第37話 創造神ウミ
「海賊諸君、ごきげんよう。おや、ずいぶん大人しくしているようだな。投降する準備ができていると言うのであれば、これ以上の攻撃はやめてやろうではないか」
海軍の船の方が大きいのもあって、クリスナー大尉はピカネートたちを見下ろしながら言った。反対に、ピカネートは見上げながら返す。
「あいにくだけど、投降する気はないよ。それよりも、アンタたちこそ負ける準備ができてるかい?」
「なんだと? 海軍は海賊ごときに決して屈しはしない。たわごとを抜かすな」
「海賊に屈しない? それはそれは、大層な心意気だねぇ閣下。でも、それはここにいるのが海賊だけの場合じゃないのかい? 海軍でも勝てない相手がいるとしたら?」
挑発するようにピカネートが言うと、クリスナー大尉は眉をひそめた。
「あの方のことか? だとしたらもう一度言ってやろう、ピカネート・エタリップ。たわごとを抜かすな。我々が倒すのは貴様ら海賊のみ。あの方は敵ではない。守るべきお方だ」
「ああ、ごめんごめん。言い方が悪かったね。アンタの言うあのお方も我がエタリップ海賊団の一員だからね。海賊の一人として数えていたよ」
「貴様ッ……! 侮辱する気か!」
頭に血を上らせたクリスナー大尉が腰に下げた剣に手を伸ばした。しかしそこでピカネートが宇海の腕を引っ張り前に立たせると、宇海の姿に気がついた大尉は剣の柄を握った状態で固まった。
「君は……あの時の少年か……っ⁉ しかし、なぜ、そのように女みたいな格好を……。まさか、少年ではなく、少女だったのか……⁉」
なぜか愕然とするクリスナー大尉。どうしてそんなにショックを受けているのか宇海は不思議でならなかったが、今からが本番なんだと感じ、堂々として見えるように胸を張った。
「残念だったな、変態。そして口を慎みな!」
ピカネートが宇海の肩に手を添えながら、高らかに宣言した。
「こちらのお方は、この世界を創り上げた、創造神のウミ様だ! ウミ様はこの後に起こることも全て知っておられる! そう、アンタたちの負けもね!」
「なんだとッ⁉」
ピカネートの言葉に、クリスナー大尉だけでなく、他の海兵たちも嘘か本当かわからず戸惑い始めた。
その様子を見て、ピカネートは宇海に気合いを入れるように背中を叩いた。宇海はごくりとつばを飲み込んで、もう一歩、前へ出る。
(わたしは神様。わたしは、神様……)
宇海は息を吸って、大きな声で喋り始めた。
「海軍のみなさん、このままお帰りください。彼女たちに危害を加えなければ、あなたたちは無事に国へ帰ることができます。ですが、もし彼女たちに危害を加えれば……」
宇海がそこで言葉を切ると、にわかに空が曇り出した。風もごうごうとうなり声を上げ始める。ゴルタヴィナがこっそりと魔法で嵐を作り出そうとしているのだ。
「あなたたちは嵐に巻き込まれ、その船はバラバラになってしまうでしょう」
宇海が堂々とした態度で言い終えると、海兵たちは不安になってお互いの顔を見合わせ始めた。しかしクリスナー大尉は怯まなかった。
「ふん。いかにも魔女らしいやり口だな。お前たち! うろたえるな! あの少女が神だということも、この嵐も、ウソに決まっている! 魔女どもに惑わされるな!」
「で、ですが大尉、もし本当だとしたら……」
「ああ! もちろん本当だ!」
ピカネートが声を張り上げた。
「ウミ様。海軍のやつらはこれだけでは信じてくださらないようです。もし信じなかったらどうなるのか、アイツらに教えてやってあげてください」
「はい」
(信じてくれなかったときに言うことは……)
宇海は昨日の猛特訓を思い出しながら言う。
「わたしの話を信じなかった場合、あなたたちは、嵐に巻き込まれ、船がバラバラになるだけでなく、魚たちにつっつかれてしまいます」
ビチャビチャ! バタバタ!
下の方から何かが跳ねる音が聴こえた。なにごとかと海兵たちが海を覗き込むと、大量の魚が海面を飛び跳ねていた。
「た、大尉。やはりあの少女が神様だと言うのは、本当なのでは……」
「そ、そんなわけがあるか! あんなもの、誰かが魔法で操っているのだ!」
クリスナー大尉の言う通り、この魚たちはココがこっそり魔法で操っていた。しかしクリスナー大尉は、口ではそう言いつつも、もしかしたらあのウミという少女は本当に神様なんじゃないかと思い始めていた。本当に神様だとしたら、我々はどうすべきなのだ……?
(ええい。こんなときにあの魔術師はなにをしている……)
魔術師がいればこの嵐や魚が魔法の仕業かどうかわかるのに、どこにも姿が見えない。肝心なときに使えないやつだ……。クリスナー大尉は、普段は嫌っているアーバントのことを、今このときばかりは頼りたくて仕方がなかった。もっとも、本人がこの場にいてもその気持ちを口には出さないが。
「海軍のみなさん、どうしますか! このまま帰りますか! それとも魚のエサになりますか!」
キュイキュイ!
少し離れた場所でイルカが飛び跳ねた。これは魔法ではなく偶然のできごとだったが、あまりにタイミングが良かったので、海兵たちは本当に魚のエサにされてしまうかもしれないと怯えだした。
(くそっ……。どうする……)
クリスナー大尉はこの状況を見て歯噛みした。海兵たちが冷静さをなくしている。落ち着けなんて言っても誰にも届かない。しかしどうにかしなければ。いっそ攻撃を命じるか? しかしこの混乱した状況では返り討ちにされてしまうかもしれない。
(これも魔女の策略か)
「海軍のみなさん、お帰りください。わたしも、あたなたちが沈んでしまうところは見たくはありません。どうか、お帰りください。早く帰らなければ、今に恐ろしいことが起こるでしょう」
宇海がそう言うと、ぽつりぽつりと雨が降り出した。どこからか恐ろしい音も聴こえてくる(これはサミニクの仕業だ)。今や空は黒い雲に覆われている。嵐が来るのも時間の問題だ。海兵たちはみんなそう感じた。
「さあ、どうするんだい? 嵐が来る前に帰るか、それとも船と一緒に沈むのか」
今度はピカネートが言った。海兵の一人が不安そうにクリスナー大尉に進言する。
「クリスナー大尉。やはり、今日のところは引き上げて、また後日……」
「後日⁉ 後日だと⁉ 今目の前に捕らえるべき海賊がいるというのに、尻尾を巻いて逃げろというのか⁉ 我々は誇り高きオールクスル海軍だぞ! 海賊を前に逃げるなど、そんなみっともないことができるか!」
「その言葉が聞けて安心しましたぞ、大尉殿」
「⁉」
どこからか声が聞こえた。クリスナー大尉が声のした方を向くと、そこにはアーバントがいた。
アーバントがゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「海軍のみなさま、ご安心を。これらは全て、悪しき魔女の仕業。あの少女は神などではない。ただの、なんの力もない子供にすぎません」
海兵たちの間を通り抜け、ついにアーバントがピカネートたちの前に姿を現した。
「やっぱりいたか……。今頃お出ましとは、やっぱりアンタは——」
「今貴様に用はない、ピカネート・エタリップ」
ピカネートの言葉を遮ってアーバントが言った。そして仰々しく、芝居がかったように続ける。
「今俺が会いたいのは我が婚約者殿だ。そこにいるのであろう? アーレフ・ネージェンドル王女」
アーバントがニヤリと笑った。突然の事態に固まっていた宇海は、海軍らしくないアーバントの容姿にも、そしてなにより最後の言葉に驚いて後ろを振り返りながら叫んだ。
「ええっ⁉ アーレフさんってお姫様だったの⁉」




