第36話 海賊対海軍
海賊の乗る船との距離が段々と狭まってきた。海軍の兵士たちはみな緊張しつつも、テキパキと船の中を動き回っている。
「ようやくこの時が来ましたな、クリスナー大尉殿。賊どもを捕らえる時が」
望遠鏡を覗くクリスナー大尉の横で、アーバントが言った。
「無事捕らえることができれば、大尉殿のことは少佐……いや大佐殿とお呼びすることになるのでしょうか」
「そこまで高望みはせなんだが、いい響きではありますな。そうすると、魔術師殿のことは宮廷魔術師殿と呼ばねばなりませんな。お互い、武勲を立てられるよう頑張ろうではありませんか」
「ええ、もちろんですとも」
そう言って笑顔を向け合う二人。しかし偶然その笑顔を見た海兵はその場で凍りついた。二人とも笑顔のはずなのに、周囲の空気が冷え切っているように感じられる。お互いに心にもないことを言っているのだ。海兵は身震いをすると、そそくさと立ち去った。
「では大尉殿、先程ブラウンくんに伝言させた件のこと、よろしくお願いします。私はこれからこの船に大掛かりな防護魔法をかけますので、賊どもに近づいてもしばらくは手が離せないかと存じます。後のことは、大尉殿、くれぐれもよろしくお願いいたします」
「ああ、任せてくれたまえ、魔術師殿」
アーバントはわざとらしいほどに深々とお辞儀をして、その場から去っていった。十分に遠ざかったところで、クリスナー大尉は鼻を鳴らした。
「ふん。いけ好かんやつだ」
あんなことを言えば、こちらがいい気分になるとでも思っているのか。内心ではどうせバカにしているのだろうに。クリスナー大尉はアーバントの背中を見ながらそう思った。ああいうやつは、自分が一番強くて偉いと勘違いしているのだ。だから敬意というものが全く感じられない。
(今に後悔させてやる……)
あの生意気な魔術師に、海軍の力を見せつけてやらねばならない。クリスナー大尉はそう誓った。
「クリスナー大尉!」
「なんだ」
声をかけられた方を向くと、海兵の一人が緊張した面持ちで立っていた。
「大砲の準備が整いました。ご命令があれば、いつでも撃てます!」
「そうか。では、もう間もなくだ。海賊どもに鉄槌を下してやれ」
「はっ!」
クリスナー大尉はもう一度望遠鏡を覗いた。その先には一隻の船。王女の結婚祝いに作られたはずが、賊に盗まれ、海賊船と成り果てた哀れな船。本来であれば、護衛のために自分も乗るはずであった船。
もうすぐだ。もうすぐで、取り返す時が来る。王女も、船も、そして——
(あの少年も……!)
○
海軍の船が近づいてくる。宇海は緊張してスカートをぎゅっと掴んだ。
「大丈夫だよ、ウミ。昨日あれだけ練習したんだ。必ず成功する」
隣に立つピカネートが、宇海を安心させるように肩に手を置いた。
「アイツらの目的はアタシたちを捕まえることでもあるけど、アタシたちからアーレフを取り戻すことでもあるんだ。だからすぐには戦いにならなくて、まずは交渉から始めるはずだよ。その時アンタは、練習通りに、堂々と喋っていればいい。他のことはアタシたちに任せな」
「うん」
宇海は大きく深呼吸をした。大丈夫。たくさん練習したから大丈夫。わたしがみんなのために神様の演技をする。みんながわたしを神様だと思わせるために魔法を使ってくれる。一人はみんなのために、みんなは一人のために。
(わたしも、頑張らなくちゃ……!)
宇海は、今度は気合を入れるためにスカートをぎゅっと掴んだ。
その時。
「ヴィーナ! 取舵一杯‼」
ピカネートが緊迫した声で叫んだ。
「ええっ⁉ どうして急に」
「いいから早く!」
「あ、アイアイ船長!」
ピカネートの勢いに気圧されて、ゴルタヴィナが慌てて舵輪をぐるぐる回す。それに合わせて船も左へと針路を変える。
「どうしたのピカ姉! そんなに慌てて!」
急に向きを変える船の上で、転ばないよう柱にしがみつきながらココが聞いた。宇海も船べりを掴みながら、不安になってピカネートを見上げる。
ピカネートは海軍の船を睨みつけながら言った。
「アイツら……初っ端から大砲を撃つ気だよ。総員、衝撃に備えろ! アーレフ!」
「ええ!」
ピカネートの呼びかけに応じて、アーレフは船長室から持ち出した魔法の杖を掲げた。船には防護魔法がかけられている。しかし、戦闘になったらそれだけでは足りないかもしれない。その時はアーレフの魔法も同時に使う。そう事前に話し合っていた。
「天の光よ、我らを守りたまえ」
アーレフがそう唱えると、船の周囲に光のヴェールが現れた。
同時に、ドンッ、と音がした。海軍が大砲を放ったのだ!
「きゃあっ⁉」
宇海はびっくりしてその場でしゃがみこんだ。その上から覆い被さるようにピカネートが宇海を抱きしめる。
バリバリ、と嫌な音がする。かと思ったらまた大砲の音。
——パリン。
「そんな……っ」
アーレフの悲痛な声がしたかと思うと、船に衝撃が走った。大きく揺れて、立っていた船員たちは足元を滑らせた。
揺れはすぐに収まった。ピカネートが立ち上がったので、宇海も恐る恐る立ち上がって外の景色を見た。先程現れた光のヴェールの一部が、砕けたガラスのように崩れている。砲弾で壊されたのだ。
「アタシとしたことが、油断しすぎたようだね……」
怒りをふくませた声でピカネートが言った。
「どうする、船長。私たちも戦う?」
真剣な声でゴルタヴィナが尋ねた。一発こちらに当てたことで満足したのか、海軍がこれ以上大砲を撃ってくる気配はない。代わりに向きを変えてまたこちらに迫ってきている。
ピカネートは冷静に考えながら答えた。
「いや、もしかしたら今のは脅しかもしれない。こっちはいつでも攻撃する準備が整っているんだぞ、っていうね。アーレフが乗ってるからすぐには攻撃してこないと油断していた隙を狙ったのかも。近くまで来たら、また撃たれたくなかったらアーレフを渡せって言ってくるかもしれないね。とにかく、攻撃はしちゃダメ。アタシらが攻撃したら、アイツらにも攻撃する口実を与えることになっちまう」
「わかった」
「でも警戒を緩めちゃいけないよ。アーレフの魔法が破られたんだ。絶対、〝アイツ〟がいる……」
アイツって……? とゴルタヴィナと宇海が首を傾げていると、海軍の船がついに真横に来た。海兵たちはいつでも戦えるように、手に剣や銃を持っている。その集団の中から、一人の男が前に進み出た。アブレリート島で出会った、クリスナー大尉だ。




