第17話 大反省会
オレンジ色に染まった空の下で、大反省会が始まった。六人で円になって座ると、まず初めにピカネートが話を切り出した。
「反省すべきことは何か。一緒に買い出しに行ったアーレフとココも、ここに戻ってきてからアタシたちを見たヴィーナとサミニクも、もうわかっているだろう」
名前を呼ばれたみんなが神妙に頷く中、名前を呼ばれなかった宇海だけが、いったい何のことなのかこれっぽっちもわからずにいた。
宇海以外の船員たちが理解しているのを見て、ピカネートも頷いた。
「そう。アタシたちは、大切な仲間に隠しごとをしていた。そのせいで、いらない心配までかけてしまった。あの選択は誤りだったんだ」
と言うと、ピカネートは真っ直ぐ宇海を見つめた。
「すまない、ウミ。アタシたちは、アンタに隠していたことがある」
「それって……」
もしかして、と宇海の頭に一つの言葉が浮かんだ。そして、それが答えだった。
「アタシたちはみんな、魔法が使える。魔女なんだ。言い訳にしかならないけど、アンタを怖がらせてしまうと思って、ずっと隠していたんだ。すまない」
ピカネートが頭を下げると、他のみんなも「ごめんね」と言いながら頭を下げだした。
(そんな……。みんな、なんで……)
「もしアタシたちのことが怖いと思うなら、この船から下りても——」
「そんなことない!」
自分でも気づかない内に、宇海は叫んでいた。こんな大声を出したことに自分で驚きつつ、みんなの注目を浴びながら、宇海は言葉を続けた。
「そんなことない。全然そんなことないよ。だって……だって、魔法が使えるなんて、すっごく、すっごーく、すてきだもん!」
「……」
ピカネートがぽかんとした顔で宇海を見つめた。みんなも同じような顔で宇海を見ている。宇海はまだまだ自分の中から溢れてくる思いを出し続けた。
「わたし、海賊にもだけど、魔法使いにもずっと憧れてたの。だって、魔法が使えるんだよ⁉ 杖を振って、呪文を唱えると、不思議なことが起こるのって、すごくすてきなことだもん! なんて言うか、心がドキドキ、キラキラするの。次は何が起こるんだろうって。わたしも魔法が使えたらいいのにって、ずっと思ってた。だから、その……全然、怖くなんかないよ。むしろ羨ましいもん!」
「ウミ……」
そう呟いたピカネートの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「ウミ……。そうか。そう思ってくれていたんだな。ありがとう、ウミ」
ピカネートは立ち上がると、宇海に近づいてそっと抱き締めた。
「隠す必要なんてなかったんだな。始めからちゃんと話しておけばよかったんだ。ありがとう、ウミ。怖がらないどころか、羨ましいなんて言ってくれて」
そう言って宇海から離れたピカネートは、涙を流しながらも晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。それを見た宇海もつられて笑顔になった。
「私からもありがとう、ウミちゃん。素敵だなんて言ってもらえると嬉しいわ」
「ありがとう、ウミちゃん」
「ありがとう」
「感謝の旋律を贈ろう」
アーレフ、ココ、ヴィーナも宇海にありがとうと言い、サミニクに至っては即興で素敵なメロディを奏で始めた。宇海はむずがゆい気持ちになったが、同時に疑問も浮かんできた。
「でも、なんで魔女だってことを隠してたの? そりゃあ悪い魔女だって探せばいるかもしれないけど、みんな良い人たちなんだもん、怖い要素なんて何もないのに」
そう問うと、今度はみんな戸惑った顔をした。聞いちゃいけないことだったのかな。
「アンタがいた場所では、きっと良い奴ばかりだったんだろうけど、でも……」
ピカネートがピカネートらしからぬ歯切れの悪さで、最後はもごもごと何かを言った。やっぱり、聞いちゃいけなかったのかな。だから隠してたのかな。
するとサミニクがミリーをジャン、と鳴らした。
「ここは我らの出番か」
またジャン、と鳴らす。
「神より賜わりし奇跡の御業。古くは宮廷に仕えし魔術師だけが——」
「男が魔法を使えば賢人扱いだけど、女が使えば悪者扱いされるのよ」
「……アーレフ嬢」
「ごめんなさい、サミニク。でも、ここは私に説明させてくれないかしら」
「……君がそう言うのなら、我らは引こう。しかし弦は弾こう」
「ありがとう」
話の腰を折られたサミニクだが、代わりにアーレフが話している間BGMを流すことで妥協したようだ。もの哀しい曲が流れる中で、アーレフが語り出す。
「ウミちゃんの言う通り、魔法は素敵なものよ。魔法が使えると、生活がより便利になるもの。でも、みんながみんな魔法が使えるものでもないのよ。さっきサミニクが言ったように、昔は宮廷魔術師だけが使える特別なものだったそうだわ。でも宮廷魔術師じゃなくても使えることに気づいた人がいたの。それがきっかけで、段々と魔法を使える人が増えていったわ」
一呼吸置いて、続きを話す。
「でも、ほら……自分だけが使えると思っていたものが、他の人でも使えるものになっちゃうと、特別感が薄れちゃうでしょ? 宮廷魔術師一人に頼らなくても、身近にいる魔法を使える人に、風を起こしてほしいとか、泉の水を増やしてほしいとか頼めばいい。そうすると、宮廷魔術師のお仕事は減っちゃう。……ここまでは、わかったかしら」
宇海は「うん」と頷いた。
「だからある日、宮廷魔術師は探すことにしたの。最初に宮廷魔術師じゃなくても魔法が使えると気づいた人を。何日も、何週間も、何カ月も探して、ついに見つけたわ。一人の女性を」
「もしかして、それで……?」
ええ、とアーレフ。
「その当時は、今よりも女の人が弱い立場にあったの。だから、何の地位も、名誉もない女の人が魔法を使っているのが許せなかったのね。宮廷魔術師はその女性を処刑したの。これが世界最古の魔女狩りだと言われているわ」
「そんな……」
宇海は信じられない気持ちでいっぱいになった。自分勝手な理由で処刑をするなんて。でも、魔女狩りという言葉は宇海も聞いたことがあった。現実でも実際に起きていたことだ。女性が魔法を使ったというだけで(本当には使っていなくても)火あぶりにされた過去がある。だから物語に出てくる魔女は、悪役として描かれることが多いんだ。
「それ以降、男性が魔法を使うことは許されても、女性が魔法を使うのは禁止されたの。今は特定の職に就いている女性には、特定の魔法だけ使用することは許されているけど、それでも自由に使えるわけではないわ。男性の許可なく使えばすぐ牢屋送りよ」
「そうだったんだ……」
「ええ。だから私たちは、ウミちゃんを怖がらせてしまうことよりも、それ以上に私たちが魔女だとバレたらその後どうなるかを怖がっていたの。ごめんなさい、わがままに付き合わせてしまって」
「ううん、大丈夫。わたし、みんなが魔法を使えるってこと、誰にも言わないよ」
宇海がそう言うと、アーレフは安心したように微笑んだ。
「ありがとう。やっぱり、ウミちゃんは優しいわね。こんな優しい子に隠しごとをしていたなんて、馬鹿みたいだわ」
アーレフはもう一度、噛み締めるように「ありがとう」と言った。




