第38話 お姫様と王子様(?)
突然現れた銀髪の男の人と、突然判明したアーレフがお姫様だという事実。宇海が驚きながら考えて出した答えは、銀髪の男の人が王子様かもしれない、ということだった。
(うわあ! すごい! 本物のお姫様と王子様だ!)
しかも男の人はアーレフのことを婚約者だと言っていた。婚約者というのはたしか、結婚する相手のことだ。
(アーレフさん、こんなかっこいい王子様と結婚するんだ!)
宇海はもう、神様の演技のことを忘れて、一人で興奮していた。その様子を見て、アーバントが海軍に向けて語り出した。
「ごらんなさい、海軍のみなさま。あの少女はアーレフ様が王女だということを知らなかった。だと言うのに創造神? 否。あれは神の名を騙る、なんの力も持たない少女にすぎない。その証拠に」
パチンッ!
アーバントが指を鳴らすと、黒い雲も、海面を飛び跳ねていた魚たちの姿も、一瞬のうちになくなってしまった。
「神の力がこうも容易く破られるわけがなかろう」
「ふん。相変わらず小賢しい知恵だけは回るみたいだね、アーバント」
ピカネートが宇海を守るように前に出ながら言った。しかしアーバントは聞こえていないかのように振舞う。
「さて、我が婚約者殿はまだ姿を現してくださらぬかな? 大砲を放ち怖がらせてしまったことは詫びよう。近づいても決して攻撃はしないよう伝えたはずなのだが、どうも手違いが起きてしまったらしい。本当に申し訳ない」
「何だと⁉」
アーバントの隣で、クリスナー大尉が驚いた顔をした。
「魔術師殿が〝撃て〟という伝言をよこしたのではないか!」
「なにをおっしゃいますか、大尉殿。私は〝撃つな〟と伝えるよう言ったはずです。そうであるな、ブラウンくん! トーマス・ブラウンくん!」
アーバントに呼ばれ、ブラウンが二人の元にやってきた。
「はっ。自分はたしかに、クラーク卿に〝撃つな〟と伝えるよう命じられました!」
「なっ……⁉」
ブラウンの答えを聞いて、愕然とするクリスナー大尉。おかしい。射程範囲に入ったら撃てと言ってきたはずなのに……!
「なるほどねぇ……」
海軍の船で起きている言い争いを聞いて、ピカネートがつぶやいた。
「こりゃあ、思ったより厄介なことになりそうだねぇ」
「どういうこと、船長」
宇海がそっと聞いた。
「あの銀髪の男はアーバントって言ってね、ものすごく強い魔法使いなんだ。でも悪巧みをするのが好きでね。もしかしたら海軍の奴らも、何人かアイツに魔法で操られているかもしれない。最悪、操った人たちを使ってこっちに攻撃してくるかもね」
「そんな……!」
「だからウミは絶対にアタシから離れないこと」
「うん!」
どうやら、昨日会った水の神アグリアの言う通り、本当に海軍と戦闘になるらしい。宇海はとたんに怖くなった。でも、絶対に負けない。負けたくない。ピカネートたちが負けるはずがない! そう思うことで、早鐘を打つ心臓をどうにか落ち着かせようとした。
宇海とピカネートがそんなやりとりをしていると、またアーバントがアーレフに向けて話しかけた。
「アーレフよ、今聞いた通りなのだ。俺は決して君を傷つけるようなことはしない。君が望むのであれば、君の友人たちにも傷をつけさせるなと海軍に命じよう! だから姿を見せてくれないか。君の姿を……いや、君の目を見ながら謝罪をしたい」
「そうやって私に暗示でもかけるつもりでしょう」
バチンッ‼
何かが爆ぜるような音がした。いったい、どこで、何が? 宇海がキョロキョロと辺りを見回していると、海軍に見つからないようにずっと物陰に隠れていたアーレフが姿を現した。しかし彼女に普段の穏やかさはなく、真剣な顔つきで、魔法の杖をアーバントに向けている。
「おお、怖い顔をしないでくれアーレフよ。それよりも久し振りの再会を祝おうではないか」
ドンッ‼ ドバンッ‼
何かがぶつかるような音が連続で鳴った。どうもそれらの音は、海賊の船と海軍の船の間の空中で起きているようだった。いったい、どうして? 宇海にはそのわけがわからなかった。
「祝う気はこれっぽっちもないわね。会いたくなかったんだもの」
ズババッ‼
「そうか? 俺は会いたくて会いたくて仕方がなかったぞ、我が婚約者殿」
「その呼び方本当にやめて!」
ズドンッ‼
「ひゃあっ⁉」
船が大きく揺れた。あまりに突然だったので宇海は転んでしまった。
「ウミ!」
船の上を転がって上下左右がわからなくなる中で、誰かが宇海を抱き留めた。揺れが収まってきたところで目を開けると、それはゴルタヴィナだった。少し離れたところではピカネートが焦った顔でこちらを見ている。
「ありがとう、ヴィーナさん」
「助かったよ、ヴィーナ。ウミの体じゃ放り出されちゃうんじゃないかとヒヤヒヤしたよ」
「えっ」
わたしって今そんなにピンチだったの⁉
「いいってことよ。それより、船長」
「ああ、わかってる」
ピカネートは一度ため息をつくと、呆れた表情でアーレフに近づいた。
「やりすぎだよ、アーレフ」
「……ごめんなさい」
こつん、とアーレフの頭を小突くと、ピカネートはアーレフの手から杖を奪い、そのままアーバントに向けた。海軍の船も同様に揺れていたようで、海兵たちも何かにしがみついたり、しがみつけなかった者は甲板の上で転がったりしていた。しかしそんな中で、アーバントはさっきまでと同じように涼やかな顔で平然と立っていた。
「アンタもだよ、アーバント。なにが〝傷つけるようなことはしない〟だ。何度もデカい魔法放ちやがって」
「なにを言うかピカネート。婚約者殿が魔法でこちらを攻撃しようとするから、俺が防いでいたのだ」
「ウソつけ! アンタは防御魔法なんて一度も使ってなかっただろう! アンタが攻撃するとわかっていたから、アーレフが先んじて防御魔法を出していたんだ!」
「……どういうこと?」
宇海がそっとゴルタヴィナに尋ねると、彼女は難しそうな顔をした。
「ううん……。私にはアーレフとあの男が何かの魔法を使ってるってことしかわからなかったから、どっちがどんな魔法を使ったのかまでは、全然……」
「……」
(あの音って、魔法がぶつかり合う音だったんだ……)
その結果として、船が揺れた。そうとう大きな魔法を使っていたようだ。
「ま、魔術師殿! 海賊どもを攻撃する分には構いませんが、アーレフ王女や我々まで倒れては元も子もありませんぞ!」
ひっくり返っていた内の一人だったらしいクリスナー大尉が、頭にできたたんこぶを押さえながら怒鳴った。
「なにをおっしゃいますか、大尉殿。この程度で倒れるほど、海軍とはやわな存在なのですかな。いや、そんなはずはありますまい。これはまだほんの序の口。これからが本番。まだ戦えるであろう、諸君!」
アーバントはローブから何かを取り出した。それはあの古代文字と下っ端海兵たちの書かれた羊皮紙の束だ。アーバントがそれを放ると、羊皮紙は落ちることなく宙に浮いた。
「さあ、始めようではないか! 俺と婚約者殿の、再会の宴を!」
パチンッ!
アーバントが指を鳴らすと羊皮紙が光りだし、名前の書かれた海兵たちが我先にと海賊の船に乗り込んできた。




