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第9話 どれも別の才能

「「ごちそうさまでした」」


 二人揃って手を合わせて食への感謝を口にし、食器を持って医務室を出た。外では朝日を浴びた海がキラキラと光っている。サミニクの演奏に混じって、遠くの方から渡り鳥の鳴き声も聴こえてくる。素敵な朝だ、と宇海うみは素直に感じた。


「調理室の場所は覚えている?」

「ん~……まだちょっと、微妙かも」

「じゃあ私が案内するわね」


 宇海はアーレフの後をついて歩き始めた。階段を下り、薄暗い通路を進んでいくと、どこからか鼻歌が聴こえてきた。進むにつれて、その音が大きくなっていく。調理室の前についた時にはだいぶはっきりしていたので、宇海はアーレフと顔を見合わせながら笑った。


「楽しそうにしているところを邪魔しちゃうからしらね」

「でも、食器を持ってきてって言ったのはココちゃんだし……」

「それもそうね」


 小声で会話した後、アーレフが扉をノックして中にいるココに声をかけた。


「ココちゃん。食器を持ってきたわよ」


 わぁあ! と驚く声が中から聴こえてきて、二人はまた顔を見合わせながらクスクス笑った。


「うわぁ、恥ずかしいなぁ、聴かれてたって思うと。ああ、二人とも、お皿持ってきてくれてありがとう」


 勢いよく扉を開けたココが、恥ずかしそうに顔を赤らめながら二人から食器を受け取った。


「あら、そんなに恥ずかしがることはないわ。とっても上手だったもの」

「そ、そんなことないよ、アーレフさん。だって、サミニクさんと比べたらボクなんて……」

「もう、前にも言ったでしょう。他人と比べる必要はないわ。それに、サミニクの才能は神様から贈られたものとした言いようがないもの。彼女の演奏には宮廷音楽家だって叶わないわ」

「ほら、やっぱりサミニクさんより下ってことじゃん」


 不服そうに頬を膨らませるココ。しかしアーレフは首を横に振る。


「そう言いたいんじゃないわ。サミニクは確かに上手だけど、なんて言うのかしら、一人で演奏するのが上手なの。反対に、宮廷音楽家は複数人で演奏するのが上手。そしてココちゃんは、楽しんで鼻歌を歌うのが上手。どれも別の才能なのよ」

「なにそれ、変なの」


 変なの、と言いつつも、ココは嬉しさと恥ずかしさが混じり合ったような顔で笑っていた。


(すごいなぁ……)


 アーレフとココのやり取りを見て、宇海は感心していた。アーレフは優しい言葉で人を前向きにさせるのが上手い。さっきのわたしみたいだ。

 これ以上仕事の邪魔をしても悪いから、ということで、宇海とアーレフの二人はココに食事を作ってくれたお礼を述べて調理室から去った。


「ウミちゃんは、これから何かやることはあるの?」

「ん~と、ピカネート船長から〝アタシたちのお話を書いてほしい〟って言われてるけど、それ以外は何も言われてないよ」

「それなら、お掃除のお手伝いを頼めるかしら」

「うん、いいよ」


 二人は物置へ掃除道具を取りに行き、ヤシの実で作られたタワシとバケツを持って甲板へと出た。


「おはよう、アーレフ、ウミ。お、ウミも掃除してくれるのか。ありがとな」


 舵輪の近くでゴルタヴィナと何やら話し込んでいたピカネートが、二人の姿を認めて声をかけてきた。ゴルタヴィナも「おはよう」と挨拶をしてきたので、宇海もぺこりと頭を下げながら「おはようございます」と返した。


「二人ともおはよう。朝からなにか困りごと?」


 アーレフが声をかけると、ピカネートが困ったように乾いた笑い声を出した。


「まぁそんなところ。針路のことでちょっとね。このまま順調に進めばソーヴル諸島の近くまで行くんだけど、上陸するかしないか、するとしたらどの島に上陸するのか悩みどころでね」

「水や食料を補給できるならしておきたいけど、その間に追いつかれたら厄介だろう?」


 とゴルタヴィナ。宇海はそのことをすっかり忘れていた。この船はピカネートたちのことを悪く思っている人たちに追われているのだ。


「そうねぇ。食料の管理はココちゃんがしているから、彼女にも聞いてみたらどうかしら。今はまだ調理室にいるはずよ」


 アーレフがそう提案すると、ピカネートが「わかった」と頷いてさっそく調理室へと向かっていった。


「もし上陸するなら、全員で買い物に出かけるの?」


 どんなお店に、どんな食べ物が売られているんだろう。わくわくしながら宇海が尋ねると、ゴルタヴィナが首を横に振った。


「船を見張っておく人も必要だからね。最低でも二人くらいは残るよ。あと……」


 ゴルタヴィナが困ったように眉をひそめた。


「場所によってはお店どころか人がいないから、自分たちで見つけることになるだろうね。その場合は、危ないからウミちゃんはやめておきな。野生の猪と戦えるなら止めはしないけど」

「う……はい」


 野生の猪と戦って勝つ自分の姿がこれっぽっちも思い浮かばなくて、宇海のわくわくとした妄想は一気に崩れ落ちた。

 それからしばらくの間、宇海はアーレフと共に甲板の清掃にいそしんでいた。タワシでゴシゴシこすりながら潮の汚れを落とすのだが、これが意外と大変だった。力もいるし、やってもやっても終わりが見えない。


「これいつもアーレフさんが一人でやってるの?」


 あんまり大変なものだがら、信じられない気持ちでアーレフに尋ねてみた。すると彼女は手を動かしながら「まぁね」となんでもないように答えた。


「私は誰かが怪我をしたら治すことくらいしか船の上ではできることがないから、自分から掃除係を買って出たの。ほら、ピカネートとヴィーナは交代で舵をとったり、さっきみたいに針路を決めたりしているし、サミニクは目がいいから演奏しながらも周りを見張っているし、ココちゃんはみんなの分のお料理を作ってくれているでしょう? 私だけなにもしないわけにはいかないもの。私にできることを考えて、お掃除とか、破れた服や帆の修繕をしようって決めたの」


 ほら、あれも私が縫ったのよ。と言って、アーレフは頭上で気持ちよさそうに風を受けている帆を指した。その帆には確かに縫い跡があった。


「わぁ……すごい」


 あんな大きな帆を直したってことは、一度取り外してから縫ったのかな。その苦労を考えると、宇海はまた途方もない大変さを感じた。船の上での生活というのは、思った以上に簡単じゃないらしい。

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