第27話 着せ替え人形
「よっ……と」
「おお~」
ぱちぱちぱち。
船に乗ってから四日目の朝。宇海はついに無事にハンモックから下りることに成功した。ココから拍手をもらい、少し照れくさい気持ちになりながらも、この小さな成長に満足していた。
(ちょっとは海賊らしくなってきたかな……えへへ)
これで海賊っぽい格好をすれば、もっとかっこいいかも。なんて宇海が思っていると、ココが「朗報だよ」と言ってきた。
「アーレフさんが、朝ごはんを食べたら医務室に来てほしいって。昨日は魔……いろいろあってできなかったから、今日こそウミちゃんの服を作りたいって言ってたよ」
「本当に⁉ やったあ‼」
これ以上ないほどの朗報に、宇海は思わず飛び跳ねるほど喜んだ。わたしも海賊の格好ができる!(あと、普通に着替えもできる!)
「あ、でも、アーレフさんてばすごく凝り性だから……覚悟しておいてね……?」
そんなココの忠告は、宇海の耳には少しも入っていなかった。
○
「…………」
「あ、アーレフ、さん……?」
あんまり嬉しかったものだから、宇海は急いで朝食を食べてアーレフの待つ医務室へとやって来た。するとそこでは、アーレフが何枚もの布を広げていつになく真剣な顔でそれらを睨んでいた。
「でも……それよりは……ううん……」
アーレフはなにか悩んでいるのか、ぶつぶつと呟いている。宇海はまだ来ないほうがよかったのかと不安になりながらも、もう一度声をかけてみた。
「あ、あの、アーレフさん……」
「……ん? あ、ウミちゃん。おはよう。ごめんなさいね、気がつかなくて」
「おはようございます、アーレフさん。大丈夫。たぶん、わたしが早く来すぎちゃっただけだから」
「あら、そんな。いいえ、私が集中しすぎていただけよ。ウミちゃんは悪くないわ。それよりも」
アーレフは広げられた布の中から何枚かを手に持ち、宇海の前に差し出した。
「ウミちゃんは、この中だとどの色が好きかしら」
赤、青、茶、緑、紫。どれも落ち着いた色合いで、宇海は正直なところこれよりも明るい色のほうが好みだった。でもこっちのほうが〝海賊〟っぽいかもと思いながら答えた。
「青色が好き」
海の青や、空の青。そうした青色が宇海の好みだ。
「青色ね。それじゃあ……」
アーレフは手に持っている青以外の布を置くと、また別の布を何枚か手に取った。
「この中ならどれが好きかしら」
「えっと……」
次に見せられたのは、どれも青色だが柄の異なる布。同じような青色で柄の違うものもあれば、似たような柄で色の濃さが違うものもある。
(そう言えば、ココちゃんがなにか言ってた気がするな……)
宇海は今更になって、ココの話をちゃんと聞いていなかったことを後悔した。
しかしアーレフは宇海が戸惑っているのを見て、なにかを勘違いしたようにこう言ってきた。
「あ、ごめんなさい。そうよね。実際に身体に当ててみないとどれが似合うかわからないわよね。これが好きだって思っても、実際に着てみるとあんまり似合わないってこともあるものね」
「え? あ、えっと」
「ふふ。遠慮することはないわ。さっそく私の部屋に行きましょうか。なんと、私の部屋には全身鏡が置いてあるのよ!」
「あ、あの」
戸惑う宇海を意にも介さず、アーレフは意気揚々と片手で布を何枚も抱え、もう片方の手で宇海の手をしっかり掴み、自分の部屋へと連れていった。
(ココちゃん、せっかく注意してくれたのに、全然聞いてなくてごめんね……)
○
ああでもない、こうでもないと、着せ替え人形のようにアーレフから様々な布を試着させられた宇海。色や柄から上下の組み合わせまで、アーレフが納得するまでとことん付き合わされることになった。始めこそ宇海も乗り気だったが、さすがに段々と面倒になってきた。服を一から作るのって、こんなに大変なの⁉
二時間くらい経ってから、宇海はようやくアーレフの部屋から解放された。それもアーレフが解放してくれたわけではなく、ピカネートがアーレフに用事があってここまで探しに来たからだった。
「アーレフ、ちょっと話があるんだけど……って。アンタまた人質を取っているのかい?」
アーレフの部屋の扉を開けたピカネートは、室内の様子を見てうんざりした顔で言った。床には足の踏み場もないほど布が散乱していて、その真ん中で宇海が遠くを見つめるような顔で立っていたのだ。
「人質だなんて、そんな人聞きの悪いこと言わないでよ。私はウミちゃんにぴったりの服を仕立てるために……」
「ああ、ああ、それは悪かった。でも、一応聞くけどねアーレフ。いつからウミをそこに立たせたままでいるんだい?」
「少し前からよ」
アーレフの言葉に宇海はびっくりして、ピカネートに向けてぶるぶると首を横に振った。全然〝少し前〟なんかじゃない!
「アーレフ、ウミは違うって言ってるよ。もう。アンタのそのこだわりの強さを悪く言う気はないけど、みんながみんな、アンタと同じものに、同じだけのこだわりの強さを持っているわけじゃないんだ。時にはその強さを〝ほどほど〟に抑えることも大事だよ」
ピカネートにそう言われて、アーレフはやっと宇海を立ちっぱなしにさせていることに気がついたようだった。
「ああ、ごめんなさいウミちゃん。私ってば、つい一人ではしゃぎすぎてしまったみたいね。もうだいぶ完成した服のイメージは掴めたから、大丈夫よ。協力してくれてありがとう、ウミちゃん」
「うん。わたしも、ありがとう。完成した服、楽しみにしてるね!」
「ええ、頑張って作るわ」
これでようやく宇海は布の海から抜け出した。大変だったけど、自分だけの服が出来上がることを思うとわくわくする。
服が作られるのを待つ間、宇海は昨日と同じ様に見張りをするようピカネートから言われた。甲板に出て、舵を取っているゴルタヴィナにもその話をすると、
「お。今日も見張りしてくれるの? 頼もしいね」
と返ってきた。自分は頼られているんだ、と思うと宇海はより一層頑張ろうという気持ちになった。
「ああ、でも適当に休憩しながらでいいからね。お腹が空いたら、ココになにかねだりに行っても構わないよ」
「……いいの?」
「うん。お腹が空きすぎて倒れちゃったら仕事にならないからね」
「じゃあ……今行っちゃおうかな」
「……えっ? 今?」
ゴルタヴィナはびっくりして宇海の顔をまじまじと見つめた。
「うん……。さっきまで、アーレフさんの部屋でずっと着せ替え人形にされてたから、ちょっとお腹空いちゃって……」
「ああ~……」
宇海の答えを聞いて、ゴルタヴィナは苦笑いをした。
「うん。いいよ。ココのところに行っておいで」
「ありがとう、ヴィーナさん」
とてとてと走り去る宇海の背中を見つめながら、ゴルタヴィナは自分たちが船に乗り始めた時のことを思い出していた。
「ついにウミちゃんも犠牲になったか……」
この船の船員が着ている服は、実はどれもアーレフの手作り。だから、アーレフの服作りへのこだわりの強さは、全員経験していたのだ。




