第14話 大さわぎ
「ココ!」
「アイアイ、船長!」
ピカネートが号令をかけると、さっきまでずっと黙っていたココが動いた。ココが腕を振るうと、襲いかかろうとしてきた海軍の男たちがみんな前のめりに倒れだした。それを合図に、店内にいた他の客も一気に騒ぎ出す。
「おらァ! 海軍のやつらを叩きのめしてやれ!」
「いいぞいいぞ! もっとやっちまえ!」
「へっ。あいつらだけにいい思いさせてたまるかよ!」
一瞬のうちに店内は大さわぎになった。男たちは暴れだし、女たちは悲鳴を上げた。相手が海軍かどうかも関係なく喧嘩をし始めた人もいる。どこもかしこももみくちゃだ。
しかしそれを好機ととらえた人がいる。ピカネートだ。
「アンタたち、今のうちにここから出るよ!」
そう言って宇海の腕を引っ張ったピカネートは、まるでこうなるのを予想していたかのように、うきうきとした表情をしている。
「あ、待って! 荷物は……あれ?」
ピカネートに引っ張られ人混みの中をぬうように進みながらも、宇海は荷物(特に服を作るための布)が心配になってさっきまでいた場所を振り返った。しかしそこにあったはずの荷物がどこにも見当たらない。
「荷物なら大丈夫よ、ウミちゃん」
いつの間にか宇海の隣に来ていたアーレフが言った。
「ちゃんと私とピカネートが持っているわ」
「え? でも……」
どこにも見当たらないよ? 宇海の腕を掴んで歩くピカネートのもう片方の手は何も掴んでいない。大きな荷物を背負ってもいない。同じようにアーレフも手ぶらだ。
「説明は後だよ! あのクリスナー大尉って人、もう起き上がって追ってきてる!」
しんがりを務めるココが後ろを振り返りながら言った。ピカネートもちらっと振り向いてクリスナー大尉の姿を確かめた。
「もうすぐ店の外だよ! ココ、それまで足止め頼めるね⁉」
「任せといて!」
そう答えると、ココは人混みの中に突っ込んでいった。宇海は危ないと思って思わずココに手を伸ばしたが、あっという間のできごとだったので何も掴めなかった。代わりにアーレフが宇海の肩に手を伸ばした。
「ココちゃんなら大丈夫よ。こういうの得意だって言ってたから」
「うん……」
こういうのって、どういうの? 何もわからないことばかりだったが、宇海はアーレフの言葉を信じてココの無事を祈った。
何度も何度も押しつぶされそうになりながらも、三人はなんとか店の出入口まで来た。外に出た三人は、新鮮な空気を求めて深呼吸をした。
「さぁて。あの大尉もなかなかしぶとそうだからね。今の内に距離を稼ぐよ」
そう言って走りだそうとするピカネートに、宇海が待ったをかけた。
「まだココちゃんが来てないよ! 中で大変なことになってるかもしれないし……!」
中には殴り合っている人もいた。もしそんな人にココが殴られたらと思うと、宇海は不安で仕方がなかった。
ピカネートは一瞬驚いた顔をした。それから安心させるように笑みを浮かべ、宇海と目線を合わせて言った。
「ココの心配をしてくれてありがとうな、ウミ。でも、アイツなら大丈夫だよ。きっとすぐにでもケロッとした顔でそこから出てくるさ」
「でも……」
「そうそう。心配ご無用だよ、ウミちゃん! ボクってば、こう見えて結構丈夫だからね!」
「……!」
声がしたほうを振り向くと、そこにはピカネートの言った通りにケロッとした顔のココが無傷で立っていた。
「ココちゃん……! よかったぁ、無事で」
「心配かけてごめんね、ウミちゃん。でもボクはこの通りどこも怪我してないから、安心して」
「うん!」
全員揃ったところで、ピカネートが気持ちを切り替えるように手を叩いた。
「さあ、グズグズしている暇はないよ! 他の場所にも海軍はいるだろうし、急いで隣のアラクレー島まで行くよ。もし諦めが悪ければ、アイツも……」
「逃がさんぞ、魔女どもめ! とっ捕まえて、この私が直々に火あぶりにしてやる……!」
「ああ、ほら、諦めの悪いバカに追いつかれるよ!」
ピカネートがまた宇海の手を掴んで走り出した。アーレフとココもそれに続く。宇海がちらっと後ろを向くと、クリスナー大尉が酒場から出てくるところだった。
「待て! 待たんか忌々しい魔女どもめ……!」
恐ろしい形相をしてクリスナー大尉がこちらを睨んでいる。宇海は「ひぃっ」と息をのんだ。
「ウミ、危ないからまっすぐ前向きな! ココ、他の人を巻き込まない程度にね!」
「わかってるって!」
さきほどの酒場ほど混沌とはしていないものの、人通りの多い道をピカネートたちは走る。市場にいる人たちも、彼女らが海軍との追いかけっこをしていることに気づいたのか、巻き込まれないように道を譲ったり、声援を送ったりした。
そんな中で、ココは時折後ろを振り向きながらクリスナー大尉の足止めをしようとしていた。しかし誰もが騒いでいた酒場とは違うため、なかなか思うようにできない。
(ああもう。なんで諦めてくれないかな)
このままでは追いつかれてしまう。それだけはどうしても避けたい。
(ごめん、ピカ姉。ちょっとだけ約束破るよ)
ココは懐からナイフを一本取り出した。もしもの時のためにいつも持ち歩いているのだ。使い古した食事用のナイフを指で挟み、勢いをつけて宙へ投げる。
「右肩」
人々の頭上を飛んだナイフは、ココの命令を受けるとその切っ先をクリスナー大尉の右肩に向けて落ち始めた。
「なんだッ⁉」
自分目掛けて飛んでくるナイフに気がついたクリスナー大尉は、己の剣を引き抜いて間一髪のところでナイフの軌道をそらす。だがナイフは執拗に自分を狙ってくる。
「ええい、これも魔女の仕業か!」
まるで見えない敵と戦っているかのようなクリスナー大尉。その姿が不気味に見えたのか、周囲の人々は彼から距離を置く。
(弾かれたのは残念だけど、これでちょっとは時間稼ぎできたかな)
ナイフと格闘する少佐を尻目に、ココは先を行くピカネートたちの後を追った。




