第22話 嵐を抜けた!
アーレフが強力な魔法を放ったころ、事情を知らない宇海とココは船内で怯えていた。
「い、今、すっごいピカって光ったけど、もしかして、雷……⁉」
「うわわ……雷が落ちたらさすがにヤバいかも……⁉」
ココは魔法が使われた気配を感じてはいたが、それと光の関係性まではわからなかった。雷が船に直撃したらどうなってしまうか考えて、魔物とは別の恐怖を感じた。
雷が船に落ちたら……。その可能性を宇海も感じ取り、涙目でココに抱きついた。
「ココちゃぁん……。わたしたち、大丈夫だよね……?」
「だ、大丈夫だよ! 大丈夫! だ、だって、ほら、ボクたちってば魔法が使えるし、雷を避ける魔法を誰か知ってる……かもしれないし⁉」
「そ、そうだよね⁉ 魔法で、どうにかなるよね⁉」
「な、なるなる! ま、魔法ってば、す、凄いんだから!」
(お願いピカ姉たち! 絶対絶対、どうにかしてよね⁉)
ココも宇海を強く抱き締めながら、甲板で頑張っているピカネートたちにそう願った。
部屋の外の状況が一切わからない二人。ずっと恐怖に震えていたが、しばらくすると船の揺れがだいぶ収まっていることに気がついた。
「……そういえば、大きい揺れがなくなったね」
「……あ。言われてみれば、そうかも」
「やったよウミちゃん! きっと嵐を抜けたんだよ!」
「う……うん! もう、大丈夫なんだね⁉」
揺れが収まったことに安堵した二人は、ほっとした表情で顔を見合わせた。もう、危機は去ったんだ。
(ってことは、魔物を倒せたのかな)
ココはそこでようやく、先程の光は魔法で魔物を倒した時に放たれたものではないかと思い至った。それならもう外に出ても大丈夫だ。
「なんだか、ほっとしたらお腹空いてきちゃったな。ウミちゃんも空いてない?」
「うん……。起きてから何も食べてないからペコペコ……のはずなんだけど……」
「ああ、ずっと揺らされてたから気持ち悪いよね。それじゃあボクは食糧と一緒に、アーレフさんに何かいい薬がないか聞いてそれを貰ってくるね。その間ウミちゃん一人にさせちゃうけど、大丈夫?」
「うん、もう大丈夫。ありがとうココちゃん」
「どういたしまして。あ、もし吐きそうだったら、どこかにバケツが転がってるはずだから、それ使ってね。じゃあ行ってくるね」
「うん」
青白い顔の宇海を見て、すぐ戻ってこようと思いながらココは部屋を出た。来る前に食べ物と薬を持ってこればよかった。
何度も揺れたせいで、船内のあちらこちらで物が散乱していた。掃除が大変そうだと嫌な気分になりながら、ココはまず食糧庫へ向かって果物をいくつか手に取った。それから階段を上って甲板に出ると、船内以上に嫌な光景に顔をしかめた。
「うへぇ……。なにこれ……」
「ああ、ココ! ウミちゃんの様子はどうだった? もう一人にさせて大丈夫なの?」
「あ、ヴィーナさん」
ココの姿に気がついたゴルタヴィナが声をかけてきた。ココは医務室の扉とゴルタヴィナを交互に見ながら、先にどちらに行くべきか迷った。しかし少し話をするだけなら、とゴルタヴィナの方に先に向かった。
「何度も大きく揺れるから、ウミちゃんすっかり怖がってたよ。今もすごく顔色を悪くさせてるから、何か薬を貰おうと思って。あ、ねえヴィーナさん。この……いっぱい浮かんでるのって……」
「ああ、魔物の死体だよ。数も多ければ身体も大きいからね。嵐も過ぎたからこの魔物の群れからもさっさと抜け出したいところだけど、こうも多いとそれも難しいもんだね」
「そっか。じゃあウミちゃんにはまだ部屋にいてもらったほうがいいね。こんなのウミちゃんには見せたくないよ……」
「それはみんな同じ意見だよ。できれば私だってこんなの見たくなかったもんね。……ああ、そうそう。魔物を倒すのにアーレフが魔法を使ってね。その反動で倒れちゃってるから、医務室で船長が看病してるよ」
「ええ⁉ そうなの⁉ さっきすごい光があっちまで届いたから、それが何かの魔法だったのかな~とは思ってたけど……。アーレフさん、大丈夫なの?」
「どうだろうねぇ……。あんなに強い魔法を使うとどうなるのかは私も知らないからわからないけど、無事を祈るしかないね」
「そっか……。ありがとう、ヴィーナさん」
ココは(これはアーレフさんにも食べやすいものを作ってあげないとな)と思いながらゴルタヴィナと別れ、元々の目的地である医務室へ足を向けた。
医務室の扉を開けると、まずベッドの横に座っているピカネートの姿が目に入った。珍しく焦ったような顔をしている彼女の視線の先には、苦しそうにベッドに横たわっているアーレフがいる。ピカネートは祈るようにアーレフの手を両手で握っていた。
「ピカ姉……。アーレフさんは、大丈夫なの? さっきヴィーナさんから簡単な話は聞いたんだけど……」
思った以上に深刻そうな状態を見たココは、自分も胸が苦しくなってくるのを感じた。
「ん? ああ、ココか。ウミはどうしたんだい?」
ピカネートはちらっとココを見たが、すぐにまた視線をアーレフに戻した。
「ウミちゃんはまだ部屋にいるよ。船酔い気味だから、何か薬を貰おうと思って来たんだけど……」
「そうかい。船酔い用の薬なら棚の右端、上から三段目に置いてあるから、適当に持っていきな」
「うん……」
ココは言われた通りの場所に置いてある薬瓶を手に取った。ちょうど手に取りやすい高さにある。アーレフが気を利かせてその場所に置いたのだろう。
「ねえ、ピカ姉……」
「アーレフのことなら心配することはないよ。時間はかかるけど、必ずいつものアーレフに戻ってくれる。それよりも、今心配なのは海軍だね。あれだけ強い魔法を使ったんだ。海軍の中に気づいた奴がいるかもしれない。アタシはアーレフのことを見ていなきゃいけないから、何かあったらヴィーナの指示に従うんだよ」
「うん、わかった。このこと、ウミちゃんには?」
「そうだねぇ……。アーレフのことは、嵐を回避するのに魔法を使ったから、それで疲れて倒れた、ということにしておいてくれるかい? それと、魔物の死体から十分に遠ざかったら甲板まで連れて来て、外の空気を吸わせてあげて。それで多少は酔いもマシになるだろうからね。ああ、また海軍が来るかもしれないことは、ヴィーナとサミニクにも伝えておいて。もちろん、ウミにもね」
「わかった。ありがとう、ピカ姉」
ココはまだアーレフのことが心配だったが、部屋に一人残してきた宇海のこともやっぱり心配だった。アーレフはピカネートに任せて、自分は宇海の面倒を見ようと医務室を出た。




