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エタリップ海賊団と海の神  作者: みーこ


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第34話 〝宮廷〟魔術師

 現宮廷魔術師の息子として生まれたアーバントは、立ち歩きを覚える前に浮遊魔法を覚えたと言われるほど、幼いころから魔法の才能にあふれていた。

 彼が五歳のころに王様に娘が生まれると、すぐに彼女の婚約者となった。婚約者である王女が成長すると、アーバントが彼女に魔法の使い方を教えるようにもなった。アーバントにとって父親以外の人間は魔法が恐ろしく下手な存在という認識だったが、彼女は元々素質があるのか覚えがよく、教え甲斐があったのだ。

 魔法の才能があり、また容姿にも恵まれたアーバントは、当然のように周りからちやほやされた。そして頭の切れる彼にとってその周りの人間というものは、頭が悪く、自分と父親を持ち上げることで少しでも上の地位を得ようとする愚か者としか映っていなかった。そのためひどく性格が歪んでいるが、指摘できるものなど誰ひとりとしていなかった。歪んだ部分を隠すのもまた上手だったのだ。

 未来の宮廷魔術師となる彼は、本来であれば宮殿にいる父の元で共に仕事をしながら修行を積む身分である。しかしおよそ三ヶ月前、とある大事件が起こったために、今は海軍の船に同乗している。


 結婚式の前日に、婚約者が誘拐されたのだ。

 新月の夜。闇夜に乗じての出来事だった。


 アーバントはあの日見たものを今でも覚えている。男装した魔女が四人。その内の一人が婚約者を——王女を抱えて三階の窓から飛び降りた。正気の沙汰とは思えなかった。宮殿中に配備された衛兵たちはもちろん、アーバントも呆気に取られてすぐには動けなかった。すぐに気を取り直して後を追おうと窓枠に飛び乗ったが、ショックのあまり飛び降りて死んでしまおうとしているのだと勘違いした衛兵たちに取り押さえられてしまった。

 その後王女を連れ去った魔女たちは船に乗って海へ出たという知らせを聞き、彼女らを追いかけるために組まれた海軍の部隊に同行させてくれと申し出た。相手が魔女ということもあり、優秀な魔法使いであるアーバントの同行はすぐに承認された。アーバントはさっそく船旅の準備をし、それから三ヶ月もの間、融通の利きづらい海軍と共に賊を追いかけている。


(今日こそ目にもの見せてやろうぞ、ピカネート・エタリップ……)


 アーバントはこれから始まるであろう戦いに備え、一人で部屋にこもって入念に準備を進めていた。アーバントにとって、婚約者を誘拐した憎らしい賊——ピカネートは因縁の相手だった。どこの馬の骨とも知らない下民のくせに、人目をかいくぐって宮殿の敷地内に入り込み、こっそり婚約者と遊んでいる忌々しい女。この俺が笑顔を向けても、見惚れる素振りすらしない。ちっとも面白くない。可愛げの欠片もない。あの女のせいで恥をかかされたこともあった。俺は完全無欠の魔術師であらねばならないのに。


(今日こそ屈服させ、俺の前で膝をつかせてやる……)


 アーバントは腰まである艶やかな銀髪を丁寧にくしでとき、魔術を織り込んだリボンで一つに束ねた。魔法石の指輪を両手の人差し指にはめ、両耳にも魔法石のイヤリングをつける。最後に古代魔法の呪文が刺繍されたローブを羽織り、準備が完了した。後はあの船に追いつくのを待つだけだ。追いついたら、あの女を跪かせ、婚約者を取り戻し、この退屈な船上生活とおさらばする。そして宮廷魔術師としての華々しい生活の幕開けだ。

 コンコン、と軽いノックの音がした。


「クラーク卿、水平線に船の旗が見えました。まだはっきりとはわかりませんが、恐らく目標の船です」

「そうか」


 アーバントが指先を扉に向けてクイ、と動かすと、たったそれだけで扉が勝手に開いた。扉の先にいた海兵は、扉の近くには誰もおらず、アーバントが部屋の奥にいるのを見て目を丸くした。魔法で扉を開いたのだ。

 アーバントはまた指をクイクイ、と動かした。こちらに来い、という合図である。海兵はごくりとつばを飲んでから室内に入った。この三ヶ月の間で、下っ端の海兵たちの間でアーバントに関する様々な噂が流れた。薔薇のように美しいが棘がある。美しい見た目通り、心も美しい。二人きりになると恐ろしい魔法にかけられる。目が合うと魂を抜き取られる。噂はただの噂にすぎないのか、それともどれか一つは本当なのか。今アーバントの部屋を訪れた海兵はあまり噂を信じない質だった。しかし窓からもれる朝日を浴びるアーバントの姿を見て、なぜあんなにも噂が流れるのかを理解した。男ばかりの海軍には血気盛んな者が多い。その中で彼は唯一の神聖な存在なのだ。ただそこに立っているだけで美しい。アーバントと会話した後の同僚が、心ここにあらずといった顔で呆然としていたのも今ならわかる。こんな人は、海軍にはいない。


「なにをそう緊張しているのだ? 肩の力を抜くがいい」


 アーバントがくすりと笑った。荒野に咲いた花のようだ。


「船に追いついてからのことで、クリスナー大尉殿に伝えておいてほしいことがあるのだ。頼めるか、ああ……君の名前は?」

「ブラウンであります」

「フルネームで」

「トーマス・ブラウンであります」

「ありがとう。ではトーマス・ブラウンくん。クリスナー大尉にこう伝言しておいてくれ。大砲の射程圏内に入り次第撃て、と」


 ブラウンは耳を疑った。


「はっ……? ですが、あの船には……」

「ああ。わかっている。だから安心して撃てるのだ」

「それは、いったいどういう意味でありますか」


 困惑するブラウンを見て、アーバントは顔をしかめた。


「君の仕事は上官の命令に疑問を抱くことか? 言われた通りに職務を遂行する。それが君の仕事ではないのか?」


 アーバントに睨まれ、ブラウンは全身に冷や汗をかいた。彼の言う通りだ。自分はただの雑用係。上官の命令を忠実にこなすのが自分の仕事。それなのに彼が海軍の一員でないからというだけで疑問を口にしてしまった。彼の身分は、ただの上官とは比べ物にならないほど上の地位だというのに。


「たっ、大変申し訳ございません! ただちに、クリスナー大尉に伝言して——」

「クッ……ククッ……。アハハハハッ‼」

「っ……。ク、クラーク、卿……?」


 突然笑い出すアーバント。ブラウンは、自分はもうこれでおしまいなのではないかと戦慄した。彼は魔法使いだ。この場で自分を消し去ることくらい、簡単にできてしまうのだ。

 しかしいくら待ってもブラウンにおしまいの時は訪れなかった。それどころか、ひとしきり笑い終えたアーバントが「こちらこそ大変申し訳ない」と謝ってきた。


「いやはや、ここは娯楽が少ないからね。退屈しのぎに君をからかってみたのだが、からかい方が悪かったようだ。怖がらせてしまってすまない。本当のところを言うと、疑問を抱くのは良いことだと俺は思っている。そこから新たな知を得ることができるからな」


 そう言って微笑むアーバント。その顔を見て、ブラウンは心底ほっとした。よかった。怒ってはいない。それどころか、褒められたのだ!


「詫びついでに理由を教えてやろう。あの船には俺特製の防護魔法が施されている。砲弾の一発や二発、余裕で無効化できるほどのな。とは言え三ヶ月も航海すれば効果は薄れてくる。魔物の強襲もあったとなれば、その影響でほとんど効果が切れたとしても不思議ではない。魔法とて万能ではないのだ」

「では、やはり大砲を撃つのはやめたほうがいいのでは……」

「クク。ところがそうではないのだ。我々とて、昨日は総力を上げて船の修繕に勤しんだであろう。向こうも同じよ。船を修繕し、再度防護魔法を施した。だから一発くらいくれてやっても問題はないのだ。彼女に怪我を負わすことなく、それでいて賊共にはこちらにあるのは交渉の意思ではなく攻撃の意思であると伝えることができる」

「なるほど。大変勉強になります」

「うむ。勉強熱心なのはいいことだ。君も今は雑務ばかり押しつけられているのであろうが、男たるもの、いずれは上に立ち、己の一声で大軍を進めさせるのが夢であろう? そのためには何よりも知識が必要だ。知の無い者におさは務まらん。腕っぷしが強いだけでは駄目だ。ブラウンくん、これからも上官の命令に疑問を持ち続けるがよい。その場で態度に出す必要はない。己の中で、なぜその命令を下したのか、その命令に従えば何が起こるのか、考えるのだ。よいな?」

「はっ……はいっ! ただいまのお言葉、しかと胸に刻み込みました!」


 ブラウンは感激のあまり涙を流しそうになっていた。誰にも言ったことはないが、アーバントの言う通り、ブラウンはいずれはこの海軍を率いる立場になることを夢見ていた。それを見抜かれただけでなく、助言までいただけるだなんて! 叶うはずのない夢だとずっと思っていたが、彼の助言に従えば、同僚たちよりも早く出世できるかもしれない!


「いい返事だ。では、クリスナー大尉への伝言、頼んだぞ」

「はっ! かしこまりました!」

「ああ、それと、伝言を終えたらその報告をしにここへ来るように」

「はっ!」


 ブラウンは敬礼をし、笑顔で部屋を去っていった。その後ろ姿を見送り、扉が閉まったところで、アーバントが低い声で呟いた。


「まったく刻み込まれておらんなぁ。疑問を持てと言ったのに、俺の言葉を素直に信じる。ま、その方が都合がいいがな」


 喉の奥をくつくつと愉快そうに鳴らしながら、アーバントは古代の文字が書かれた羊皮紙を取り出し、そこにトーマス・ブラウンと書き足した。そして同じように下っ端の海兵たちの名前が書かれた何枚もの紙を、まとめてローブの内側にしまいこんだ。

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