第29話 水の神様
「「「「「「神様⁉」」」」」」
「そう。ちなみに僕は、水を司る神様ね」
緊急事態発生、ということで、船のみんなが甲板に集まった。そこでアグリアは改めて自己紹介をしたのだが、なんと自分は神様だと言ってきた。
「しかし水の神の名前がアグリアとはこれ如何に。水の神と言えばイシュリーン、ハールクス、はたまたリュク・ドゥク」
サミニクが難しい顔をしながら、自分の知っている水の神様の名前を上げていった(もちろん宇海には一人もわからなかった)。するとアグリアはからからと笑った。
「ああ、その三人は、いわば僕の後輩みたいなものだね。あんまり年寄り扱いされたくないから普段は言わないようにしているんだけど、僕はその三人よりももっと古くからいる。古すぎて……と言うか、新しい神様が何人も出てきちゃったせいで、ほとんど忘れられているけどね」
「新しいですって⁉ イルスマ教は千年も前からあるのに⁉」
宇海はやっぱり内容の理解が追いつかなくて、ぽかんとしていた。その代わりに十分に理解したアーレフが驚きの声を上げた。
「言っただろう。もっと古くからいる、って。世界各地に様々な宗教があって、その中にも色んな神様がいるけど、簡単に言えば僕は……僕〝たち〟は、その神様たちを神様に仕立て上げた神様集団なんだ」
このアグリアの言葉には、今度は誰もすぐには反応できなかった。神様たちを神様に仕立て上げた神様集団? それってどういう意味? と誰もが頭を悩ませた。ちっとも簡単じゃない!
「すまないけどアンタ……あ、いや、アグリア……様。もうちょっとわかりやすく言ってくれるかい? ……じゃなくて、言ってくれ……言って、くだ、さい?」
ピカネートが慣れない敬語を使いだしたものだから、ココがくすくすと笑った。ピカネートが睨みつけるとココはそっぽを向いたが、それでもまだおかしそうに肩を震わせていた。
「ははっ。そう無理にかしこまらなくっても大丈夫だよ。友達みたいに接してくれたほうが、僕としても嬉しいからね。それで、もう少しわかりやすく説明してほしいんだね? それじゃあまずは、僕らのリーダー的存在、双子の女神が神様になった話から——」
「ねえ、その話ってすっごい長くなる?」
アグリアが説明を始めようとすると、さっきまで笑っていたココが、今度は打って変わってうんざりした顔でたずねてきた。ピカネートが「話の腰を折るんじゃないし、アンタはアンタで馴れ馴れしくしすぎだよ」と注意したが、ココは「だってぇ……」と口を尖らせた。
「本人が友達みたいに接してって言ったし、ボク、いかにも〝お勉強〟って感じの話苦手だし……」
「それは……わかるけど……」
ココの意見に対し、ピカネートは強く反論できずにもごもごと言った。実はピカネートも、自分でわかりやすく言ってほしいと頼んだ手前言えなかっただけで、いかにも〝お勉強〟な長い話が苦手だった。
対して話の腰を折られたアグリアは、そんな二人の態度に怒るでもなく優しく返した。
「ごめんごめん。ことの始まりから説明したほうがわかりやすいかと思ったけど、長くなると返ってわかりにくかったりするよね。なら要点だけ説明すると、僕は原初の神と呼ばれる、十柱いる神様の内の一柱。そしてこの原初の神のみんなで世界を一から作り直したんだけど、さすがにこの人数だと管理しきれないよねって話になって、各地域を管理してくれる人、つまり神様を増やした。それが今の君たちが知っている宗教や神様ってわけだ。それぞれの宗教を信じている人たちにとっては、それぞれの世界の成り立ちがあるから信じられない話かもしれないけど、でもこれが僕らにとっての事実。だからこの話は信じてくれてもいいし、信じたくなければ信じなくてもいいよ。もう慣れっこだし」
あっけからんとした笑みで言うアグリア。宇海も、他のみんなも話の半分も理解できていなかったが、本当にこの人は神様なんだろうな、と感じていた。もう慣れっこだと言った時の、遠くを見つめるようなアグリアの顔が、どこか寂しそうだったのだ。
「さて、前置きが長くなっちゃったね。本題に入ろうか。君たちが昨日魔物を倒したことについてだ」
そうだった! いまいちわかりにくい話が続いていたから宇海は忘れかけていた。甲板にみんなが集まる前にも、アグリアは〝この船の誰かが魔法で魔物を倒した〟という話をしていたのだ。
「ねえ、魔物ってどういうこと⁉ 昨日は嵐に巻き込まれてただけで、魔物なんて、そんなの……」
いないよね? 誰もそんなこと言ってなかったよね? 聞きたいことがありすぎて、宇海は逆にそれ以上何も言えなくなってしまった。
「そ、そそ、そうだよ! あんなおっきい魔物なんているはず……あ」
ココが慌てたように魔物の存在を否定しようとしたが、〝おっきい〟だなんて言ってしまったせいで、魔物を見たことを自ら証明してしまった。口を塞いでももう遅い。
「おっきい魔物がいたの⁉」
宇海はびっくりしておっきい声を出した。そんなのちっとも聞いてない!
「ごめん。隠していて、本当にごめんよウミ」
こうなったらもう真実を言うしかないと腹をくくったのか、ピカネートが宇海の前に出て膝をつきながら謝った。
「一度ならず、二度も隠しごとをしてごめん」
「じゃあ、本当に、魔物が……?」
ピカネートがこくりと頷いた。
「昨日の朝、嵐が来ていたのは本当だ。でも、それだけじゃなくて、魔物も一緒に現れた。そのせいでただ嵐に巻き込まれるよりも、ずっと大変な目にあった。本来ならウミにもちゃんと状況を説明するべきだったんだろうけど……必要以上に怖がらせたくなかったんだ」
後悔するようにピカネートがうつむくと、後を引き継ぐようにゴルタヴィナが話し出した。
「ウミちゃん、どうか、船長のことを責めないであげて。これは船長だけじゃなくて、私たちみんなの責任なんだ。なにせ、あんな恐ろしい魔物の群れに遭遇するのは初めてのことだったからね。この光景はウミちゃんには見せたくないって、みんな思ったんだ」
「然り。全く然り」
と今度はサミニクも加わった。
「巨体な魔物。巨大なアギト。それらが巨万と並ぶ様はまさに地獄。か弱き少女に見せるべきものではない。生き地獄を味わいたいのであれば、また別であるが」
「〝アギト〟って……?」
「〝あご〟のことよ。大きな口を開けて、鋭い牙を覗かせた魔物がたくさんいたの」
アーレフの説明を聞いてようやく理解した宇海は、ゾワリと背中を震わせた。これならなんにも聞かないほうがよかった!
「でも、もう大丈夫よ。……私が、魔法で倒したから」
「……!」
辛そうなアーレフの声を聞いて、宇海は昨日嵐を抜けた後にアーレフが倒れていた本当の理由を理解した。一度にたくさんの魔物を倒したから、それで辛い思いをしていたんだ……。その時のアーレフの気持ちを考えて、宇海もなんだか少し苦しくなってきた。
アーレフの言葉を聞いて、宇海とはまったく別の反応を示した人がいた。
「そうか。君が倒したんだね」
アグリアが嬉しそうに言った。
「陸ならともかく、海の上で一度に大量の魔物が人間に殺されることは珍しいからね。しかも記録によると……超強力な魔法で一発。うん。滅多にないことだ」
アグリアはどこからか巻物を出して、それを見ながら喋っていく。
「ふむふむ。なるほど。十年に一人の逸材と言われる類いの人だね、君は。いや、もしかしたら百年に一人か。なるほど。これは確かに海軍が欲しがるわけだ」
「やめて!」
アーレフがヒステリックに叫んだ。
「お願い……その話だけは、しないでちょうだい。あなたが本当に神であろうと、こればかりは許しません。これは命令です」
(アーレフさん……?)
普段のアーレフからは想像もできない態度に、宇海は不安を覚えた。魔物の話をした時からずっと辛そうだ。アグリアさんがその時のことを思い出させるようなことを言ったから、余計に苦しくなったのかな。それに「これは命令です」だなんて言い方はちっともアーレフさんらしくない。偉そうな嫌な人が言いそうなセリフを、アーレフさんが言うだなんて。
対するアグリアは、言わない方がいいことを言ってしまったことを悔いているようだった。
「ああ、ごめんね。大抵の人はこういうことを言うと喜ぶから、つい……」
「私は、そのような人たちとは、違います」
「うん。そのようだね。よし。それじゃあ他にも言いたいことはあったんだけどそれは無しにして……これだ。明日、君たちは海軍と戦闘になる」




