第28話 透明なボール
同情するような目を向けられながら、宇海はココからビスケットをもらった。どうせなら、と見張り中に食べられるように多めにもらったビスケットを袋に入れ、宇海は甲板に戻った。
「何を探し求めているのかもわからぬ小さな旅人よ。今日もまた探し続けるのか」
「えっと……うん」
宇海も宇海で、せっかくだから、とビスケットをゴルタヴィナにもわけてあげようと彼女の元まで行くと、その隣にはサミニクもいた。サミニクは今日もミリーを奏でながら、歌うように意味のわかりにくいことを言っている。
「目に見えぬものを探すは至極難儀。目に見えていようとも、真の姿を探るはこれまた難儀。心の瞳で見極めよ。その姿は嘘か真か、真か嘘か。心に従い見極めよ」
「……???」
「ごめん、サミニク。今のはどういう意味?」
宇海はもちろん、ゴルタヴィナもサミニクの話を聞きながら難しい顔をしていた。宇海は自分だけがわからないんじゃないんだ、と少しほっとした。
「海軍とて、魔法が使えぬわけではない。姿を隠して、姿を変えて、我らに近づき隙を伺うこともあろう。その時頼りになるのは目か耳か? いや直感だ。見えぬからと無いわけではない。見えているからとあるわけでもない。見たまま、聞いたままに信じるのでなく、その隙間に注意せよ」
「つまり……魔法で姿をくらましている可能性があるから、魔法の気配にも注意を向けろってことだね」
ポロロン、とミリーで綺麗な音が奏でられた。正解、という意味だろう。
「でも、わたし……魔法の気配なんて、全然わかんないよ」
サミニクの言いたいことはわかったが、宇海には〝魔法の気配〟というものがこれっぽっちもわからない。とたんに不安になってきた。
「心配ご無用。魔法は便利なものなれど、必ずどこかでボロが出る。歩けば足跡が、走れば風が、船を動かせば波が教えてくれる」
「ああ、なるほど。もし波が不自然な動きをしているところがあれば、そこに魔法で姿を隠した船がいるかもしれない、ってことだね」
またポロロン、と正解の音。
「それじゃあウミちゃん、もし変な動きをしている波を見つけたら、私に教えてくれる? 合っているか、間違っているかなんて、自信がなくてもいいよ。ささいなことでも構わないから、他の場所と比べると変な気がするなって思ったら教えて。判断はこっちでするから」
「うん。わかった」
「頼んだよ。ああ、それと……私にもビスケット一枚くれる? お腹空いちゃった」
ゴルタヴィナが照れ笑いしながら宇海の持つ袋を指すと、サミニクも物欲しそうな顔をした。
「ほう。ならば私もご相伴にあずかろう」
「うん! ココちゃんからいっぱいもらったから、どうぞ!」
宇海はビスケットを二人にわけて、ついでに自分も一枚食べた。ココの気遣いは、もしかしたらこうなることを予想していたのかもしれない。
○
「ん~~~~~?」
一時間ほど経ったころ、宇海は奇妙なものを発見した。海の上に何かがぷかぷかと浮かんでいる。丸くて、透明で、大きさはたぶんドッジボールで使うボールくらい。光に反射してキラキラと光っているのがきれいだな、なんてのんきに思っていたが、これも一応ゴルタヴィナに報告した方がいいのかもしれない。
「ヴィーナさーん!」
船首にいた宇海は、声を張り上げて、ついでに手を振りながらゴルタヴィナに呼びかけた。
「何か見つけたの?」
「うん! 透明な、ボールみたいなものがあるの!」
「透明なボール? なんだろうね……。サミニク! ちょっと見てみてくれる?」
「任された!」
見張り台にいたサミニクが器用に縄梯子を伝って降りてきて、すぐに宇海の隣にやってきた。
「お宝は何処に?」
「あそこ!」
宇海は船の進行方向より少しずれた場所を指差した。そこではまだ透明なボールがふよふよと浮いている。
「えっ? あれっ?」
「ほほう。なんと不可思議な」
そう。〝浮いている〟のだ。海の上で、波とたわむれるようにぷかぷかと浮かんでいるのではなく、海から少し離れた空中で、重力など忘れたようにふよふよと浮いている。しかも高さを増しながら、少しずつこちらに近づいてきている。
「何あれ⁉」
宇海が驚いている間にも謎のボールは近づいてくる。もちろん船も動いているので、ボールとの距離はすぐ近くなる。
「ね、ねえ、サミニクさん! あ、あれ、近づいちゃって大丈夫なの⁉ もし海軍の魔法とか、何かの罠だったら……!」
ゴルタヴィナが舵を切り、ボールとは逆の方向に船を向けようとしてくれてはいる。でも船は車のようにすぐには向きを変えられない。じわじわと迫ってくるボールを見つめながら、宇海は焦る気持ちでいっぱいになっていた。こういう時こそなにかできたらいいのに、できることが何も思い浮かばない!
しかし隣でサミニクがミリーを奏でながらのんきにこう言った。
「魔法には術者の気持ちが籠るもの。清らかな気持ちでかければ清浄な、邪なる気持ちでかければ邪悪な気配が薫るもの」
「それじゃあ、〝あれ〟はどんな気持ちが籠っているの⁉」
謎のボールはもうだいぶ近づいてきている。もうあと少しで、手を伸ばしたら届くような距離だ。そんな中で、サミニクは優雅に言った。
「まったくもってわからないね!」
ダメじゃん⁉ と宇海が言おうとしたその瞬間。
バシャン‼
謎のボールが船のすぐそばまで来ると同時に、勢いよく水が弾けるような音がした。と言うか、実際に水が勢いよく弾けとんだ。宇海はびっくりして腕で顔を守ろうとしたが、タイミングが少し遅かったようで、運悪く鼻に水が入ってしまった。
「いやぁ、よかったよかった。やっと見つけられたよ」
「⁉」
突然知らない人の声が聞こえてきた。しかも、この船にはいないはずの、男の人の声。宇海は恐る恐る腕を下げながら、あっはっはと笑うその人の姿を見た。
「ああ、すまない。驚かせてしまったみたいだね。君、楽器は大丈夫かい? 濡らしてしまったのなら悪かった。いや、これがよく友人たちからも怒られるんだよね。ああ、いや、〝たち〟って言うか、ジャメナくらいか。怒髪天を衝く勢いで僕に文句言ってくるのは」
さきほどまであったはずのボールは消え、代わりにそれが最後にあった場所に男の人はいた。浅黒い肌と、それとは対照的な白い髪。しかしおじいさんというわけでもなく、若い、たぶん二十代くらいのお兄さん。
誰? どうやってここに? さっきの透明なボールはなんだったの? 宇海の頭に様々な疑問が浮かび、しばらく目を丸くしながら男の人を見ていた。すると宇海の様子に気がついた男の人が、宇海の顔を覗きこむようにしながら笑顔を見せた。
「おやおや、これは珍しい旅人さんだね。へえ、なるほど」
男の人はなにか納得するように頷いた。そして宇海の前に手を差し出す。
「はじめまして。僕はアグリア。君は?」
「あ、えっと……」
宇海は戸惑いながらも差し出された手を握り、自己紹介をした。
「わたしは、宇海です」
「宇海か。素敵な名前だね。どうぞよろしく。君の名前は?」
アグリアと名乗った男の人は、今度はサミニクにも名前を聞き出した。
「我が名はサミニク。こちらは相棒のミリー。ミリーのことなら心配ご無用。跳ねる飛沫も潮風すらも、我らの敵にはなりえない」
「そうか。それなら安心したよ。サミニク、そしてミリーも、どうぞよろしく。ところで、昨日魔法を使って魔物を倒したのは誰かな? 少し話したいことがあるんだ」
アグリアの質問に宇海は答えようとして、何かがおかしいことに気がついて声を上げた。
「えっ⁉ 魔物⁉」
この時宇海は初めてミリーの耳障りな音を聴いた。




