第30話 明日、海軍と
「君たちを追っている海軍は、昨日の嵐となぜか大量に浮かんでいた魔物の死骸の影響で、船のあちらこちらに損傷が出ている。今日いっぱいはまだ船の修理に取り掛かっているけど……それでも前に進んでいる。この船を目指して、ね」
「なるほど。海軍の奴らも嵐と魔物で大変なことになっている、ってのはアタシでも想像できる。でも、どうして明日追いつくなんてわかるんだい? アンタのその言葉を信じる価値はどこにあるって言うんだい?」
アグリアの言葉に、ピカネートが努めて冷静な態度で返した。しかしアグリアは、ピカネートが隠そうとしていた不安を読み取ってくすりと笑った。
「海軍のお偉いさんたちが集まって、明日には必ず追いついてやると言っているのを、実際にこの目で見て、聞いてきたからさ。……なんて言っても、そう簡単には信じてもらえないか」
「それはそうだろう! そんな会話、海軍の船に乗っていなきゃ聞けやしないのに、何で今アタシたちの船に乗っているアンタが知っているだい」
ひょうひょうとした態度のアグリアに、ピカネートが食って掛かった。ほかのみんなも、ピカネートの言葉にうんうんと頷いている。
「ははっ。言っただろう、僕は水の神だって。雨も僕の領分でね。雨が降れば必ず水滴がつく。その水滴から、色々な情報を集めているのさ」
「あっ! じゃあ、昨日降った雨が船に残っている間、アンタに会話が筒抜けってことかい⁉」
ピカネートが驚いたように言った。
「って言うか、もしかして、昨日の嵐もアンタの仕業かい⁉」
「お恥ずかしながらね。昨日は日々成長を見守っていた子猫が死んでしまって、あまりの悲しさに嵐を起こしてしまったんだ。わざと嵐を起こす気はなかったんだけど、感情が高ぶると、どうしてもね」
と恥ずかしそうに照れ笑いをするアグリア。ピカネートはあんぐりと口を開けた。
「……まさか、嵐がそんな理由で起きていたなんて」
「まさしく、神の御業というやつだね」
ポロリン、とミリーが奏でられた。宇海も言葉にこそ出さなかったが、内心で物凄く驚いていた。自然現象が本当に神様の仕業で起こることなんてあるの⁉
「でも、これで多少は信じる気になったかな?」
「い、いや、まだだよ。会話が筒抜けってことは、当然この船で起きた会話も知っているってことだね?」
「そうだね」
「だったら……昨日アタシがアーレフに言った言葉も聞いていたのかい?」
ピカネートが眉間に皺を寄せ、怒っているような、怖がっているような顔で聞いた。するとアグリアは困ったように言う。
「その条件に該当するものが多すぎるんだけど、もしかして医務室で彼女が寝ている時にかけた言葉のことかい? それは本当にここで、みんなの前で言ってもいいものなのかな」
「……!」
アグリアの話を聞いて、ピカネートはさっと頬を赤くした。
「わ、わかったよ! 信じるよ! アンタは確かに神様で、水があるところならどこかの誰かの会話を聴くことができる! ……って、あれ? 待てよ……。それなら、船は常に海の上にいるから、本当は常に会話がアンタに聞かれているってことかい?」
険しい顔から一変。ピカネートは頭をこんがらがせた。反対にアグリアはあははと笑う。
「ああ、それなら問題ないよ。海は、僕とは別の神様の領分なんだ。バーハローズという名前の人魚でね——君たちも船乗りなら名前くらいは知っているかな?——彼女とは色々な取り決めを交わしている。例えば、海を走る船は海の領分である。空から降ってきた雨は、海に落ちない限りは水の領分である。ってね。ああ、ちなみに彼女が船の中で交わされる会話を全部聞いているかどうかは、さすがに僕は知らないから、知りたければ彼女に会って聞いてみるといい」
「会う……会えるのかい? 海の、神様に……?」
「ああ、もちろん。それに、君たちの願いだろう? 神様に、航海する自由を保障してほしいというのは」
アグリアの言葉に、みんなが驚いた。
「アンタ、どうしてそれを知って……」
「言っただろう、僕は神様だって。神様に向けられた願いを、神様が知らないわけないだろう」
「……!」
アグリアはなんでもないことのように言った。しかしその言葉は、みんなの心の奥にすっと入り込み、今までにあった大変なことや嫌なことを綺麗に洗い流してくれるような気持ちにさせた。
「明日、君たちは海軍と会う。もしかしたら戦いになるかもしれない。でも、僕は信じているよ。必ず海軍の攻撃をかいくぐって、彼女の、バーハローズの元までたどり着くとね。彼女はきっと、その先で待っている。彼女は勇敢な船乗りが大好きなんだ。しかも訪れたのが女性の海賊だと知ったら、もっと喜ぶだろう。君たちがどれほど勇敢で、そして優しさに満ち溢れているのか、彼女に示すといい。きっと自由を保障してくれるよ」
「ああ……。ああ! 絶対、海軍なんかに負けやしないよ」
「その意気だ」
どちらからともなく、ピカネートとアグリアは握手を交わした。それを見て、宇海も絶対海軍に勝ってやるんだという気持ちがわいてきた。もちろん、他のみんなも同じだった。
「それじゃあ僕はこれでおいとまするよ。君たちの冒険に、幸あらんことを!」
最後に力強い笑みを浮かべると、アグリアの体は光に包まれた。みんなが眩しさに目をつむり、次に開けた時には、もう船のどこにもアグリアの姿は見えなかった。




