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第21話 浄化します

 何度も揺れる船の中で、宇海うみはすっかりへっぴり腰になっていた。もし誰も来ていなければ、恐怖と寂しさで泣いていたかもしれない。ココが来てくれて本当によかったと思っている。


「うう……。こんなに揺れるなんて思わなかったよぉ……」


 宇海は今、ハンモックの上でココと隣り合って座っている。……と言うよりも、ココに抱きついている。少し前に大きく傾いたときに、何かに掴まろうとしてとっさに抱きついてしまったのだ。あんまり子供っぽすぎるので宇海は恥ずかしくなった。揺れが収まったらすぐ離れようとしたのだが、ココが「この方がボクも安心できるから、このままがいいな」と言ったので、それから抱きついたままでいる。


「ボクもこんな揺れは初めてだから、実はちょっと怖いんだ」

「ココちゃんもなの?」

「うん。航海中に揺れることは今までも何度かあったけど、こんなに大きいのは初めて。だって、魔……じゃなくて、嵐に突っ込んだことなんて、一度も無いからね。もし船が壊れちゃったらって思うと、気が気じゃないよ」


 魔物、と言いかけてココは慌てて言い直した。宇海にバレていないかとヒヤヒヤしたが、幸運なことに気づいていない様子だった。それよりも「船が壊れちゃったら」なんて言ったせいで、余計に心配事を増やしてしまっていた。


「そ、そうだよね……。嵐に飲み込まれちゃったら……うう……」


 ココに抱きつく力を強める宇海。ココは余計なことを言ってしまったと深く反省した。


「ご、ごめんねウミちゃん。変なこと言っちゃって。で、でも、安心して。アーレフさんから前に聞いたんだ。この船には魔法がかかっているから、ちょっとやそっとじゃ壊れないんだって」

「……そうなの? 魔法で、守られてるってこと?」

「うん、その通り。それにピカ姉たちなら、きっと頑張って嵐を切り抜けてくれるよ。だからピカ姉たちを信じて、ここで待っていよう?」

「……うん」


 宇海が小さくうなづくのを見て、ココはほっと胸をなでおろした。


(ピカ姉……。船が壊されちゃう前に、魔物を倒してくれるよね……?)


          ○


「まったく、次から次へと……!」

「キリがないわね……!」


 ピカネートとアーレフの二人は、甲板を駆けまわりながら魔物を退治していた。(万が一何かあったら危ないと、これも宇海に隠していた)拳銃に魔法の弾を込めて、船を襲おうとする巨大ウナギを狙い撃つ。しかし倒しても倒しても新たな巨大ウナギが顔を出す。


「サミニク! そっちから見てどうだい⁉」

「まるで減っている様子がないね! 無尽蔵に湧き出るウジ虫のようだ!」


 そう言いながら、見張り台に立っているサミニクは弓矢を放った。巨大ウナギは船を取り囲むように沢山いる。だから矢を放てばその中の一匹に必ず当たるが、当てても当てても数が減っていく気配がない。それどころか増えているんじゃないかと思うほどだ。


「ヴィーナ! もっと強い風を吹かせて船を進めることはできるかい⁉」

「ちょっと、無茶を言わないでおくれよ船長! これ以上強くしたら船が壊れちゃうよ!」


 ゴルタヴィナは魔法で風を呼んで船を動かそうとしていた。しかし元々嵐のせいで強い風が吹いていることもあり、半分以上は船のバランスを取ることに風を使っていた。


「こうなったら、奥の手を使うしかないかねぇ……。アーレフ、いけるかい?」

「ええ。もしかしたら、とは思っていたわ」


 二人は顔を見合わせて同時に頷くと、一目散に船長室へと走り出した。

 船長室の中は、いつもごちゃごちゃとしているが、度重なる揺れのせいでもっとぐちゃぐちゃになっていた。


「うひゃあ。こりゃひどいね……」

「もう。だから整理整頓しなさいって言ってるのよ」

「うう……ごめんよ、アーレフ。……って、今はそんな場合じゃない! え~っと、あれはどこにしまったかねぇ」


 足の踏み場もないほどに荒れた部屋の中を、ピカネートは慎重に、けれども素早く進む。あっちへこっちへ探し回り、なんとか目当てのものが見つかった。


「あったよ、アーレフ! これで強力な一撃をお見舞いしてやろうじゃないか!」

「……ええ」


 ピカネートが探し出したものをアーレフは神妙な顔で受け取り、そのまま部屋の外に出た。

 嵐は未だに吹きすさび、魔物は何度も船に体当たりをしてくる。そろそろ船にかけられた魔法も限界を迎えそうだ。どこからか、めきめき、みしみしと嫌な音を立てている。


「できるかい、アーレフ」

「やらなくちゃいけないんでしょう?」

「……ああ」


 短い会話を終えたピカネートとアーレフは、どちらからともなく手を握った。そしてアーレフはもう片方の手でピカネートから渡されたものを掲げた。それはアーレフの身長と同じくらいの長さのある杖で、先端には光り輝く宝石がついている。宝石の輝きはどんどん増していき、眩しさに耐えられなくなるころ、アーレフが呟いた。


「浄化します」


 ドンッ!


 杖を勢いよく床に叩きつけると、船が大きく振動した。その振動は魔物にも伝わり、巨大ウナギたちはブルブル震えたかと思うとピタッと止まり、身体をまっすぐに伸ばした状態で海面にぷかぷかと漂うだけになった。死んだのだ。


「うっ……」

「アーレフ!」


 青白い顔で倒れそうになるアーレフを、ピカネートはとっさに抱え込んだ。


「ごめんよ、アーレフ。こんな方法しか思い浮かばなくて……」

「ううん、いいのよ。このまま魔物のエサになっちゃうよりは、ずっとマシだわ」

「ごめん……」


 ピカネートの言った奥の手とは、アーレフの魔法でこの場にいる魔物を全て倒す、というものだった。強力な魔法を使えば、大勢いる魔物を一瞬で倒してしまえるのだ。

 ではなぜ初めからそうしなかったのか。その理由は、それほどまでに強力な魔法を使えるのがアーレフただ一人だけで、そのアーレフは相手が魔物であれど殺すのを良しとしないからだ。それに魔法は便利なものではあるが、相手を殺してしまうような魔法を使うと心に悪影響を及ぼす。アーレフはその影響を特に受けやすく、おまけに同時に何体もの魔物を倒したのだから、心に相当なダメージを負ってしまった。


「二人とも! 大丈夫⁉」


 ゴルタヴィナが舵輪を操縦しながら聞いた。アーレフのことが心配ではあるが、魔物が倒された今こそ船を動かすチャンスだ。嵐の風を利用しつつ、魔物の死体の群れから離れようと舵を取っている。そのことはピカネートも理解しているので、「なんとかね!」とその場で返事をした。


「でもしばらくアーレフを休ませたい。アタシはアーレフの看病をするから、ヴィーナ、舵取りは任せたよ!」

「了解!」


 ゴルタヴィナの返事を聞きながら、ピカネートはアーレフを抱きかかえて医務室へと運んでいった。

 その様子を上から見守っていたサミニクは、するすると見張り台から甲板へと降り立った。大量の雨水を吸い込んだ帽子を脱ぎながら、とぼとぼとゴルタヴィナの元へ歩いていく。


「守るべき人に守られるというのは、なんとも不甲斐ないものだね」


 サミニクの様子にいつものミステリアスさは欠片もなく、ただただ不満を露わにしていた。


「そうだね。でも、彼女はきっと、守ることこそが自分の役目だと思っているんだよ。そうでもなきゃ、あんな魔法は使えない」

「ああ、だが……」


 なおも釈然としない様子のサミニク。そんな彼女を見て何を思ったのか、ゴルタヴィナは突然笑い出した。


「あっはっは。まったく、世話の焼ける子だね。あんたも、あの二人も。サミニク。あんたがそうやって自分を責めているように、今頃あの二人も自分で自分のことを責めているよ。船長なら、自分こそが魔物を一掃しなきゃいけないのに、アーレフの力を頼ってしまった。アーレフなら、自分が真っ先に力を使えばみんなを大変な目に遭わせることもなかったはずなのに、船長に言われるまでためらってしまった、ってね」

「……そうだろうか」

「そういうもんだよ。あんたたちはみんな、他人を思いやることのできる心の持ち主だからね。そういう人は、自分を責めてしまいがちなんだ。……ほらほら、いつまでそこに突っ立っているつもり? ただでさえ嵐の中だっていうのに、見張りがいないんじゃろくな航海ができないよ」

「……ああ、まったくもってその通りだ。感謝する、ヴィーナ」

「いいってことよ」


 サミニクは帽子を被り直すと、いつもの表情に戻ってまた見張り台に登っていった。


「さあ、あとひと踏ん張りだね」


 雨風が吹きすさび、魔物の死体が散乱する中で、ゴルタヴィナは風の流れを読みながら船を進めさせた。遠くに微かな陽の光が見える。嵐の外に出るまで、もう一息だ。

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