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血戦の果てに顕つ闇②

登場人物

カケル

種族:人間

主人公。異世界に召喚された青年。


リリア

種族:サキュバス

魔王アビスの側近。カケルの監視役でもあり案内役。


セレナ

種族:メデューサ

アインベルグ魔法学院を主席で卒業し、主に攻撃魔法を得意とする。


ヴァネッサ

種族:ヴァンパイア

とある古城に独り住んでいた。幻術・護身術を得意とする。


ライア

種族:リザードマン

流浪の剣士。エルザとは幼馴染。


エルザ

種族:サイクロプス

鍛冶職人。ライアとは幼馴染。


エリシア

種族:エルフ

精霊と心を通わせたり、精霊の力を行使できる。


トーラ

種族:ミノタウロス

ヴァルハールの町の自警団に所属。肉弾戦が得意。

鬱蒼とした木々を抜けると、ぱっと視界が開けた。

木々の間から差し込む光が、白い霧を溶かすように広がり、

眼前には木と石で作られた素朴な集落が姿を現した。


小さな家々は丸太や岩を組み合わせた頑丈な造りで、屋根には干し草が積まれている。

煙突からは白い煙が立ちのぼり、鼻をくすぐるのは焚き火と干し肉の香りだ。

遠くでは水車がきしむ音が響き、川沿いには洗濯をしているらしい人影がちらほらと見える。


「…ここが、獣人達の集落か」

思わず口に出した俺に、ルミナが嬉しそうに胸を張った。


「うん!ここがルミナのおうち!みんな優しいんだよ!」


近づくにつれて、獣人達の姿がはっきりしていく。

狼の耳を持つ青年、猫の尾を揺らす少女、力強い体格の熊の男。

人間の町とはまるで違う、獣と人との特徴が溶け合った者達が、それぞれの暮らしを営んでいた。


ただ、その眼差しにはどこか影が差していた。

俺達異邦人を警戒しているのか、それとも別の理由か。

武器を手にした者もちらほら見え、のどかな暮らしの裏に張り詰めた空気が漂っているのを感じ取った。


リリアが俺の横で小さく呟いた。

「…思っていた以上に、厳しい暮らしを強いられているようね」


ルミナだけはそんな緊張感に気づいていないのか、俺の手をぎゅっと握ったまま、弾む声で言う。

「こっちこっち!リーダーにも紹介するね!」


木材と石で作られた粗削りな会合所の前に、ひときわ背の高い獣人の姿が立っていた。

逞しい体格に灰色の毛並み、鋭い琥珀色の瞳。

その佇まいから、ただ者ではない威圧感が漂っている。


「ライガ兄ちゃん!」

ルミナが駆け寄り、小さな手でその腕を掴む。


彼は一瞬目を細め、次いで俺達へと鋭い視線を向けてきた。

その眼光はまるで相手の心の奥底を測るようで、背筋に冷たいものが走る。


「……ルミナ、この人達は?」

低く通る声。若いが、群れを束ねる者の気迫がある。


「この人達が助けてくれたの!悪い人間から!」

ルミナが俺の腕を指差して、得意げに言った。

ライガの眉がわずかに動く。その瞳に宿る険しさが、慎重さに変わるのが見て取れた。


「…そうか。だが、よそ者に違いはない」

彼は俺を正面から見据えた。


「人間と魔物娘の一行…。この島に足を踏み入れた理由を聞かせてもらおう」

広場に集まってきた獣人達がざわめく中、俺は喉を鳴らしながら、ライガの真っ直ぐな眼差しを受け止めた。


広場に静けさが落ちる。

集落の者達の視線が一斉に俺達に注がれ、ひとつひとつが針のように突き刺さるように感じられた。

ライガの鋭い眼光は一歩も揺らがず、逃げ場のない緊張が俺の胸を圧迫する。


「理由、か…」

思わず言葉が詰まりそうになる。


「落ち着いて、カケル」

リリアが一歩前に出て、微笑を浮かべながら場を和らげるように声を掛ける。


「私達は戦を望んで来たわけじゃないの。ただ旅の途中でこの島に辿り着いただけ」


「そうよ。それに助けたのは事実。少なくとも、アンタ達の敵じゃない」

セレナも腕を組み、ライガを鋭く睨み返す。

ライガの目が細められる。まだ疑いを解いた様子はない。


「俺達がこの島に足を踏み入れたのは偶然だ」

俺は一歩踏み出し、息を整えて言った。


「でもルミナを助けられたのは、偶然じゃなかったと思ってる。

俺達は誰かが困っていたら手を伸ばす。それが、俺達の旅の在り方だから」


ルミナがぱっと顔を明るくして、俺の袖を掴む。

ライガはしばし黙し、鋭い眼光で俺を射抜いたまま動かなかった。

その視線に込められた圧は、ただの若者のものではない。

幾度も戦場に立ち、血を流し、仲間を守り抜いてきた者だけが持つ重みだった。


やがて、彼はゆっくりと腕を組み直し、低く呟いた。

「……言葉だけなら、何度も聞いてきた。人間も、魔物娘も、口では都合のいいことを言う。だが結局は裏切る」

広場に緊張が走り、空気が一段と張り詰めた。


ライガは俺から視線を外し、背後にいるルミナを一瞥した。

「だが…ルミナがお前を“兄”と呼んでいる。それなら、少なくとも今この瞬間は信じてやろう」


その言葉にルミナが嬉しそうに笑みを浮かべ、俺の袖をさらに強く掴んだ。

一方でライガの声にはまだ硬さが残り、完全に心を開いたわけではないのがはっきりと伝わってくる。


「ただし俺達の目はごまかせない。少しでも怪しい真似をしたら、その時は容赦なく叩き斬る。それだけは覚えておけ」


黄金色の瞳が狼のように鋭く光り、獣人のリーダーとしての威を放っていた。


◇ ◇ ◇


広場から集落を見渡した俺達は、その素朴さの中にある活発さに心温まった。

子供達が追いかけっこをし、母親達は洗濯物を干しながら笑い合っている。

大人の男達は木材を担ぎ、獣人特有の力強さで家の修繕に励んでいた。


「ふふっ…活気があるのね」

リリアは柔らかく微笑み、洗濯している獣人の女性に声をかけられると、

自然とその輪に溶け込むように談笑へと混じっていった。


「ちょ、ちょっと!触らないの!」

セレナは子供達にじっと見つめられ、困惑気味に声を上げる。

蛇髪を恐れるかと思いきや、逆に面白がって触ろうとする子まで現れ、笑い声が一層広がった。


少し離れた場所では、ライアが獣人の男達に一本の剣を披露していた。

ミスリルで鍛えられたその刃は、光を反射して青白く輝いている。


「どうだ、すごいだろ。こいつはエルザが打った剣なんだ」

ライアが誇らしげに言うと、男達の視線は自然とエルザへ向けられた。


「……鍛えただけ。剣は、持つ者がいてこそ」

エルザは気恥ずかしげにそう答えたが、その単眼には確かな自信が宿っていた。


一方で、トーラは村の若者達に囲まれ、腕相撲を挑まれている。

「おうおう、いいぞ!全員まとめてかかってきな!アタイが相手になってやる!」

笑い混じりの豪快な声に、周囲からどっと歓声が上がった。


「淑女たるもの、優雅さと気品を忘れてはならないぞ?所作や身だしなみも忘れてはならない」

ヴァネッサはといえば、その立ち振る舞いで若い女性達を魅了していた。

若い女性達は憧憬の眼差しを向け、彼女の一挙一動を真似しようと夢中になっている。


「……なんだか、いい雰囲気だな」

それぞれが獣人達と触れ合い、笑顔や驚き、時に憧憬の眼差しを受けながら過ごしていたその時。

ルミナがぱたぱたと駆け寄ってきて、無邪気な笑顔を浮かべた。


「お兄ちゃん!おうちに案内するね!」


「お、おい…!」

小さな手が俺の腕を掴み、そのまま引っ張られる。

突然のことに戸惑いながらも、強くは拒めず、苦笑しつつも歩を合わせるしかなかった。


周囲の仲間達もそれぞれに微笑ましげな視線を送る中、ルミナに導かれるようにして俺は集落の奥へと進んでいった。

ルミナに引っ張られるまま進んでいくと、木と土でできた素朴な家に辿り着いた。

扉を開けるなり、ルミナは大きな声を張り上げる。


「お母さん!お父さん!ただいま!」

家の奥から姿を現したのは、優しげな目元の母親と、力強い体つきの父親だった。

二人は娘を見てほっとしたように微笑み、すぐにこちらへと視線を移す。


「あら、ルミナ。どこに行ってたんだい?…それに、その人は?」


「カケルお兄ちゃんだよ!お兄ちゃんは悪い人間からルミナを助けてくれたの!」

俺の袖を掴んで誇らしげに言うルミナに、二人は目を見開き、すぐに深々と頭を下げた。


「それはそれは…娘を助けてくださって、本当にありがとうございます」


「いえ、当然のことをしただけです」

俺がそう答えると、父親は穏やかな笑みを浮かべ、母親も優しく頷いた。


「何もないところですが…どうぞゆっくりしていってください」

家の中には温かな灯りと人の気配が満ちていて、どこか懐かしい匂いがした。

ルミナが両親に抱きつく姿を見ながら、胸の奥がほんの少しきゅっと締めつけられる。


――忘れられない、元の世界での家族の記憶が、自然と浮かび上がってきてしまったからだ。

ルミナを見ていると、年の離れた妹の面影が重なる。

無邪気で、笑顔で、人懐っこくて…その記憶が蘇るたびに、どうしようもなく複雑な感情が胸を揺らした。


ふと、ルミナが俺の顔をじっと覗き込んでくる。


「…お兄ちゃん、どうしたの?」

赤い瞳が小首を傾げながら俺を見つめてくる。

その無邪気さに、思わず苦笑がこぼれた。


「…いや、なんでもないよ」

はにかむように答え、そっとルミナの頭を撫でてやる。

柔らかな髪が指先に触れると、ルミナは「えへへ」と安心したように笑い、また両親の腕の中へと飛び込んでいった。


その背中を見送りながら、俺は胸の奥で小さく息を吐く。

今は余計なことを考えるよりも、この温かさを守ることを優先しなくちゃいけない。


◇ ◇ ◇


ルミナの家で過ごしたひとときは、穏やかで心和むものだった。

やがて日が傾き、空が茜から群青へと染まりゆく頃、集落の中央には大きな焚火が用意され、獣人達が次々と集まってきていた。


火がはぜる音とともに、夜を迎える温かい灯りが広場を満たしていく。

獣人達は手作りの料理を持ち寄り、木皿に分け合いながら談笑し、子供達は火の周りを楽しげに駆け回っている。

母親達の歌声が優しく響き、若者達は笛や太鼓を鳴らし、素朴ながらも賑やかな宴が始まろうとしていた。


そんな賑わいの中で、ライガがひとり焚火の前に腰を下ろし、炎をじっと見つめていた。

大きな背中に映る影は、燃え盛る炎の明かりに揺れ、どこか孤独を滲ませている。


俺はその姿に気づき、足を向けた。


「……隣、いいか?」

ライガはわずかに顔をこちらに向け、警戒するように目を細めたが、すぐに視線を焚火へ戻し、無言で頷いた。


しばし、焚火のはぜる音だけが二人の間を埋めていた。

炎に照らされた横顔は険しく、言葉を探しているようでもあった。


やがて、ライガがぽつりと口を開いた。

「…昼間、お前の仲間達が皆と触れ合っているのを見た。どうやら、お前らは“連中”とは違うようだな」


その声には、わずかにだが柔らかさが混じっていた。

“連中”――言うまでもなく、ここを襲う人間達のことだろう。


「そう思ってくれてありがたいな」

俺は苦笑を返し、少し肩の力を抜いた。


ライガは炎の奥を見つめながら続ける。

「お前達は…旅をしてきたと言ったな。どんな旅だったんだ?」


「…そうだな」

俺は薪が崩れる音に目をやりながら、少しずつ言葉を探した。


「色んな国を旅してきたよ。学園で事件に巻き込まれたり、村で起きた神隠しを追ったり…剣を交えた大会もあった。大変な思いもたくさんしたけど、その分…いい出会いもあった」


仲間達の顔が脳裏に浮かぶ。

笑い合い、時にぶつかり合い、それでも共に歩んできた。


「もちろん、同じ人間でありながら魔物娘を狩ろうとする奴らもいた。それは悔しいし、納得できない。

でも、だからこそ余計に守りたいと思ったんだ。出会った仲間達を、この世界で必死に生きる人達を」


焚火の赤が揺れて、俺の胸の奥の言葉まで照らし出すようだった。

ライガはしばし黙って火を見つめていたが、やがて低く唸るように声を絞り出した。


「…お前の言葉を聞いてると、胸がざわつく。俺にも守りたいものがあるんだ」

その声は静かだったが、確かな熱を帯びていた。


「この島の家族や仲間達。皆、大切な存在だ。俺は――その全てを守り抜きたい」

膝の上で拳を握り、焔に照らされる瞳が強く燃える。


「俺は、この集落を背負う覚悟を決めた。人間の脅威に立ち向かい、未来を切り開くんだ」

やがてライガは顔を上げ、真剣な眼差しをカケルに向ける。


「カケル、明日――広場の集会場に来てくれ。お前に、聞いてほしい話がある」

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