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 ポール卿ことポーリーンは子爵家の次女。一番上に少し年の離れた兄と、すぐ上に姉が一人いる。

 ポーリーンの家は決して貧しくはないが裕福というわけでもない。姉を良いところへ嫁がせるためには沢山の持参金が必要で…。簡単な話、ポーリーンの結婚にかけられるお金がなかったのだ。

 せめて年が離れていれば何とかなったのだが姉とポーリーンは年子。とてもではないが1年で貯められるほど持参金というのは安くない。

 ポーリーンは特に結婚したいとも思っていなかったし、兄妹の中では一番体を動かすのが好きだった。令嬢としては少々高い背に筋肉の付きやすい体は騎士として身を立てるにはちょうど良かったのだ。思いの外ポーリーンが活躍して稼いだこともあり、姉は見事に資産家の伯爵家の次期夫人に収まった。


 アニーことアンソニーは歴史ある侯爵家の次男だ。年の離れた上の兄がすでに侯爵家を継いでいるためアンソニーは割と自由だ。小柄な可愛らしい容姿と朗らかな人柄で非常に権力者に可愛がられている。


 ポーリーンがアンソニーを助けた事件とは、王宮で行われた夜会の日にとち狂った某侯爵家の『令息』がアンソニーを酔わせて休憩室に連れ込み乱暴しようとしたところを、人手が足りないということで警備に駆り出されていポーリーンがたまたま気が付き、分隊の隊員に声をかけ先に追いかけて救出した次第だ。

 良くあること…と言いたくはないが、意外とこの手の話から恋に落ち結婚する騎士と令嬢は少なくない。


 ポーリーンは令嬢としては背が高い。顔立ちはそこそこだが、涼やかな目元に薄い青の瞳をしている。

真っ直ぐな淡い金髪を高い位置で一つにまとめ舞うように剣を振る姿は麗しく、令息ではなく令嬢たちの心をがっつりと掴んでおり、嫁入りではなく婿入りなら間違いなく争奪戦になっただろうと評されている。

 今年で二十四歳になるポーリーンは令嬢としてすでに行き遅れであり、同じく二十四歳になるアンソニーは令息として適齢期。色々な意味で釣り合わない二人なのだ。

 ちなみに、ポーリーンと結婚できるなら持参金など要らない。むしろ払わせて欲しい受け取ってくれ、とアンソニーには言われていた。嫁に来るつもりなのかな、と遠い目をしたのを覚えている。


「大変申し訳ないのですが、私の方に心の余裕がないのです」


 ポーリーンは座ったまま頭を下げた。結んだ淡い金髪がさらりと騎士服の肩を滑っていった。


「それは…職務、ということでしょうか…?」


 席に着くよう勧めると、立ったままだったアンソニーがはっとしたように座った。こぼれてしまった自分の紅茶を見て、またいそいそとソーサーを拭きカップの底を拭っている。


「そう捉えていただいてかまいません」


 ポーリーンは静かに頷いたが、これは半分嘘だった。アンソニーと婚約したポーリーンは、実はかなりの嫌がらせを受けていた。

 個人的に嫌味を言われたりちょっとどつかれる程度ならどうということも無い。そんなものは戦場で命のやり取りをするのに比べれば実に些細なものだった。

 耐えられなかったのは、騎士の職務に支障をきたしたからだ。ポーリーンの名前で発注した資材が届かないのはしょっちゅうで。次の遠征で使わねばならない物品が壊されていたり、遠征へ持っていった保存食に腐ったものを混ぜられたり。

 ポーリーンひとりならまだいい。ただ、大切な騎士団と騎士たちに被害が行くのは絶対に許せなかったのだ。


 そして、その嫌がらせの中心にいたのは王弟殿下だった。この婚約をポーリーンに権力で無理やり結ばせたくせに、その後はどこまで陰険なのかと言いたくなるほどチクチクと嫌がらせをされ続けた。

 王弟殿下自体が国力を弱らせるような騎士団への嫌がらせをしていたわけではなかったが、王弟殿下がポーリーンに嫌がらせを繰り返し馬鹿にして軽く扱うことで周囲もポーリーンと第三隊を軽く見たのだ。

 第二騎士団の団長にも訴えはしたが、団長は王国史始まって以来の快挙と言われる平民からの叩き上げ。剣の実力は国で一、二を争うが、権力を使った争いにはめっぽう弱かった。

 守ってやれずにすまないと男泣きに泣かれた時には、ポーリーンも「申し訳ありません」と一緒になって泣いた。


 そうして、相手が王弟では誰も強く声を上げることもできず…。アンソニーとの婚約から約一年。ただひたすらにポーリーンと第三隊は耐えてきたのだ。


「僕に、何かできることはないでしょうか?」


 俯き背中を丸めつつも、アンソニーは諦めきれないように言った。眼鏡をはずし袖で目元を拭うアンソニーに、赤くなるから袖は駄目だよ、とポーリーンは思ったが声はかけなかった。


「実はすでに『婚約解消届』を王弟殿下にお渡ししてあるのです」


 ポーリーンは静かに目を閉じた。あれほどまでに嫌がらせを繰り返したのだ。

 可愛いアンソニーの願いは叶えてやりたいがポーリーンは気に食わない。ならば一度は婚約を許すが、ポーリーンが逃げ出すなり怒り狂うなりしてポーリーン有責の婚約破棄にでも持ち込みたかったのだろう。


 婚約解消は王弟殿下にとっては不本意かもしれないがポーリーンがすでに限界だった。けれども騎士としてのポーリーンが無様な姿をさらすことを拒んだ。この婚約を解消し、騎士としても剣を置くことでどうか許して欲しい。


「王弟殿下に、ですか?」


 アンソニーの声が一段低くなったように感じた。先ほどからずっと鼻をすすりしゃくりあげていたので、喉が枯れてしまったのかもしれない。少しでも喉を潤して欲しいとポーリーンは空になっていたアンソニーのカップにすでに冷めているお茶を注いだ。


「はい。王弟殿下はこの婚約には良い印象をお持ちでは無かったようです。ご自身の懐刀であるあなたを私のような地位もお金もない、全身傷痕だらけの色気もない年増と結婚させるのは嫌だったのでしょう」


 ポーリーンが自嘲気味に言う。それは、周囲がポーリーンを貶めるときに言う言葉だった。たかだが貧乏子爵家の娘が。全身傷痕だらけの傷物令嬢が。剣を振るうしかないガサツな女が。とっくに婚期を逃した年増の色気なしが。

 言葉を変え似たようなことを周囲はポーリーンに繰り返した。騎士として生きていくと決めたポーリーンにはどうでも良いことだったが、全く響かなかったわけではないのだ。ましてや、結婚すると決まったのなら、尚更に。


「…ポーリーンさんは、素敵な方です」


 怒ったようにアンソニーが言った。ポーリーンが注いだ冷めたお茶をぐっとカップを傾けて飲む。


「ポーリーンさんの素晴らしさに嫉妬した連中の戯言なんかに耳を傾けないでください」


 周囲が嫉妬している原因はあなたとの婚約そのものなのだけどね、と思ったが言葉を飲み込む。気遣わしそうにポーリーンを見つめるアンソニーにありがとうございますと微笑むと、ポーリーンはゆっくりと席を立った。


「ありがとございました、アンソニーさん。あなたと一時でも婚約者としてお会いできたことは望外の喜びでした」


 これは嘘ではなかった。決して多くは無かったが、アンソニーと過ごした時間を割とポーリーンは気に入っていたのだ。キラキラと嬉しそうに自分を見つめてくれる海色の瞳も、口数の多くないポーリーンを気遣うようなその会話も。出会い方が違ったならばと…身分も年甲斐もなく思ってしまった程度には。


「さようなら」


綺麗に騎士の礼をして、ポーリーンは踵を返し東屋を後にした。


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