うんだ」
ピカネートは自分に言い聞かせるように言った。
「この作戦の一番の要はサミニクだ。どこからか聴こえてくる音を頼りにするなら、みんなで音が聴こえないか耳をかたむけていればいい。でも、バーハローズ様に音の便りを届けるなら、サミニクの歌と演奏が頼りだ。だから万が一魔物が襲ってくるようなことがあれば、みんなでサミニクを守る。いいね?」
みんなが口々に返事をした。ピカネートは大きな海軍の船を振り返り、そちらにも向けて大声で言った。
「アンタたちも、海の神様に会いたいんだったら、今この時はアタシらの仲間だ! そして、仲間は助け合うもんだ! この銀髪の音楽家が今から演奏を始める! もしその演奏に釣られて神様以外の魔物が出てきたら、勇敢に戦うところを見せておくれよ!」
海軍からも、「おお!」と大きな声が返ってきた。
「さあ! みんなでバーハローズ様に会おうじゃないか!」
「「「おお~~‼」」」
○
たくさんの歓声が上がり、宇海はドキドキしながら羊皮紙の束を胸に抱えた。これから本当に神様に会うんだ!
「楽しみだね、ウミちゃん!」
「うん!」
宇海の隣に立つココも、ドキドキを抑えきれない様子だった。
「実はボク、バーハローズ様と会えたら、海軍の人たちと一緒にとびっきりのご馳走を作るんだ! 自分で作った料理を神様に食べてもらえる機会なんて滅多にないんだから、それはもうほっぺたが落ちるくらい美味しいのを作ろうってみんなで約束したの!」
「うわあ、すごいね! それって、わたしも食べていいかな?」
「もちろんだよ! みんなで食べられるように、たっくさん作るからね! ……それにしても、神様に食べてもらうこともだけど、海軍の人たちと一緒に作って食べるのも、全然考えたことなかったな。昨日まではずっと敵だと思ってたのに。不思議だね」
「うん。これも神様のお導き……ってやつなのかな」
「きっと、そうだね。……あ、サミニクさんの演奏が始まるよ」
二人が喋っている間に、サミニクは船首に移動し、神妙な顔でミリーを構えていた。大勢の人が見守る中、サミニクは静かにミリーを奏で始め、その旋律に乗せて自分でも歌い始める。
我らが麗しの 海の神
古より伝わる 原初の神の一柱
愛しき海を守りし 人魚姫
我らの元に 現れよ
「……まだ、何も起きないね」
「うん……」
宇海は辺りを見回したが、どこからも、何かが現れる気配はない。
海賊船の船員たちはじっとサミニクを見守るか、海の様子に気を配っていたが、海軍の兵士たちはサミニクの歌と演奏を聴いてざわざわとしていた。
「なあ、あの演奏してる奴って、もしかして〝銀髪の貴公子〟じゃないか?」
「銀髪の貴公子? なんだそれ」
「酒場で演奏しては、その場にいた女性たちをみんな虜にしてた演奏家だよ」
「俺も何度か聴いたことあるよ。しっかし、あの海賊の一員ってことは、男じゃなくて女だったのか……」
「いろんな意味で負けた気分だな……」
そんな会話が聞こえたわけではないだろうが、サミニクはなおも朗らかに歌い、演奏し続ける。しかし一向に何も起こる気配はない。
「……船長」
歌い終えたサミニクが、静かにピカネートを呼んだ。
「なんだい、サミニク」
「地図に書かれていたという文言を、もう一度教えてもらえるかい」
「ああ。え~っと、確か……黄昏時の太陽の、下で眠りし——」
「それだ!」
サミニクがビシッとミリーの弓をピカネートに——いや、その背後にある朝日に向けた。そのまま腕を大きく動かして上へ、そして反対側、船首の方向を指した。
「黄昏時の太陽。王国から見てその方向、という考え方もできよう。だが、こうも考えられないだろうか。会えるのは黄昏時だと」
「……つまり、今何も起きないのは時間のせいだと」
「ああ」
「…………」
二人の会話が聞こえた人も、うまく聞き取れなかった人たちも、ピカネートの次の言葉を待った。
たっぷり時間をかけて、再びピカネートが口を開く。
「よし。アンタのその考えに懸けよう。音を便りにする作戦は一時中断! でも、いいかいアンタたち! 気を抜くんじゃないよ! なにか異変が起きたら……つまり、普通なら聴こえてこないような音が聴こえたり、見たこともないような魚影が見えたりしたら、すぐに知らせること! わかったね⁉」
「「「はっ‼」」」
誰も彼もが煮え切らない気持ちを抱えたが、それでも海軍の船からは統率の取れた返事が聞こえてきた。




