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前・中・後の三部です。


※ 誤字、改行を修正しました。



 現在、第二騎士団第三隊分隊長であるポール卿の目の前には銀縁眼鏡の文官が座っている。


 何が楽しいのか分からないがニコニコとポール卿を見つめ、時折目を細めて小首をかしげている。その目元が朱に染まるのをポール卿は他人事のように見つめていた。

 頬にかかる長さに短く整えられた栗色の髪はふわふわと柔らかそうに緩く波打ち、細い銀縁の向こう。濃い青の瞳は海のようにきらきらと輝いている。美人ではないが、かなり可愛い部類だろう。


 可愛らしい見た目に反して中々のやり手だそうで、王弟殿下付きの秘書官の中でも一目置かれている存在のようだ。性格も悪くないらしく、王弟殿下その人からもアニーと愛称で呼ばれ可愛がられているとか。

 可愛くて、性格が良くて、仕事ができて、権力者にも気に入られている。ついでに侯爵家の二番目で後を継ぐことは無いが家柄は確か。出世コースは『余程』のことがない限り外さないだろう。そんなわけで、目の前の文官殿はポール卿が知る限り結構もてるのだ。


 対して。


 ポール卿は第二騎士団所属。第二騎士団は近衛とも呼ばれる第一騎士団とは違い、主に王宮外の案件で動く騎士団だ。最近だと王都に続く主要街道筋の山に山賊が住み着いたということで山狩りへ行ってきた。いわゆる、殲滅戦だ。

 第二騎士団の中でも第三隊は特攻部隊とも言われている。斥候からの情報を受け真っ先に先駆けるのが仕事であり、先陣を切って敵中を駆け道を開いていく。その第三隊は五人一組の分隊制で動いており、ポール卿はその分隊の隊長格のひとりだ。


 騎士団の中ではまぁまぁそこそこ。従騎士や平騎士よりはまぁ上だが中間管理職までも行かない程度の立ち位置だ。人数の比率を考えれば()()()()()()という感じ。騎士団内でも特に実力が重視される第三隊の分隊長ということで一目置かれている、くらいだ。


 とはいえ、最も危険な立場であるということは最も功を立てる可能性があるということ。ポール卿が率いる分隊はかなり戦績が良く、所属希望者が後を絶たない人気の分隊の長なのだ。

 日々筋骨隆々のむさい連中からのラブコールが絶えないが、ポール卿は希望者には平等にチャンスを与えるようにしている。

 希望者の八割は普段のポール卿のしごきに耐えられず泣く泣く別の隊を希望することになるのだが。


 裏では『鬼畜』だの『小魔王』だの言われているがポール卿は気にしていない。あの程度で悲鳴を上げていては、いざというとき第三隊では文字通りに()()()()()()。地獄のしごきはポール卿なりの騎士団への忠誠であり、騎士たちを無駄に散らさないための愛情だった。


 そんな二人が向かい合わせで何をしているのかというと、いわゆるお茶会だ。普段はまだ仕事中の時間だが何とか頼み込み、ポール卿の希望で実現した。

 王宮の執務棟から近い庭園。少し奥まったところにある東屋で、すっかりとお膳立てされ綺麗に整えられたテーブルを前に見つめ合っていたところだった。



「まぁ、そんなわけで」


ポール卿が言った。


「婚約を解消してほしいんですよね」


 アニーは幸せいっぱいなニコニコ顔を一瞬でこの世の終わりへと変貌させガタリと椅子を鳴らして立ち上がった。


「待って!!待ってください!!ねぇ、どういうことですか!?」


 テーブルに両手を付き目を潤ませアニーがカタカタと震えている。大きな目が更に大きく見開かれ、それ目がこぼれ落ちたりしないのかなぁとポール卿は明後日な方向のことを思った。


「どう、というかですね」


 衝撃で少しこぼれてしまった紅茶を、カップの下を軽くハンカチで拭いて一口飲む。王弟殿下が用意してくれたらしいそれはポール卿を嫌っている割にはかなり良いお茶だった。少し冷めてしまっているがかなり美味しい。

 ポール卿は嫌いでもアニーは大事なのだから当たり前か、ともうひと口ありがたく飲んだ。


「そもそも、あなたと私の婚約というのがかなり無理があったと思うんです」


 ポール卿は子爵家の三番目。当然家を継ぐことは無いし、子爵家程度では他の爵位を持っていることも無い。だからこそポール卿も騎士として身を立て、一代限りの騎士爵を得たのだから。


 ポール卿との婚約を望んだのはアニーの方だ。1年と少し前に王宮でちょっとした事件があり、危うく被害者になりかけたアニーをポール卿と分隊の同僚が間一髪で救い出した…ということがあった。

呆然と座り込み震えるアニーの肩に自らのマントをかけてそっと手を握り、


「もう大丈夫。怖かったでしょう?…よく頑張りましたね」


 そう言って優しく微笑んだポール卿にアニーは一目惚れしたそうだ。実によくあるお話である。ある意味、騎士冥利に尽きるというものだ。


「だけど…だけどあなたは受けてくれたじゃないですか!!」


 ずり落ちた銀縁眼鏡を片手で直しながらアニーが言い募る。ふるふると首を横に振るとまた眼鏡がずれてしまった。


―――いっそ外したらいいんじゃないかな。

 実はアニーの目は悪くなく、伊達眼鏡であることをポール卿は知っていた。


「まぁ…私に断るという選択肢は用意されて無かったですからね」


 あの事件の1か月後。たかだか分隊長の分際で総騎士団長室に呼ばれるという恐怖を体験し、同僚たちからは懲戒を通り越して即、処刑か!?等と散々なことを言われ。冷や汗をかきながら行ってみれば総団長室には王弟殿下、王子殿下、総団長に宰相閣下が勢ぞろい。


―――あ、これ終わったわ。


 と我が身の儚さを思い今までの忠誠と武勲である程度相殺できないか?と頭の中で計算していたところ。王弟の秘書官アニーと婚約するように言われたわけだった。

 この面子を揃えられて断れるやつがいるだろうか?いや、いない。少なくともポール卿には無理だった。「謹んでお受けします」と噛まないように言って首を垂れるのが精いっぱいだった。


 少し遠い目をしながら紅茶の最後のひと口をすする。物足りないなと思っていると、空になったカップに気付いたアニーがソーサーにこぼれた紅茶を綺麗に拭き取り、カップにおかわりを注いでくれた。

 王弟命令で完全な人払いがされているため女官もメイドも近くにいない。半泣きになりながらもせっせと世話を焼いてくれるアニーにポール卿は苦笑いして「ありがとう」と告げた。


 その「ありがとう」の一言にアニーはばっと顔を上げた。必死の形相で見つめてくるアニーが、ポール卿にはどうしても寒さに震える子犬にしか見えない。できれば保護してやりたいところだがこればっかりはどうしようもない。

 ポール卿には飼ってやるだけの余裕がないのだ。主に精神的に。


「教えてください!どうしたら……っ、どうしたら結婚していただけますか!?あなたのためなら、どんなことでもしますから…!!」


 への字になった唇がふるふると震える。目の縁にたまった涙が今にも零れ落ちてしまいそうだ。「お願いです…」と眉間にしわを寄せ必死に涙を堪える様子は実に庇護欲をそそる。


「教えてください、ポーリーンさん!!」


 叫んだ拍子についに海色の瞳から涙が零れ落ちた。




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