第26話 もし下手だったら……
サミニクのあの激しい演奏と共に、日が沈んだ。
月明かりが綺麗なおかげで、夜になってもまったく何も見えないことはなかった。とは言え遠くのほうは見え辛い。そちらはサミニクに任せ、宇海はゴルタヴィナに言われた通り、船の近くに注意を払っていた。
ときどき小さな島や大きな岩が見えるくらいで、それらもぶつからないように注意しなければならないものの、順調に航海は進んでいった。
「どうだい、ウミ。見張りをやってみた感想は?」
遅い夕食をすませたピカネートが、船首で海面とにらめっこしていた宇海に話しかけた。
「海軍を見つけられなかったのは残念だけど……あ、でも見つからなくてよかったのかな」
「ははっ。そうだね。見つからないのが一番いいよ」
「うん。あとね、イルカの群れを発見できたりして、楽しかった!」
「そりゃあいいね。楽しいのが一番だ」
夜風を浴びながら、宇海は今日一日を振り返っていた。夜中に船が出航。午前中は嵐のせいで何度も揺れて怖い思いをした。午後からは打って変わって晴天の下で片付けをしたり、見張りを任せられたりした。昨日に負けず劣らず、今日も目まぐるしい一日だった。
(みんな、何日も何日もこんな毎日を過ごしているのかな)
この船に乗ってから三日が経とうとしている。この三日間でこのスケジュールなのだから、これが何日も、何週間も、何カ月も続くことを思うと、海賊とは意外と大変な職業なのだと感じる。ゴルタヴィナが不安になると言っていたのも、なんとなく理解できる。
「ところでウミ。みんなから話を聞いてお話を作るほうの仕事は順調かい?」
「う~ん……順調、なのかな。サミニクさんとココちゃんのお話は一応書けたけど、でも、上手く書けてるのか自信ないし……」
宇海がうつむくと、ピカネートが勇気づけるように背中をパシンと叩いた。
「なに言ってるんだい。書けるってだけですごいんだから! きっと神様だって、その努力はちゃんと理解してくれるよ」
「でも、もし下手だったら? 頑張って書いても、下手だったら頑張ったってこともわからないかも……」
「……ウミ」
ピカネートがしゃがみながら宇海の両手を掴み、宇海の両目をのぞきこんだ。
「どうして自分で下手だなんて言うんだい? そりゃあ確かに、誰だってなんでもかんでも最初っから上手くできるものじゃないよ。でも、『下手くそなものを作ったから見てください』なんて言われて、見たいと思うかい?」
「……ううん」
「そうだろう? だったら、たとえ下手だとしても、もっと自信をもって見せればいいのさ。大丈夫。誰だって最初は初心者なんだから。そこから努力を重ねることで上手くなっていくことくらい、みんな理解しているよ。だから、明日の自分と比べれば下手かもしれないけど、昨日の自分よりは上手くなっている。常に今が一番優れているんだよ。それにお話を書ける人なんて滅多にいないんだから、もっと自信持ちな」
「……うん!」
「よし。いい返事だ」
そう言ってピカネートは立ち上がると、宇海の頭をわしゃわしゃと撫で始めた。少し照れくさかったが、それ以上に嬉しい気持ちが大きかった。常に今が一番優れている。そんな風に考えたことなんてなかった。言われたこともなかった。宇海のお母さんは、もっと頑張りなさいとしか言ってくれなかった。たまに褒めてくれるときもあるけど、その後にはこれからも頑張らないとすぐダメになると言ってくる。
(ピカネート船長みたいな人がお母さんだったらよかったのにな……)
それかお姉ちゃん? 宇海は一人っ子だからか、友達が楽しそうにきょうだいの話をしているのを聞くと、羨ましく感じることがよくあった。ピカネート船長がお姉ちゃんだったら、きっと毎日楽しいんだろうな。
「さて、もっと話していたいところだけど、もう暗くなっちゃったからね。無理して遅くまで見張りしてなくても大丈夫だから、眠くてふらふらになる前に休むんだよ。暗いと発見まで時間がかかるからね」
「う、うん」
ピカネートは何を発見するまで、とは言わなかったが、宇海はすぐに海に落ちた場合のことだと気がついた。実際にやってみてわかったが、日が落ちると確かに日中よりも発見までに時間がかかる。遠くにあるとなおさらだ。距離感もいまいちつかみづらい。気づいたら近くにあった、なんてこともある。それはつまり、船から離れたらもうどこにあるのかわからなくなる、ということでもある。
(絶対落ちたくない……!)
そもそも宇海は、泳ぎが苦手だ。学校の二十五メートルプールすら満足に泳げない。そんな宇海が夜海に落ちたら、生存は絶望的だ。そう考えたらゾクリと寒気がした。
「わ、わたし、もう寝るね」
「ああ、おやすみウミ。足元には気をつけるんだよ」
「う、うん」
宇海は細心の注意を払い、一歩一歩踏みしめながら船室へと向かう。その背中を見送りながらピカネートは首をかしげた。
「どうして急にギクシャクした動きになったのかねぇ……?」




