海沿いの国のおひめさまのお話
オールクスル王国のおひめさまとして生まれたアーレフは、お城の窓から海をながめるのが好きでした。お城はがけの上に建っており、がけ側の窓から下をのぞくといつでも青い海が見えるのです。海はいつでもそこにありますが、いつ見てもちがう顔を見せてくるので、毎日ながめていても、あきることはありませんでした。
この海は、この国の宝だ。アーレフは毎日のように、お父さんである王様からその話を聞いて育ちました。この国は、昔からこの海と共にある。海は時に国を助け、時に国をはかいする。友でもあり、敵でもある。海が街を飲みこんだこともある。それでもオールクスルの民がここにいるのは、古の神ととある約束をしたからだ。その約束とは、この海を守ること。魚を取りすぎず、海をよごさず、海の生き物たちのためにも、未来の子供たちのためにも、海をきれいにしておくこと。そして、海で困っている人がいたら、手を差しのべること。それを守ることができれば、海はオールクスルの友であり続ける。だからお前も海を大切にするんだよ、と王様はいつもお話の最後につけ加えました。
アーレフは毎日のように海をながめていましたが、海の中に入ったことはありませんでした。小さな船に乗って海の上を走ることはあっても、なにかあったら危ないからと、あまり遠くまでは行かせてもらえませんでした。なので、アーレフは段々と、船に乗って海の向こうまで行ってみたいと思うようになりました。アーレフはほとんどの時間をお城の中か、お城の庭ですごしていたので、もっとちがう場所に行ってみたかったのです。ですが、それをお城の人に話しても、危ないからだめですよ、と言われてしまうのでした。
そんなある日、アーレフはお城の庭で、知らない女の子と出会いました。お城にいる人たちとはちがって、ボロボロの服を着ていて、顔にも服にも、あちらこちらによごれがついています。
「あなた、だあれ? どこから来たの?」
アーレフが聞きました。
「アタシ、ピカネート! あそこから入ってきたんだ!」
ピカネートと名乗った女の子は、後ろのいけがきを指差しました。そこにはちょうど、小さな子供が通れそうな空間がありました。
「だからそんなによごれているのね! 早くきれいにしなくちゃ、そのままじゃおこられちゃうわ!」
アーレフはピカネートをきれいにしてあげるために、お城の中へ連れていこうとしました。ですが、ピカネートはそれをいやがりました。
「いいよ、きれいにしなくても。だれかに見つかったらおこられちゃうもん」
「それはあなたがよごれているからでしょう?」
「そうじゃないよ。勝手にここに来たからおこられちゃうんだ。アンタだって、だれかに見つかったらおこられちゃうよ」
「どうして?」
「だって、アンタも勝手にここに来たんじゃないの?」
「ちがうわ。わたしは今、お散歩するためにここに来たもの。勉強をぬけ出して来たらおこられちゃうけど、お散歩の時間ならおこられないのよ」
アーレフがそう言うと、ピカネートは顔をしかめました。
「変なの」
そう言われてアーレフはびっくりしました。今までだれにもそんな風に言われたことがなかったのです。なので、なんと言えばいいのかがわからず、ピカネートをじっと見つめていました。
するとピカネートもおどいたような顔をして、「じゃあね!」と言って走っていけがきのすきまに入っていってしまいました。またまたびっくりしたアーレフはその場で固まってしまいました。いったいあの子はなんだったの? 頭の中がぐるぐるしました。後ろから声をかけられて、ようやくアーレフは現実に引きもどされました。
「アーレフ。今の子はだれだったんだい? どうしてあんなきたないところに入っていったの?」
声をかけてきたのは、アーバントという年上の男の子でした。かれはアーレフのこんやく者で、アーレフが大きくなったらけっこんすることになっていました。
「あの子、あそこから入ってきたって言っていたわ。ねえアーバント。どうしてあの子はここに来たらおこられちゃうの?」
アーレフは、物知りなアーバントなら勝手にここに来たら怒られる理由も知っているかもしれないと思い、そうたずねました。
「あの子がそう言っていたのかい?」
「ええ」
「それはね、ここがお城で、あの子はお城の子じゃないからだよ」
「お城の子じゃないと、どうしておこられちゃうの?」
「勝手にお城に入った人は、どろぼうかもしれないからさ。なにかをぬすんだり、こわしたりするかもしれない。だからお城の子じゃない子は、ここに入れちゃいけないんだ。でも安心して、アーレフ。あの穴は、おれがふさいでおいてあげるよ」
アーレフは、わかったような、わからないような気持ちで、だまってうなずきました。それが、後に親友になるピカネートとの、初めての出会いでした。
それから何日か経ったある日のことです。アーレフは、またお城の庭でピカネートと会いました。ピカネートは別の場所から庭に入りこんできたのです。
「ねえ、あなた〝どろぼう〟なの?」
アーレフは、あの日アーバントから聞かされた話がずっと気になっていたので、思い切ってピカネートに聞いてみました。するとピカネートは、あからさまにいやそうな顔をしました。
「それ聞いてどうするの? アタシをつかまえるの? アンタもまた勝手にここに来てるのに?」
「ちがうわ。わたしはお城の子だから、おこられないのよ」
「ええっ⁉」
ピカネートがびっくりした声を出しました。
「アンタ、何者⁉」
これを聞いてアーレフもびっくりしました。だって、お城でアーレフを知らない人はいないのです! わたしを知らない人がいるなんて!
「わたしはアーレフよ。ここがわたしのお家なの」
「ええっ⁉ じゃあ、やっぱりアタシをつかまえるんだ!」
「つかまえないわ! わたし、あなたとお友達になりたいの!」
アーレフは、とっさに出てきた自分の言葉におどろきました。ピカネートもおどろいていました。
「アタシと、友達に……? 友達になったら、つかまえない?」
「ええ、つかまえないわ。友達だもの」
アーレフはドキドキしました。だれかに友達になりたいと言ったのは、初めてのことだったのです。
「わかった。友達になってあげる。でも、今はだめ!」
「ええっ⁉」
ピカネートはあわてた様子でどこかへ走り去ってしまいました。するとアーレフの後ろから、アーバントがやってきました。
「あの子、また来たのかい?」
「ええ。友達になったのよ。でも、今はだめって言われたわ。どうしてかしら」
「おれの姿が見えたからだろう。アーレフ。あんな子と友達になんかなっちゃいけないよ」
「どうして?」
「身分がちがうからさ」
アーレフはやっぱり、わかったような、わからないような気持ちになって、首をかしげました。
それからも、ピカネートは何度もお城の庭にやってきました。その度にアーレフはピカネートといろんなお話をしました。アーレフはお城で起きたことを話し、ピカネートはお城の外で起きたことを教えてくれます。おたがいにとって全然知らない話ばかりで、いつでもしんせんなおどろきに満ちていました。
そんなある日、アーレフはピカネートに、船に乗って海の向こうまで行ってみたい、という夢を語りました。お城の人に言っても危ないと言われるだけですが、ピカネートはお城の子ではありません。もしかしたらちがうことを言ってくれるかもしれない、と思ったのです。
するとピカネートは目をかがやかせて言いました。
「それ、すっごく素敵な夢だね! 実は、アタシも同じこと考えてたんだ!」
「そうなの⁉」
「うん! 大きくなったら、船に乗って、海に出て、お宝いっぱい探すんだ! 本当はアタシ一人だけで探そうと思ってたんだけど、アーレフならいっしょに探してもいいよ!」
「本当に⁉ ありがとう、ピカネート!」
「ダメだよ、アーレフ」
とつぜん、だれかの声が聞こえてきました。びっくりしてアーレフが後ろを向くと、そこにはアーバントがいました。アーバントの姿を見て、ピカネートは「あっ!」とさけんで走ってにげていきました。アーバントが現れるとピカネートが庭の外に行ってしまうので、アーレフは最近、アーバントのことが少しきらいになっていました。
「どうしてダメなの?」
「あの子が言っているのは、海ぞくのことだろう? そんなもの、ダメに決まっているじゃないか。海ぞくはどろぼうだよ。悪いやつだ」
「でも、ピカネートはいい子よ。悪い子じゃないわ」
「本当にいい子なら、お城の庭にしんにゅうしないものだよ。アーレフ。君はもっと分別をつけなきゃダメだ。おひめさまなんだから。ほら、おいで。おれが教えてあげる」
そう言ってアーバントはアーレフのうでをつかんで、お城の中へ連れていきました。アーレフは、ピカネートの去っていった方を何度もふり返りながら、アーバントについていきました。
その後もアーレフは、ときどき庭に現れるピカネートとのお話を楽しみました。アーバントや、他のだれにも見つからないような場所を探して(それでも結局はアーバントに見つかってしまうのですが)、たくさんお話をして、どんどん仲良くなっていきました。
アーレフとピカネートが出会ってから何年もの月日が経ちました。ある時、アーレフはピカネートに言いました。
「私、もうすぐけっこんするの。けっこん式を挙げて、そのあと船に乗って少しだけ旅をするの。でも、あまり遠くまでは行かせてもらえないわ。近くの島まで行って、もどって、それで終わり。もどってきたら、次はいつ船に乗れるのか、それとももう船には乗れないのか、それすらわからないわ」
ピカネートが聞きました。
「それをアタシに言って、どうするんだい?」
アーレフは、ピカネートの目をまっすぐ見て言いました。
「あなた、どろぼうに……いいえ。海ぞくになる気はある?」
ピカネートは、アーレフの目をまっすぐ見つめ返して言いました。
「いつでも」
「だったら、私をぬすんで。けっこん式の、前の日の夜に。そして海の向こうへ、いっしょに行きましょう。これは私からあなたへの、一生に一度の命令です」
「かしこまりました、おひめさま」




