第24話 医務室で
「ピカ、ネート……?」
「……! ああ、アーレフ! 気がついたのかい? よかった……」
宇海とココが休憩をしているころ、医務室で寝ていたアーレフがようやく目を覚ました。それが嬉しくてピカネートは思わず抱きつきそうになったが、彼女が病人であることを思い出して、上げた腕をそのまま下ろした。
「調子はどうだい、アーレフ」
「そうね、最悪だわ」
「うん……」
ピカネートはアーレフが起き上がるのを手伝いながら、彼女の話の続きを待った。
「もう、あんな一気に殺すなんてしたくなかった……」
「うん」
「魔物の悲鳴が、全身を駆け巡って……」
「うん」
「みんな、誰だって、生きるのに必死なのよ……」
「うん」
「それなのに、私は殺してしまった……」
アーレフは震える自分の体を抱き締めた。魔法を使ったとき、彼女には魔物たちの叫び声が聴こえていた。普段ならわからないはずの魔物の言葉が鮮明に聞き取れた。それらが呪いとなり、彼女の心に闇を作っている。
「アーレフ……」
そんな彼女の痛ましい姿を見て、ピカネートは優しく彼女を抱き締めた。
「ありがとう、アーレフ。アタシたちを助けてくれて。ごめん、アーレフ。アンタに負担ばかりかけて」
「……」
「アンタがこうなることくらい、わかっていたのに、この方法しか思いつかなくって、ごめん。でも、ありがとう。アーレフのおかげで、アタシたちは今もこうして船の上にいられるんだ」
「…………そうね」
「あのときは、魔物が生き延びてアタシたちが死ぬか、アタシたちが生き延びて魔物が死ぬかの、どっちかだったんだ。アタシたちが生き延びるために、アンタは行動した。それは間違ったことなんかじゃない」
「……ええ」
アーレフはゆっくりと深呼吸をした。だいぶ心が落ち着いてきたようだ。それを感じてピカネートはアーレフから離れた。
「もう大丈夫そうかい?」
「なんとかね。久しく使っていなかったから、この感覚を忘れていたわ。……思い出したくはなかったけど。それでも、常に誰かの犠牲の上に、今の私たちの生が成り立っているのだということを、忘れてはいけないわね」
「……ああ、そうだね。アタシも、そのことを肝に銘じておくよ」
「ええ。……あら?」
そのとき、部屋の外がなにやら話し声が聴こえた気がして、アーレフはそちらを向いた。つられてピカネートも扉に顔を向けた。扉の外からは、二人分の声が聴こえてくる。
——でも、まだ————どう——。
——大丈夫——。ピカ————だよ。
「ふむ」
ピカネートは立ち上がり、足音を立てないように注意しながら、そぉっと扉に近づいた。外からの声が、さっきよりもはっきり聴こえてくる。
——だって、大事な話をしてるのかも——。
——もう、心配しすぎだよ。ピカ姉に真面目な話なんて似合わないし——。
「誰に何が似合わないって?」
「「わあっ⁉」」
ピカネートが扉を開けると、すぐそばにいた宇海とココがびっくりして跳ね上がった。
「も、もう! ピカ姉! 扉を開ける時はノックしてからにしてよ!」
「部屋を出る時にもノックが必要だなんて、初めて知ったね。それよりも、こんなところで何をこそこそしていたんだい?」
「そ、それは……」
ココがしどろもどろになっていると、宇海が声を上げた。
「あ、あのね! アーレフさんが魔法を使ってくれたおかげで嵐を無事に抜けられたって聞いたから、お礼を言いたくって……。でも、二人の話し声が聴こえて、なんだか真剣っぽそうな感じがしたから、後にしたほうがいいのかな、って……」
「あら、ありがとうウミちゃん。ピカネートとの話ならもう終わったから、いつでも大丈夫よ」
「アーレフさん!」
ベッドにいたはずのアーレフが、いつの間にか立ち上がり宇海とココの前に姿を現していた。アーレフはしゃがんで宇海と目の高さを合わせる。
「ウミちゃんにはたくさん心配かけちゃったわね。ごめんなさい」
「う、ううん。アーレフさんが謝ることじゃないよ。だって、アーレフさんが頑張ってくれたんだもん、むしろ、わたしがお礼を言わなきゃ! アーレフさん、ありがとうございます!」
「ふふ。どういたしまして、ウミちゃん。それから、こちらこそ、私の心配をしてくれてありがとう、ウミちゃん」
「うん……! アーレフさんが元気そうで、よかった……。魔法って、使うとそんなに疲れちゃうものなの?」
「それは……」
宇海の質問に、アーレフは少々困った様子でピカネートの方をちらりと見た。同じように困り顔のピカネートも、アーレフを見て小さく首を横に振った。
「必ず疲れちゃうものでもないんだけど、嵐みたいに、自然のものを相手にしようとするには、特別大きな力が必要になるの。だから、そうね……全速力で水平線の向こうまで走って戻ってきたときくらいの疲れを、一気に体験する、みたいな感じかしら」
「うわぁ……大変そう……」
「ええ、とても大変だわ。だから、もっと早く使えばみんなを危険な目に遭わせることはなかったのに、出し渋ってしまったの」
「ううん。大丈夫。大丈夫だよ、アーレフさん。本当にありがとう」
そう言って宇海は、少し涙目になりながらアーレフに抱きついた。揺れの怖さを思い出したからでもあったが、アーレフが倒れたという話を聞いてから、ずっと心配していたのだ。そのときの様子こそ知らないが、彼女が無事だとわかり安心した。アーレフもアーレフで宇海が怖がってはいないか、大きく揺れるせいでひどい船酔いになってはいないか心配していた。だから宇海の元気な姿を見てほっとし、抱きついてきた宇海の頭を優しく撫でた。
お互いにお互いが元気であることを確認し合うと、頃合いを見てピカネートが手を叩いた。
「さあさあ、いつまでものんびり話していたら、船は前に進まないよ。アーレフが回復したことだし、アタシはヴィーナと交代して舵を取る。ココはアーレフ用に何か食べやすい食事を用意して。アーレフはそれを食べたらヴィーナと一緒に船の修繕。ウミは、そうだねぇ……アンタ、目は良い方かい?」
「うん。視力検査でどっちもAだったよ」
「え、えぇ……? よくわからないけど、良いってことでいいのかい? それなら、サミニクに教わりながら見張りを頼むよ。どこからか海軍の旗が見えないか、しっかり見張ること。さあみんな、仕事の時間だよ!」




