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光の翼、闇を超えて①

登場人物

カケル

種族:人間

主人公。異世界に召喚された青年。


リリア

種族:サキュバス

魔王アビスの側近。カケルの監視役でもあり案内役。


アビス

種族:サキュバス

異世界に君臨する現魔王。


ヴァルギルス

種族:???

カケルの肉体と魂を依り代に顕現した先代魔王の残滓。


セレナ

種族:メデューサ

アインベルグ魔法学院を主席で卒業し、主に攻撃魔法を得意とする。


ヴァネッサ

種族:ヴァンパイア

とある古城に独り住んでいた。幻術・護身術を得意とする。


ライア

種族:リザードマン

流浪の剣士。エルザとは幼馴染。


エルザ

種族:サイクロプス

鍛冶職人。ライアとは幼馴染。


エリシア

種族:エルフ

精霊と心を通わせたり、精霊の力を行使できる。


トーラ

種族:ミノタウロス

ヴァルハールの町の自警団に所属。肉弾戦が得意。

炎の轟きも、血の匂いも、すべてを覆い尽くすように。

私はただ、その背中を見つめていた。


闇の剣を受け止めるアビス様。

しなやかで、女性らしい肢体であるはずなのに、その立ち姿は揺るぎなく、どこまでも絶対的だった。

黒衣が炎を裂くたびに空気が震え、まるで世界そのものが彼女に従っているかのように思えた。


艶やかな香りすら漂わせながら、圧倒的な威厳を放つ。

――そう、この方こそ、私が仕える魔王。


「貴様は…アビス!」

ヴァルギルスの声は怒りに震え、炎の中で不気味に響いた。

カケルの口から放たれているはずなのに、その響きは別物だった。


「久しいな、ヴァルギルス」

アビス様は涼やかに告げる。

その声音には、女性らしい艶やかさと、絶対的な魔王の威厳が同居していた。


「貴様…貴様は余にとって忌むべき存在だ!」

ヴァルギルスの紅の瞳がぎらつき、炎を呑み込むように輝く。


「だろうな。勇者との戦いで深手を負ったお前を仕留めたのは、他でもない我だからな」

アビス様の口元にわずかな笑みが浮かぶ。


「貴様さえいなければ!」

ヴァルギルスの怒声とともに、闇の剣が閃く。


闇と闇がぶつかり合い、火花が散った。

耳を裂く金属音と同時に、周囲の炎が押し広げられるほどの衝撃波が走る。


私は咄嗟に腕で顔を覆った。熱風が皮膚を焼くように痛いのに、視線を逸らすことができなかった。


アビス様とヴァルギルス――二人の魔王が真正面から剣を交える姿。

その光景は、私の知るどんな戦いよりも恐ろしく、同時に目を奪われるほど圧倒的だった。


短い、しかし苛烈な鍔迫り合いののち、二人は同時に弾かれるように一歩、二歩と距離を取った。

刃の先がわずかに下がり、互いに呼吸を整えるように視線を交わす。

ただその一瞬の静寂が、戦場全体を支配する。


炎の揺らめきが二人の影を伸ばし、ぶつかり合う視線の間に見えない稲妻が走るようだった。

どちらが先に動くのか――次に交わされる言葉と剣が、この場のすべてを決するのだと、本能が告げていた。


アビス様の背中を見つめながら、私は胸の奥に渦巻く疑念を抑えきれずにいた。


――アビス様は、最初から知っていたのではないか。

カケルを蝕む闇の正体を。彼が堕ちてしまうかもしれない危険を。

ならば、どうして今まで何も……。


まるで心の叫びを読み取ったかのように、アビス様は一歩も動かぬまま、静かに声を落とした。


「リリアよ。聞きたいことがあるのだろう?今のうちに答えようではないか」


鼓動が跳ね上がる。胸が熱くなり、喉が乾いて声が出にくい。

それでも、どうしても確かめなければならなかった。

私は震える唇から必死に言葉を絞り出す。


「アビス様…アビス様は、闇の力の正体を知っていたのですか?」


黒衣の魔王は、振り返らずにわずかに頷いた。

その姿は威厳に満ちており、決して揺るがない。


「始めは分からなんだ。だが、次第に確信を得たといったところだ」

しなやかで女らしい声音なのに、その響きは氷の刃のように鋭く胸を突いた。


「加えて、何故カケルを止めなかったのか。…それも知りたいのだろう?」


「……!」


私は息を詰まらせる。やはり…半ば気づいていながら、見守っていたのだ。


「止めなかったのではない。止められなかったのだ」


その一言に、心臓を鷲掴みにされたように痛みが走る。


「魔王である我とて、カケルからヴァルギルスの残滓を引きはがす術は持ち合わせてはおらん」

絶望が喉を塞ぎかける。ならば、どうすれば……?


「唯一考えうる術は、ヴァルギルスを顕現させ、その残滓を消滅させることだった」

雷に打たれたような衝撃が全身を貫いた。

そうだ――だから、アビス様は見守ることしかできなかったのだ。

カケルの苦悩も、私の不安も知りながら。


「ですから…敢えて静観されていたのですか?」

絞り出す声は、涙に濡れて震えていた。


「うむ…」

アビス様は短く応じ、紅蓮の炎に照らされた横顔に一瞬だけ柔らかな光を宿した。


「苦労をかけたな。だが、今こそ責任を果たす時だ。奴を倒し、必ずカケルを取り戻してみせようぞ」

胸が震えた。闇を斬り裂くようなその言葉に、私は縋るような希望を感じる。

信じられる。この方なら必ず。


「図に乗るなよ、小娘」

ヴァルギルスが嗤った。紅く染まった瞳が不気味に揺らめき、炎の光を呑み込む。


「それに…余を倒せば、この肉体も魂も共に消滅するやもしれんぞ?」


「そ…そんなっ!」

頭が真っ白になる。足元の地面が崩れ落ちていくような感覚に、思わず声が裏返った。

彼を取り戻すはずの戦いが、彼自身をも失わせるかもしれないなんて。

信じたい気持ちと、突き刺さる恐怖が胸の中でせめぎ合い、私は立ち尽くすことしかできなかった。


「戯言を。貴様を弱らせるだけでも、カケルを引きはがせるはずだ」

アビス様は微動だにせず、漆黒の剣を構えたまま低く言い放つ。

その声音は冷えきっていて、しかし燃え盛る炎よりも強い熱を孕んでいた。


「貴様にできるのか?肉体と魂を支配した余の力は、これまでとは比べ物にならんぞ」

ヴァルギルスが嘲笑を浮かべる。

その瞳に宿るのは、カケルではない異質の光。


「無論だ。二度目の敗北を味合わせてやろう」

アビス様は一歩も退かず、口元に冷たい笑みを刻んだ。

圧倒的な自信。その一言に、私の胸の奥がわずかに震える。


「その威勢、いつまで持つかな」

ヴァルギルスの声は低く、地を這うように響いた。

炎と闇が呼応し、周囲の空気が軋む。


「お前達、下がっておれ。少々派手にやりあうからな」

アビス様は振り返ることはなく、ただ背中越しに、私達へ向けて言葉を投げた。

背中だけで、私達を押し下げるような圧倒的な気配。


思わず息を呑む。

その声を聞いた瞬間、私は理解してしまった。――この戦いは、私達の届かぬ領域で行われるのだと。


アビス様の声が落ちた瞬間、私は我に返り、仲間達を振り返った。

「急いで――下がるのよ!」


足を引きずるようにして、皆が必死に動き出す。

エルザは血を流し気を失ったライアを支え、ヴァネッサは崩れたトーラを腕に抱える。

私とエリシアは肩を貸し合うようにして、苦しげに息をするセレナを支えた。


炎の熱気と焦げた匂いの中、仲間達の荒い息づかいだけがやけに鮮明に響く。

必死に距離を取ろうと足を動かすが、背後に広がる圧は一歩ごとに強まり、肌を焼くようだった。


「リリア…何が…始まるの?」

セレナが肩に体重を預けながら、苦しげに問いかける。


私は唇を噛み、炎に包まれた戦場を振り返った。

そこに立つ二人の魔王の気配は、常識を超えた何かだった。


「……死闘よ」


それ以上の言葉は要らなかった。

私達には、この戦いを見届けることしか許されていないのだから。


◇ ◇ ◇


リリア達が退いたのを確認し、我は静かに前へ視線を戻した。

そこに立つのは、かつてこの手で葬り去ったはずの存在――ヴァルギルス。

だが今の姿は、我が知る彼とは異なる。

かつての威容は失われ、残滓となって寄生するようにして、カケルの肉体を支配している。


……やはり、器としての適性が高かったのだろうな。

肉体と魂を呑み込み、なお顕現に耐えうるとは。

しかし、それが同時に最大の弱点でもある。


ヴァルギルスは完全ではない。

この器に依存している限り、カケルという存在を切り離せば、その力は瓦解する。

問題は、その境界をどう突くかだ。


「…始める前に、一つだけ問おう」


ヴァルギルスは鼻で笑い、黒き靄を纏った剣を肩に担ぐ。


「ふん。冥土の土産に答えてやろうではないか」


我はその視線を逸らさず、静かに言葉を放つ。

「カケルを召喚する時に用いた魔導書…あれは確かになんの変哲もない魔導書であった。お前の残滓の気配など、欠片も感じられなかった」


一拍の間を置き、問いを突きつける。

「――どんな細工をしていたのだ?」


ヴァルギルスは喉の奥から嗤いを響かせた。


「はっはっは!そんなことか!」


闇の靄が愉悦のように揺らめく。


「貴様はただの興味本位であの書に手を出したと思っているだろうが…」

紅の光を宿した瞳がぎらつき、嗤いはさらに深まる。


「その実、その意志自体に余の力が働いていたのだ!無意識の奥底に巣食う『知りたい』『見たい』という欲望を媒介にしてな!」


我はわずかに眉を動かし、短く息を吐く。

「…なるほど。無意識にお前の手中にはまっていたという訳か」


唇の端に苦笑めいたものが浮かぶ。

「してやられた、というわけだな」


ヴァルギルスは誇らしげに嗤い、剣を構え直した。

「ふははは!それこそが余の真髄よ!貴様のその好奇心すら、余を呼び覚ます糸となったのだ!」


我は小さく息を吐き、唇にわずかな笑みを浮かべる。

「さて…これ以上の問答は不要だ。二度目の死をくれてやるぞ」


我は漆黒の剣を構えたまま、目の前の旧き魔王を見据えた。

ヴァルギルス――かつてこの世界を闇で覆い尽くそうとした存在。

その残滓が、今また虚ろな器を得て立ちはだかっている。


「ふん…笑止千万よ」

ヴァルギルスの口元に、紅い光を帯びた嗤いが浮かぶ。

その声音は、まるで地の底から響くようで、耳の奥をざらつかせる。


「完全な姿となった余に勝てる道理などない」

背筋に冷たいものが走る。

紅蓮の炎に包まれた戦場で、その言葉は現実のすべてを呑み込むかのような重みを持って響いた。


「完全?笑わせるな。お前は器に縋っているだけだ。己の力で立ってはいない」

我は鼻先で息を吐き、冷笑を浮かべる。

火花のように、空気が軋む。

ヴァルギルスの紅の瞳がぎらりと輝き、闇が奔流のごとく溢れ出す。


「器だと?むしろ都合が良いではないか。余が望むのはただ、この世の支配。器など、使えれば何でもよい」

嘲笑と共に、黒い瘴気が周囲に満ちていく。

地面はひび割れ、炎が闇に呑まれるように揺らいだ。


世界そのものを塗り潰そうとする欲望。

その宣告に、我はただ冷ややかに目を細めた。


「……やはり変わらぬな」

吐き出すように告げた声は、冷たく硬質で、周囲の炎すら鎮めるかのように響いた。


「力に溺れ、器を弄び、支配を謳う…だからお前は勇者に討たれ、そして我に仕留められた」


刹那、ヴァルギルスの顔が歪む。

それは怒りか、羞恥か、あるいは過去の敗北の記憶を抉られた苦悶か。

瞳がぎらつき、空気そのものが爆ぜた。


「黙れぇ!!」


怒声と同時に、闇が爆ぜる。

炎と影が混ざり合い、戦場全体が震えた。

轟音が大地を揺らし、空に渦巻く黒雲が稲光を孕む。


ガギィィィン!!


闇と闇が正面からぶつかり合った。

甲高い金属音が炸裂し、剣と剣が火花を散らす。

刃の衝撃は空気を震わせ、地面の石畳を砕き、砂塵を巻き上げた。


我は踏み込み、ヴァルギルスの剣を押し返す。

しかし、奴は獣のような膂力で再び剣を叩きつけてくる。

その一撃一撃が大地を打ち砕くかのごとく重く、受け止めるたびに腕に鈍い痺れが走った。


至近距離で交わす剣戟。

呼吸のたびに熱気が肺を焦がし、互いの瞳が寸分の隙もなく睨み合う。

一合ごとに爆ぜる音は雷鳴のようで、余波が戦場全体を揺らした。


だが、奴の剣が弾かれた瞬間、気配が霧のように掻き消える。

転移。背後に迫る殺気。


「ふん……」

我は振り向きざまに剣を振り抜いた。

刹那、闇の剣が私の背を裂かんと迫るが、火花を散らして軌道を逸らす。

耳を劈く金属音と共に、二人の剣がぶつかり合い、衝撃で周囲の炎が吹き飛んだ。


ヴァルギルスの口元が歪み、またしても姿が掻き消える。


「同じ手を繰り返すか」

我は先に動いた。転移の痕跡が背後に集まる瞬間を、読み切っていた。


振り向きざま、左手をかざす。

魔力が一気に収束し、空間が震えた。


「――砕けよ」


轟音と共に、紫紺の光が奔流となって迸った。

眩い閃光が戦場を染め上げ、闇夜の炎を呑み込みながら一直線に走る。

地面は抉られ、石畳が砕け散り、空気そのものが焼き切られる。


直撃したヴァルギルスの影は飲み込まれ、爆風が砂塵を吹き飛ばした。


やがて光が収束し、煙が晴れる。

そこには、焼き裂かれた肉体が立っていた。

皮膚が黒く爛れ、骨が露出し、闇に爛れながら崩れていく――だが。


ぐじゅ、と肉が蠢く音が響いた。

闇が肉片を覆い、瞬く間に形を取り戻していく。

失われたはずの腕も、引き裂かれた胸も、紫の残滓を纏いながら再生していく。


「……再生能力か」

我は剣を構え直し、唇に冷笑を浮かべる。

容易には崩れぬと知り、むしろ闘志が研ぎ澄まされていくのを感じた。


やがて、奴の瞳がぎらりと輝き、高笑いが響いた。


「――無駄だ!余の力は、この世の闇や負の感情が原動力となっている!」


その声は、戦場全体を震わせるほどに響き渡った。

我は剣を構えたまま、目を細める。

闇に呑まれたその存在が、ただの残滓ではないことを改めて思い知らされる。


「貴様の闇の力では、余を消し去ることは出来ん!」

ヴァルギルスは片手を大きく掲げ、紅い光を迸らせた。


「出でよ――我が眷属たち!」


地面が震動する。

裂け目が奔り、そこから次々と瘴気が溢れ出す。

紫黒の霧の中から、異形の魔獣が這い出てきた。


牙を剥く獣、羽を広げる蝙蝠、無数の眼を持つ虫、槍のような尾を振るう蛇。

それはかつてカケルが使役したものよりもはるかに数が多く、そして系統も多様であった。

呻き声と咆哮が重なり合い、戦場が地獄と化していく。


圧倒的な数の魔獣を背に、ヴァルギルスは愉悦に満ちた笑みを浮かべた。


魔獣どもが一斉に咆哮を上げた。

闇から生まれし異形達が、津波のごとく押し寄せてくる。


「来るが良い」

我は静かに告げた。

声は艶を帯びながらも、戦場全てを支配する響きとなる。

紫と黒の魔力が我が身を中心に膨れ上がり、空気そのものを震わせた。


漆黒の刃を振るうたびに紫黒の奔流が走り、獣どもをまとめて断ち切る。

血飛沫が炎に散り、焦げた臭気が鼻を突く。


獣の群れが牙を剥き、我へと殺到する。

目の前に躍りかかる大狼の顎を、我は迷わず薙ぎ払った。


紫黒の刃が走り、硬い骨ごと頭部を斬り裂く。

断末魔と共に鮮血が炎に散り、赤と紫が交じる。


背後から飛びかかる影――蝙蝠の群れ。

我は振り向きもせず、左手を払った。


魔力が弾け、紫黒の奔流が鞭のようにしなり、群れをまとめて叩き落とす。

翼が焼け焦げ、地に落ちた骸がのたうちながら灰となった。


足元を這う蠕動。

無数の蛇が尾を槍のように尖らせ、我が足を貫かんと迫る。


我は地を踏み鳴らした。

紫黒の魔力が円環を描き、地面を衝撃と共に爆ぜさせる。

蛇どもの鱗が弾け飛び、断末魔の合唱と共に霧散した。


その刹那、巨躯の獣が前へ飛び出す。

牙は柱のごとく、爪は鋼鉄の槍のごとし。


我は呼吸を整え、一歩踏み込み、刃を縦に振り下ろした。

紫黒の閃光が走り、獣の巨体は抵抗もなく二つに割れる。

腸が飛び散り、血が地を赤黒く染めた。


息をつく間もなく、背後から羽音。

我は剣を反転させ、振り向きざまに横薙ぎに払う。


刃は弧を描き、群れごと空を裂いた。

翼は散り、甲高い悲鳴が夜空に溶ける。


「ふん……」

我は左手をかざし、魔力を収束させる。

紫黒の光が迸り、轟音と共に奔流が解き放たれた。

大地を抉る光線が一直線に走り、十数体の魔獣をまとめて呑み込む。


次から次へと溢れる魔獣。

だが、我は一歩も退かぬ。


斬り、貫き、焼き払い、粉砕する。

一太刀ごとに死を刻み、魔獣どもの屍を築き上げてゆく。


炎の中に立つ我が姿は、もはや血と闇と紫光に包まれ、

見る者すべてに「魔王」の名を思い起こさせるであろう。


斬っても斬っても、数は尽きぬ。

大地を揺らす咆哮が絶え間なく響き、闇から新たな魔獣どもが這い出してくる。

群れを切り裂き、魔力で薙ぎ払っても、その空隙を埋めるように次の波が押し寄せる。


紫黒の刃を振るう我が姿は、血と炎に包まれてなお揺るがぬ。


「ぬっ……!」


突如影が割り込んでくる。ヴァルギルスだ。

闇を纏った剣が、魔獣どもの影を裂いて我が頭上へと振り下ろされる。


我は瞬時に剣を合わせ、火花を散らす。

衝撃が腕を痺れさせ、その余波で近くの魔獣が吹き飛んだ。


「ぐははは!」

奴は笑い、追撃を放つ。

拳に渦巻く闇が爆ぜ、地を穿つ。破砕音と共に地が割れ、我の足元に衝撃が走った。


我は跳ね退き、刹那の隙を斬り払って迫る獣を叩き斬る。

だが、ヴァルギルスの剣が再び振り抜かれる。


刃と刃が噛み合い、火花が散る。その背後から、牙と爪の群れが迫る。

魔獣を屠りながら、ヴァルギルスの攻撃をも捌く――まさに混戦。

一合ごとに体勢は崩され、数歩後退を強いられる。


「どうした、アビス!余と我が眷属を相手に、果たして持ち堪えられるか!」

ヴァルギルスの嘲笑が耳を裂く。

闇の奔流が唸りを上げて迫る。我は息を整え、剣を構え直す。


――退くことは許されぬ。

ここで屠らねば、奴と魔獣どもは我が眷属を蹂躙するだろう。


火花が散り、衝撃が腕を痺れさせる。

剣を受け返すたびに体勢を乱され、我はじりじりと後退を余儀なくされていた。


そして、四方から群れをなす魔獣どもが、我が四肢に食らいついた。

牙が肉を抉り、爪が皮膚を裂く。紫黒の魔力で抗うも、数が多すぎる。


動きが鈍り、我が剣は止まった。


「終わりだ、アビス!」

ヴァルギルスが高らかに嘲笑を上げ、剣を振りかざす。

だが――我は口元に笑みを浮かべた。


「……ふん!」

両目に紫黒の光が収束し、奔流となって放たれた。

視界を焼き裂く閃光が一直線に走り、ヴァルギルスの右腕を呑み込む。


「ぬぅっ!?」

肉が弾け、骨が砕け、奴の腕は跡形もなく消し飛んだ。

闇の剣が無様に地へと落ちる。


その隙を逃す我ではない。

両足に噛みつく獣の頭を踏み砕き、両腕を裂こうとする蛇を叩き斬る。

紫黒の奔流が一気に迸り、我が四肢を縛る群れを粉砕した。


「ちっ…だが、それがどうした!」

呻きながらもヴァルギルスは笑みを浮かべ、残った左腕に闇を纏わせた。

そしてその拳が我が腹部を穿つ。


「ぐっ……!」

肺を押し潰すような衝撃に、我の身体が一瞬よろめく。

だが、怯むことはなかった。


「まだだ……!」

我は左手をかざし、再び光線を放つ。

紫黒の奔流が奔り、ヴァルギルスの顔面すれすれを掠めた。


「おのれ!」

奴は舌打ちし、爆ぜる瘴気を纏いながら距離を取る。

互いに一歩退いた刹那、戦場の空気はさらに張り詰めていった。


ヴァルギルスの笑い声が、闇に満ちた戦場を震わせる。

吹き飛ばされたはずの右腕が再生し、背から伸びた二本の異形の腕と合わせ、奴の身体はまるで異形の巨像のように膨れ上がる。

筋肉は黒く爛れ、瘴気を纏って脈動し、その腕は一本ごとに岩をも砕けるほどの禍々しい力を宿していた。


「いよいよ大詰めといこうではないか!」

ヴァルギルスが吠え、四本の拳が同時に振り下ろされた。


轟音。

我は瞬時に剣を構え、一撃を受け止める。火花が散り、刃と拳が軋む。

だが残る三撃が大地を叩き割った。

地面が粉砕され、地響きが走り、土煙が爆風のように吹き荒れる。


「……っ!」

衝撃が腹にまで突き抜け、肺の奥が震えた。

身を翻して回避するも、拳の余波で肩口が熱を帯びる。


ただの打撃でさえ、この威力。

まともに受ければ肉体ごと粉砕されるだろう。


休む暇は与えられぬ。

右から、左から、そして背後から――拳の連打が殺到する。


風圧が頬を切り裂き、耳鳴りが鼓膜を貫いた。

我は魔力を纏わせた刃で捌き、弾き、僅かな隙間を縫って避ける。

しかし一撃ごとに腕が痺れ、足は地を滑らせ、体勢は徐々に削られていく。


遂に一撃、拳が鳩尾を掠めた。

鈍痛が臓腑に響き、思わず膝が揺らぐ。

だが、唇に浮かんだのは苦悶ではなく、笑みであった。


「……これしきで屈する我と思ったか!」

低く告げる我が声に、ヴァルギルスの瞳が愉悦に細められる。


「ふはは、ならば次を見せてやろう!」

奴の背の異形の腕が、ずるりと形を変え始めた。

闇が凝縮し、瘴気が刃の形を描く。


一本、また一本と禍々しい剣が形を取り、やがて三本の闇剣が揃った。

その刃は炎の明滅を浴びて鈍く紫黒に輝き、ただ存在するだけで周囲の空気を震わせる。


「三方から一度に斬り裂かれる気分、味わうがいい!」

咆哮と共に、三本の剣が一斉に閃いた。

その速さは人の目では追えぬ。

闇が閃光となり、全てを呑み込まんと迫った。


我は刃を構え直し、全身に魔力を巡らせる。

金属が噛み合う甲高い音が耳を裂き、視界が閃光で白む。


三方からの衝撃が同時に叩きつけられ、我が足元が更に砕け散る。

空気そのものが軋み、衝撃波が地を這い、周囲の家屋を粉砕していった。


「ぬぅっ……!」

正面の一撃を受け止め、左の斬撃を弾き返す。

残る右の刃を身を翻して避け、紫黒の奔流で逆襲に転じた。


刹那、闇と紫光が交錯する。

爆ぜる閃光が戦場を塗り潰し、轟音が空気を裂く。

一瞬たりとも気を抜けぬ拮抗。互いに一歩も退かぬ死闘。


だが、数合を交えるうち、奴の猛攻はさらに苛烈さを増していった。

三本の刃が舞うように襲い掛かり、我が剣を縛り、隙を狙う。

ひとつは防げても、残る二撃が容赦なく押し込んでくる。


肩に浅く切り裂かれる感触。

腹を掠めた一撃が血を散らし、息が詰まる。

受けても防いでも、余波だけで地が裂け、身体に衝撃が響いた。


拮抗は、徐々に均衡を失いつつあった。

奴の笑い声が、闇にこだまする。


「終わりだ、アビス!」

ヴァルギルスの咆哮が轟く。

三本の剣が一斉に振り下ろされる。

正面、左、右――死角を突き破る致命の斬撃。


我は全身の魔力を振り絞って応じるが、速度が僅かに勝った。

紅き光が煌めき、刃が我が首筋を捉えかけた、その瞬間。


斬撃の軌道を外から弾き飛ばす衝撃が走った。

紫の閃光と共に、細い肢体が割り込んでくる。

――リリアだ。


その右脚は紫黒の魔力を纏い、しなやかにして鋼の如く。

蹴りが三本の剣をまとめて薙ぎ払い、火花と衝撃波を生んだ。

闇の剣が一瞬軌道を逸し、ヴァルギルスが舌打ちする。


「……リリア」

思わず我は名を呼んでいた。

彼女の瞳は決然と輝き、こちらを振り返ることなく前に立つ。


「アビス様を…これ以上一人で戦わせるわけにはいかない!」

燃え盛る炎の中、二人のサキュバスが並び立った。

その光景は、闇に抗う希望の炎そのものだった。


「ふん…わざわざ殺されに来たか」

ヴァルギルスが低く嘲る。

闇に濁った声が空気を震わせ、戦場に不吉な余韻を残した。

だが、リリアは一歩も退かぬ。


「必ずカケルを取り戻してみせる!」


その声に、我の胸が僅かに揺らぐ。

恐怖も迷いもなく、ただ一途に彼を想う強さ――それは、魔王たる我でさえ容易く持ち得ぬものだ。


リリアが駆け出し、その右脚に紫黒の魔力を纏わせ、蹴りがヴァルギルスの斬撃を弾き飛ばす。

火花と共に衝撃が走り、刃の軌道が逸れた。


「行くわよ!」

叫びと共に、彼女の身体から奔流のような魔力が溢れ出す。

その奔流が形を取り、やがて二つの影が彼女と同じ姿に収束した。


――実体を持った、二人のリリア。


三人のサキュバスが同時に踏み込み、蹴撃と掌底が嵐のように襲いかかる。

分身達の蹴りは本体と変わらぬ重みを持ち、ヴァルギルスの斬撃を確かに弾き返した。

紫黒の残光が幾重にも交錯し、戦場は光と炎に満ちる。


その猛攻にヴァルギルスの眉がわずかに歪み、初めて「鬱陶しい」と思わせるほどだった。


「……!」

我も刃を構え、彼女の隣に並び立つ。

闇の剣と拳を振るうヴァルギルスを前に、アビスと三体のリリアが同時に受け止める形となった。


だが、奴の力は凄まじい。

三本の剣が唸りを上げ、拳が地を割り、魔獣の群れさえ従えて襲い掛かる。

分身達も次々と斬撃に晒され、その存在が削られていく。


我が刃で受けても、リリアの蹴りで弾いても、攻撃は止まらぬ。

防いだその次には、さらに重く速い斬撃が畳み掛けてくる。


リリア本体の額に汗が滲むのが見えた。

脚の軌跡が僅かに鈍り、蹴りを受け流した後の隙をヴァルギルスの剣が突こうとする。

我が刃でかろうじて逸らすが――このままでは長くもたぬ。


……リリア。

我は内心で名を呼んでいた。

彼女の勇気は疑いようもなく、本物だ。

だが、この猛攻を受け続ければ…やがて命を散らすことになる。


「ええい、小賢しい!」

ヴァルギルスが吠え、闇の瘴気を一気に解き放った。

爆ぜる衝撃波が大地を割り、空気を震わせた。


「――っ!」

我は剣を突き立て、紫黒の魔力で押し返す。

だが、その隣にいたリリアは抗いきれず、体ごと宙へと吹き飛ばされた。


「きゃあっ!」

短い悲鳴が耳に刺さると同時に、分身二体は衝撃波に呑まれて霧散した。

残ったのは本体一人――その身体が炎の中を舞う。


「リリア!」

我が声が届くより早く、ヴァルギルスの姿が掻き消える。

刹那、奴は転がるリリアの背後に現れ、その白い首を左手で鷲掴みにした。


「――うぐぅっ!」

喉を締め上げられ、リリアの苦しげな声が洩れる。

その両手は必死にヴァルギルスの腕を掴むが、鉄のような力はびくともしない。


「まずは貴様からだ、リリア!闇に抱かれて死ぬがいい!」

闇に濁る瞳が紅く煌めき、奴の口から嗤いが零れる。

右手に握られた剣が振り上げられ、刃がリリアの胸元を狙う。

リリアの瞳が恐怖に見開かれ、かすかに震える唇がカケルの名を呼ぼうとした。


「くっ……!」

我は即座に駆け出すが、地を裂いて群れ出る魔獣が行く手を塞ぐ。

牙と爪が襲いかかり、刃を振るうたびに時間が削られていく。


「退けぬか――!」

焦燥が喉を灼く。

間に合わぬ、このままでは――。


そして、刃がリリアを貫かんと迫ったその時。


胸に揺れる羽根のペンダントが、ふっと淡い光を漏らした。

まるで命の灯火のように、小さく、弱々しい光。

しかし、確かに存在を主張するその輝きに、ヴァルギルスの動きが一瞬止まる。


「…なんだ?」

掴んだままの手をわずかに強めながら、奴は光に視線を向けた。

リリア自身も目を丸くし、息を詰める。


瞬間、小さな光が破裂するように一気に膨れ上がった。

白銀に近い輝きが闇を切り裂き、炎をも圧倒する。

眩烈な光柱がリリアの胸元から放たれ、ヴァルギルスの顔を直撃する。


「ぐぬぅぅぅっ……!?」

奴の声が苦悶に歪む。

その瞳が眩光に灼かれ、握る手ががくりと緩む。


「これは…馬鹿な…!」

ヴァルギルスが呻き、掴んでいたリリアを思わず手放した。

身を折り、闇に濁った声で喉を裂くような叫びを上げ、苦痛に顔を歪めてもがいていた。


光は戦場を包み、我の行く手を阻んでいた魔獣達も次々に悲鳴を上げ、影のように掻き消えていく。

瓦礫の上に立つ我は、驚愕に目を見開いた。


「これは…いったい…!まさか、あの勇者の…!」


脳裏に、かつてのヴァルギルスと相まみえた男の姿がよぎる。

勇者が残した遺志、それがこの場で再び顕現したというのか。


「ぐあああああっ!この光はぁぁぁぁ!」

ヴァルギルスは頭を抱え、絶叫した。

闇の力に満ちた四肢が痙攣し、異形の腕が震えながら砕け散る。

だが、ペンダントの光はやがて収束し、淡く瞬いて静かに止んだ。


光は消えたというのに、ヴァルギルスの苦悶は続いていた。

荒い呼吸を繰り返し、呻きながら膝をつく姿は、これまでの圧倒的な威容を僅かに崩していた。


我は刃を構え直し、叫ぶ。

「今だ、リリア!カケルに声を届けろ!」


リリアは胸に手を当て、必死に震える声を張り上げた。


「…カケル!私よ!リリアよ!」

炎に揺れるリリアの瞳が涙で潤み、声が張り裂けそうに響く。


「あなたは…そんな闇に負ける人じゃない!目を覚まして!闇に打ち勝って!」

その叫びは、確かに闇の中へと届いていった。

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