第39話 黒魔術
「なに⁉ どうなってるのこれ⁉」
突然船に乗り込んできた海兵たち。どこか顔は虚ろで、手に剣を持って攻撃してくるものの、ただ振り回しているだけで鋭さはない。しかし数だけは多いのでピカネートたちは苦戦を強いられていた。
ココが手近なものを使って攻撃を防ぎながら叫んだ。
「もう! この人たち全然倒れてくれないんだけど!」
彼女の言う通り、海兵を倒したと思っても、彼らはまた起き上がって攻撃してくる。苦戦の原因はそこにもあった。
「まとめて海に落とす……のはダメだよね」
ゴルタヴィナもどうにかして攻撃をかわしたり、魔法で風を操って海兵たちをふらつかせたりしている。しかしその場しのぎにしかならず、じわじわと追い詰められていた。
「我らの怪音も効かないようだ!」
サミニクはミリーで怪しい音をかき鳴らしていたが、海兵たちに効いている様子は全くなかった。
「命を奪うのはご法度だよ! それじゃあ本当に悪い魔女になっちまうからね!」
ピカネートは一人で宇海とアーレフの二人を守るように戦っていた。時には魔法を使い、時には杖でそのまま叩き、海兵をどうにかして無力化させようと奮闘していた。しかし、何度倒してもまた立ち上がる。
「アーレフ! なにかいい考えはないのかい⁉」
「今考えてるわよ! 考えてるけど、あの人が相手じゃ……」
アーレフは頭を抱えた。アーバントのことは、アーレフが一番よく知っていた。だからこそ、簡単に勝てる相手ではないこともよく知っていた。
「くくっ……。素直に降伏すればよいものを」
「魔術師殿、これはいったい……?」
戦場と化した海賊船を見下ろす海軍の船の上。クリスナー大尉はアーバントに状況の説明を求めた。
「なに、簡単なことです。これらの紙は、いわば契約書。この紙に名前を書かれた者は、私の命令に従う。今私が下した命令は、海賊どもを倒せ。ですので、倒すまで彼らも倒れません」
「なっ……⁉ それは、黒魔術の類いではないのか……⁉」
「黒魔術? はははっ。大尉殿は面白いことをおっしゃる。白か黒か決めるのはいつだって人間。本来、魔術に白も黒もございません。それに、これで海賊どもが倒れるのであればいいことではございませんか」
そう言ってアーバントは微笑んだ。その笑顔を見て、クリスナー大尉はぞっとした。いつも見せる笑みとなんら変わらない笑みなのだ。それが恐ろしく感じられた。
(この男は、狂っている……!)
「だ、だが……私の部下たちは平気なのか! 倒すまで倒れないと申したが、深手を負った場合、海賊どもを倒した後はどうなる⁉」
「ああ、それは海賊どもと同じく、倒れるでしょうな。命令に従っている間は心臓を刺されても問題ありませんが、遂行すればそのまま死ぬでしょう」
「——ッ‼」
クリスナー大尉は愕然とした。自分だって海軍に入ってから何度も戦いを経験している。その最中に仲間が死ぬことだって何度もあった。それは自らの意思で戦った末の、栄誉ある死だ。だがこれはどうだ。自分の意思とは関係なく戦わされ、傷を負っても倒れることも、仲間を助けることも許されず、最後には敵と共に死ぬだけの、誇りも何もない死だ。そんなことが許されてなるものか。
「どうしました大尉殿。そんなに怒った顔をして。大尉にまで上り詰めたお人だ。名も無き兵士の代わりがいくらでもいることくらい、わかって——」
「名前はある! 一人一人に、名前と、それまでの人生がある! 彼らには、彼ら一人一人だけの、親がいる! その親には、彼らの代わりになる息子などいない!」
「……ほう?」
アーバントが氷のように冷たい瞳をクリスナー大尉に向けた。クリスナー大尉は心臓を素手で掴まれるような思いをしたが、それでも決して怯みはしなかった。
「勇敢に戦った末の死であれば、彼らの両親も納得するであろう! しかし黒魔術で操られた末の死であればどうか! 納得するとお思いか! おい、海賊ども! 私の部下を決して傷つけるな! 傷つけるべきはこの——」
「大尉殿だ」
「⁉」
クリスナー大尉の体が宙に浮いた。かと思うと海賊船の上に叩きつけられた。
「そやつも敵だ。構わん、やれ」
アーバントが言うと、クリスナー大尉の近くにいた海兵たちが、クリスナー大尉に向けて剣を振り上げた。
「危ないっ!」
剣が振り下ろされそうになったその瞬間。ピカネートが間一髪のところで魔法で攻撃を防いだ。
「き、貴様……なぜ、私をかばうなど……」
信じられないような面持ちのクリスナー大尉。ピカネートは当然のことのように返す。
「子供の前だ。相手が誰であれ、悲惨な光景を見せる気はないよ。それともあれかい? アンタは少年少女にそんな光景を見せてやるのが趣味だって言うのかい?」
「い、いや……」
「だったらアンタも戦いな! 礼も言わない奴を守ってやるのは一度きりだよ!」
「っ……。そうだな。感謝する、ピカネート・エタリップ」
「あ、あ、ありがとう、ピカネート船長!」
二人の会話を聞いた宇海は、守ってもらってばかりなのに全然お礼を言えていないことに気がついて慌ててお礼を述べた。
「いや、ウミのことは何度でも守ってやるから、安心しな」
ピカネートがまた襲いかかってきた海兵の足を払いながら言った。宇海はほっと息をつく。
「クリスナー大尉!」
「あ……アーレフ王女!」
先程からずっと打開策を考えていたアーレフは、クリスナー大尉がこちらに来たことを幸運ととらえて彼に話しかけた。
「彼は、アーバントは、あの紙のことについて何か言っていましたか」
「はっ。あれは契約書だと申しておりました。あれに名前を書かれたものは、彼の命令を遂行するまで倒れない、と」
「なるほど……。ありがとうございます。それなら、対処法はあります」
「なんとっ。でしたら、ご命令してくだされば、このクリスナーが——」
「あなたでは無理です」
「————‼」
「ちょ、ちょっとアーレフ。さすがにその言い方は……」
無理と言われてショックを受けたクリスナー大尉。ショックすぎたのか固まってしまった。ピカネートですら今のはアーレフが悪いと思い、可哀想なクリスナー大尉をもう一度海兵の攻撃から守ってあげた。
「ごめんなさい。でも、魔法が使える人じゃないと無理よ、あの契約書を奪うのは。魔法もなしに、ここからどうやってあの契約書を奪いに行くって言うのよ」
「たしかにそうなんだけどねぇ……」
先にそれを言えばよかったのに、とピカネートはつぶやいた。
「だったら、アタシらでなんとかするしかないね! アンタたち! あの腰抜け野郎の契約書を一枚でも多く奪えたやつには、次に上陸した時になんでも好きなものを奢ってやるよ!」
ピカネートが船員たちに声をかけると、ココ、ゴルタヴィナ、サミニクの三人が驚いた声を出した。
「もしかして……」
「あの男が……」
「かの有名な……」
「「「マヌケな腰抜け‼」」」
「貴様! ピカネート・エタリップ! 俺のことをどのように吹聴しているのだ⁉」
「どうって、アンタが泥の中につっこんだ話をそのまま話しただけだけど?」
「うがあああああ! そのような! ありもしない! 話を! するなあああああ!」
怒ったアーバントがピカネート目掛けて魔法を連発した。
「ピカネート!」
このままでは危ないと察したアーレフが、ピカネートから杖を奪い返して即座に防御魔法を展開した。
ドドドドッ‼
空中で爆発が起きた。眩しい光に誰もが目を閉じる。次に目を開けた時には、なんとアーバントの姿がどこにもなかった。
「アイツ、いったいどこに……」
「きゃあっ‼」
「⁉」
「ふん。このような手段は取りたくなかったが、やむをえまい」
近くでアーバントの声がした。ピカネートが声のした方を向くと、アーバントが海賊船に降り立っていた。それだけでなく、宇海がアーバントに捕まっている!
「ウミ! ……ぐっ」
「近寄るな、ピカネート・エタリップ」
ピカネートはすぐさま宇海を助けようとしたが、アーバントに操られた海兵たちに行く手を阻まれてしまった。
「いつもいつも、貴様は俺の神経を逆なでてくれる。今日こそは膝をつかせてやろうと思っていたが……この少女を間近で見て少々気が変わった。この少女を五体満足の状態で俺に会わせたことの褒美として、貴様の罪は見逃してやろう。彼女は魔女ではないはずだが、なかなか面白い気配を感じる。見たことのない魔力の流れだ」
(わたしに、魔力……?)
アーバントに捕まった宇海は、どうにか抜け出そうとじたばたしていたが、その言葉を聞いてふと動きを止めた。わたしにも魔力があるなら、わたしも魔法を使えるの……?
「ふむ。その反応を見るに、誰も知らなかったようだな。つまり貴様らではこの少女の力を有効活用できないわけだ。ならば俺がその力を引き出してやろう」
「ほ、本当に……?」
「ウミ! 気持ちはわかるけど、そいつの話を素直に信じちゃダメだ」
「ご、ごめん……」
宇海は魔法が使えるようになるかもしれない、という話に惹かれてしまったが、ピカネートはさっきも言っていた。彼は悪巧みをするのが好きだと。だからうのみにしちゃダメだ。
「おや、本当に俺の話を信じなくてもいいのか? ウソをついているのは彼女たちかもしれないのだぞ? 城から王女をさらった賊と、宮廷魔術師である俺。世間はどちらの言を信じると思う」
「あなたはまだただの魔術師でしょう」
「いずれはなるのだ! というか既になっているはずだったのだ! アーレフ、我が婚約者よ。君との結婚式を済ませれば、俺はすぐにでも宮廷魔術師になる。さあ、おいでアーレフ。共に城に帰ろうではないか。君が望むなら彼女たちも城に入れてやってもいい。国王陛下に彼女たちを牢屋に入れないよう、俺からも頼んでやろう。だが、断ると言うのであれば……」
ジャキッ。
操られた海兵たちが、一斉に剣先を海賊に向けた。
「全員この場で殺す」




