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血戦の果てに顕つ闇①

登場人物

カケル

種族:人間

主人公。異世界に召喚された青年。


リリア

種族:サキュバス

魔王アビスの側近。カケルの監視役でもあり案内役。


セレナ

種族:メデューサ

アインベルグ魔法学院を主席で卒業し、主に攻撃魔法を得意とする。


ヴァネッサ

種族:ヴァンパイア

とある古城に独り住んでいた。幻術・護身術を得意とする。


ライア

種族:リザードマン

流浪の剣士。エルザとは幼馴染。


エルザ

種族:サイクロプス

鍛冶職人。ライアとは幼馴染。


エリシア

種族:エルフ

精霊と心を通わせたり、精霊の力を行使できる。


トーラ

種族:ミノタウロス

ヴァルハールの町の自警団に所属。肉弾戦が得意。

舟は波間を滑るように進み、潮風が頬を撫でていく。

長い航海の先、水平線の向こうに緑濃い影が少しずつ姿を現してきた。

ヴェルドラの大陸を後にした俺達は、獣人達が暮らすという島――カリス島へと向かっていた。


やがてその島の全貌が目に映る。

鬱蒼と茂る森は息をのむほど豊かで、白い砂浜の奥には、

陽光に照らされた木造の家々がぽつぽつと並んでいる。


遠くには山並みが霞み、そのふもとから流れる川が陽光を反射してきらめいていた。

自然が生き物のように息づいているような印象を受ける。


「あれが、獣人達の島か」

俺の口から自然と声が漏れる。


「ええ。人の手があまり入っていないみたいね」

隣に立つリリアが、目を細めて頷いた。


舟が桟橋へと近づくと、島の空気がはっきりと肌に触れてくる。

潮の香りと混じり合う、土や草の匂い。

それは確かに大自然そのものの匂いだった。


だが、そこには出迎える者の姿は一人もいない。

風に揺れる古びた木の桟橋と、波の音だけが耳に届く。

人の営みを感じさせる気配は、まるで初めから存在しないかのようだった。


「…随分と静かだな」

俺は桟橋の先に視線を向けながら、ぽつりと声を漏らす。

森へ続く小径はある。だが、そこを歩く人影も、生活の痕跡すらも見当たらない。


「誰もいないなんて、変ね」

リリアも同じように辺りを見回し、小さく首をかしげた。

その横顔には、ただの偶然では済まされない違和感が滲んでいる。


「てっきり、島の人たちが迎えに来てくれるものかと思っていましたのに……」

エリシアが服の裾を押さえながら、一歩桟橋から砂地へ降り立つ。

彼女の声はか細く、波の音にすぐかき消されてしまった。


「……不気味ね。ただの偶然とは思えないわ」

セレナは腕を組み、険しい目を細めて海岸線を睨む。

吐き捨てるような声が、かえって場の緊張を際立たせた。


「油断するな。……何か起きてるかもしれない」

ライアが剣の柄に自然と手をかけ、砂を踏みしめる音を響かせる。

彼女の視線は森の奥を探るように鋭く、獣の本能が何かを嗅ぎ取っているかのようだった。


仲間達の言葉に、胸の奥でざわめくものを覚えた。

本当にここは“平和を求める獣人達”の住処なのだろうか。

波音だけが静かに響き、答えをくれる者はどこにもいなかった。


「……誰もいないな」

砂浜を一通り見回した後、トーラが腕を組んで唸った。

潮風で乱れた短い髪を指でかき上げながら、険しい目で森の方を見やる。


そしてすぐに、ぐっと前を顎でしゃくった。

「とりあえず森ん中に行ってみようぜ。…人の暮らしがあるなら奥の方だろ」


その言葉に、皆が顔を見合わせる。

確かに海辺は不気味なほど無人で、焚き火の跡や足跡すら見当たらない。

まるで意図的に人の手が遠ざけられているかのような静けさだ。

俺は小さく息を吐き、うなずいた。


俺達は森へと続く小径に足を踏み入れる。

潮の香りが次第に薄れ、代わりに湿った草木の匂いと鳥の鳴き声が耳を満たしていった。

葉擦れの音が風に揺れ、木々の影が複雑に入り組んでいる。


だが、その自然のざわめきの中に、どこか落ち着かない気配が混じっていた。

俺は背筋をぞわりと撫でる感覚に思わず肩をすくめる。


歩き始めて間もなく、胸元がかすかに揺れた。

俺の上着のポケットから、小さなコウモリの姿をしたヴァネッサが顔を覗かせる。

鋭い赤の瞳が木々の隙間を見据え、微かな唸りをあげる。


「……む」

その低い声に、皆の視線が一斉に集まった。


「どうした?」

俺が問いかけると、ヴァネッサはしばし耳を澄ませるように翼を震わせた。

風が止まり、森が一瞬、張り詰めた空気に変わる。


「…何か、聞こえるな。これは…悲鳴、か?」

声の調子は低く、冷ややかなものに変わっていた。


「悲鳴!?」

思わず声が上ずった。心臓が嫌な音を立てて跳ねる。

仲間達も立ち止まり、険しい視線で森の奥を見据える。

ライアの手は既に剣の柄に掛かり、セレナの蛇髪が緊張にざわりと動く。


「どこから聞こえてくる?」

俺が問い返すと、ヴァネッサは小さな翼を広げ、ためらいなく前方を鋭く指し示した。


「この先を、真っすぐ。…遠くはない」

その声には、確信がこもっていた。

息を呑む間もなく、俺達は駆け出した。


森をかき分け、枝葉を踏みしめる音が焦燥を煽る。

足音が重なり、荒い息が森に響き渡る中――やがて、確かに耳に届いた。

それは細く、震えるような、幼い少女の悲鳴だった。


森を駆け抜ける小さな影が目に入った。

白い兎耳が揺れ、細い足が必死に地面を蹴っている。

あどけない背中の、まだ幼い子どもだ。


「待てぇ!化け物め!」

「逃がすな!」


その後ろを、大人の人間達が数人、武器を振りかざして追い立てていた。

怒声と笑い声が混じり合い、耳障りなほどに響く。


「…子供だぞ!」

思わず声が荒くなる。

胸が熱くなり、握った拳に闇の力をこめる。


少女は足をもつれさせ、地面に倒れ込んだ。

膝を擦りむき、白い肌に赤い血が滲むのが見える。

必死に起き上がろうとするが、小さな体では追っ手に抗うのも難しい。


「へっ、捕まえたぞ!」

先頭の男が刃を振りかざし、倒れた少女に手を伸ばした。


目の前の光景に、怒りと焦りが同時に噴き上がる。

守らなきゃ――そう強く思った。


「やめろッ!」

気づけば俺の体はもう動いていた。

転移の霧が視界を覆い、次の瞬間には先頭の男の目の前に立っていた。

驚く暇も与えず、闇を纏った拳を叩き込む。


「がはっ――!」

鈍い音と共に男は宙を舞い、木々に叩きつけられて地に沈んだ。


「カケル!」

背後から仲間達の声が響き一斉に飛び込んでくる。


「フン、邪魔よ!」

セレナの魔眼が妖しく光り、数人の男が体を硬直させる。

すかさず詠唱を放ち、炎弾が炸裂――森の中に爆ぜる轟音と悲鳴が響き渡った。


「甘ぇ!」

ライアの剣が人間の武器を弾き飛ばし、トーラの拳が地を揺らすたび敵は吹き飛ぶ。

だが前線だけではない。後方から逃げようとする人間達を、リリアのしなやかな脚が捉える。

彼女の蹴りが背を打ち抜き、敵は呻き声を上げて地に転がった。


「くっ……!」

「ひぃっ!」


ヴァネッサは冷ややかに舞うような動きで、迫る刃を片手で捌き、逆に敵の喉元へ掌打を叩き込む。

護身の動きに過ぎないはずなのに、その精妙さに敵は恐怖を覚え、次々と足を止めた。


仲間達の攻撃が四方から重なり、敵の陣形は瞬く間に瓦解していく。


「ひ、引け! 退けぇ!」

「も、もう無理だ!命が惜しければ逃げろ!」

統率は完全に崩れ、士気は地に落ちた。蜘蛛の子を散らすように、残党は我先にと森の奥へ駆け去っていく。


残されたのは荒い呼吸だけが響く静寂と――地面に座り込み、震える小さな影。

白いうさぎ耳が小刻みに震え、桜色の瞳が大きく見開かれている。

真っ白な麻布の服は泥と傷で汚れ、今にも泣き出しそうに唇を噛みしめていた。


(……子供、か?)


戦場の空気に似つかわしくない存在に、胸が痛む。

俺は少し膝を折り、できるだけ声を柔らかくして問いかけた。


「大丈夫かい?」

その言葉にびくりと肩を揺らし、少女は俺を見つめる。

怯えと警戒が入り混じった視線――けれどその奥に、助けを求める必死さが垣間見えた。


「もう大丈夫だ。怖い思いをしたね」

ゆっくりと手を差し伸べる。少女は一瞬ためらったものの、やがて小さな手を震わせながら俺の手に触れた。そのぬくもりが伝わってきた瞬間、張り詰めていた彼女の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。


「……っ、うぅ……」

泣き声はやがて堰を切ったように溢れ、白い耳が力なく垂れ下がる。

俺はそっとその頭に手を置き、安心させるように撫でてやった。


少女はまだ涙の跡を頬に残したまま、震える赤い瞳で俺をじっと見つめていた。

さっきまで怯えていたのが嘘のように、その瞳には微かな光が宿っている。

小さな唇が震え、やがて掠れるような声が零れた。


「…お兄ちゃん」


「…お兄ちゃん?」

思わず俺は聞き返す。

少女は小さく首を縦に振り、もじもじと両手を胸の前で握りしめながら、それでも必死に言葉を紡いだ。


「うん…だって…助けてくれたんだもん。だから…お兄ちゃん!」


涙に濡れた顔に浮かぶ無邪気な笑顔。

年端もいかない子供が、救いを求めるように俺に向けるその純粋な呼びかけに、胸が少しだけ熱くなる。

けれど同時に、どう返していいか分からず言葉に詰まり、結局苦笑がこぼれた。


「おいおい…困ったな」


差し伸べられた小さな手は、温かく柔らかい。

恐怖から解放された安堵がそこに宿っているのが伝わってきて、思わずぎゅっと握り返す。

つい先ほどまで漂っていた血なまぐさい空気が、ふっと和らいでいくのを感じた。


「あなた、お名前は?」

リリアが柔らかく微笑み、しゃがんでルミナの目線に合わせる。


「ルミナっていうの。お姉ちゃん!」

小さな耳をぴょこんと揺らしながら、ルミナはぱっと笑顔を咲かせた。


「ルミナか…いい名前だな」

「ありがと!お兄ちゃん!」

俺がつい口にすると、少女は嬉しそうに飛び跳ねる。


「あらあら、懐かれちゃったみたいね」

リリアが頬に手を当て、楽しげに小さくため息をついた。


「全く…女に懐かれる才能は相変わらずね」

セレナは呆れたように肩をすくめる。


「なっ…そんなこと言われても」


「ははっ、でも子供に慕われるのは悪くないだろ?」

思わず反論する俺に、ライアが豪快に笑った。


「ふむ…せいぜい可愛い妹に尽くすことだな」

「……似合ってる」

ヴァネッサは涼しい顔で小さく頷き、エルザも小声でぽつり。


「大事に守ってやれよ!お兄ちゃん!」

トーラは腕を組み、にやりと笑って背中を押すように言った。


「ふふっ……よかったですね。心強いお兄様ができて」

エリシアはルミナの頭を優しく撫で、にこやかに続ける。


仲間達の言葉に、俺はただ頭をかきながら苦笑するしかなかった。

「……やれやれ」


俺はしゃがみ込み、ルミナと視線を合わせる。

「なあ、ルミナ。お前はどこから来たんだ?」


「森の奥のおうち!」

元気よく耳を揺らしながら、ルミナは小さな胸を張った。


「おうち?」

「うん!みんながいる集落!案内してあげる!」

そう言うや否や、彼女は笑顔を弾ませ、俺の手をぐいっと掴んだ。


「わっ……!」

小さな手は驚くほど温かくて、ぐいぐいと引っ張られるまま、俺は立ち上がる。

後ろから仲間達のくすくす笑う声が聞こえたが、振り返る暇もない。


「ほら、こっちだよ!早く早く!」

ルミナの白い耳が跳ねるように揺れ、俺達を先へと導いていく。

そして、少女の小さな手に導かれるように、森の奥へと歩を進めていった。

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