表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/67

闇の誘い、過去が紡ぐ絆⑤

登場人物

カケル

種族:人間

主人公。異世界に召喚された青年。


リリア

種族:サキュバス

魔王アビスの側近。カケルの監視役でもあり案内役。


セレナ

種族:メデューサ

アインベルグ魔法学院を主席で卒業し、主に攻撃魔法を得意とする。


ヴァネッサ

種族:ヴァンパイア

とある古城に独り住んでいた。幻術・護身術を得意とする。


ライア

種族:リザードマン

流浪の剣士。エルザとは幼馴染。


エルザ

種族:サイクロプス

鍛冶職人。ライアとは幼馴染。


エリシア

種族:エルフ

精霊と心を通わせたり、精霊の力を行使できる。


トーラ

種族:ミノタウロス

ヴァルハールの町の自警団に所属。肉弾戦が得意。

――瞼を開けると、部屋は闇に沈んでいた。

小さなランプの灯りが揺れ、炎の淡い橙が石壁に不規則な影を落としている。


「……カケル?」

かすかな声が耳を震わせる。

振り向いた先で、リリアがベッドの傍に座っていた。

赤い瞳はランプの灯を映し、細かく揺れている。

長い睫毛の先に溜まった雫が今にも零れそうで、彼女がどれほど不安を抱えていたかを雄弁に語っていた。


「リリア……」

名前を呼んだ瞬間、彼女は小さく笑みを作った。

けれどその笑顔は一瞬しかもたず、堰を切ったように涙が頬を伝った。


「…よかった。本当に…」

震える声とともに、俺の手を両手で包み込む。

細い指先が必死にしがみついてくる。

その小さな温もりと、僅かな震えが胸に突き刺さる。


「…泣くなよ。俺はこうして生きてる」

なんとか軽く言葉を返すが、声は自分でも驚くほど掠れていた。


リリアは首を振る。涙の雫が藍色の髪に落ち、夜の光にきらめいた。

「違うの…怖かったのよ。また…大切な人を失うんじゃないかって」


その言葉を聞いた瞬間、心臓が大きく跳ねた。

胸の奥に熱と痛みが同時に広がる。

彼女の涙は単なる心配じゃない――その奥に、まだ俺の知らない深い傷が眠っているのだと直感した。


「…また?」

思わず問い返す。声が掠れて、自分でも驚くほど弱々しかった。


リリアの肩がぴくりと震えた。

赤い瞳が揺れ、涙に濡れた頬を隠すように視線を落とす。

その沈黙が、逆に答えを物語っていた。


「…昔、私には――」

絞り出すような声で、彼女はぽつりと言葉を紡ぎ始める。

ランプの炎がわずかに揺れ、彼女の横顔を切なげに照らした。


「私が…心から愛した人がいたの。勇敢で、まっすぐで…誰よりも強い人。でも…」

そこまで言うと、リリアは唇を噛み、堪えていた涙がまた零れ落ちる。


「その人は…もう、この世界にいないの」

部屋に流れる沈黙は、夜の闇よりも深かった。


胸の奥がざわついた。

――思い出す。

夜の海辺、寄せる波音を聞きながら、リリアがふと語った言葉。

その時は深くは聞けなかったけれど…彼女が言った『大切だった人』のことだと、今ならわかる。


「それって…あの時、海で話してくれた…」

俺の問いに、リリアの肩が小さく震えた。

伏せられた睫毛の影が、揺れる灯火に淡く映る。


「……昔のことよ」

声は掠れていたが、そこに滲んでいたのは隠し切れない痛みだった。


「聞いてくれる?」

そう言って、リリアは静かに語り始めた。


◇ ◇ ◇


私は──いけない恋をしてしまった。

許されざる愛を、知ってしまったの。


彼と初めて出会ったのは、古びた教会だった。

疲れ果てて身体を休めていた彼を、私は奇襲した。


人間の勇者と、魔族の私。

敵同士で、本来なら殺し合うしかない運命だったはずなのに――。


けれど。


剣を振るい、傷を負って倒れた私に、彼はとどめを刺さなかった。


「…殺せない。君は、俺達人間と、大して変わらないじゃないか。角や尾や翼が、一体なんの差になるっていうんだ」


信じられなかったわ。

情けをかければ、殺されていたかもしれない関係だっていうのに。

それでも彼は、私を生かしたの。


それからよ。

彼の旅の途中で、何度も顔を合わせるようになったのは。

もちろん、先代魔王の命令があったから、戦わざるを得なかった。


でもね――もう、本気で殺し合おうなんて、私達は思っていなかった。


「また君か、リリア」


「ふん、次は負けないわよ。覚悟しなさい。」


そんな他愛ないやり取りが、たまらなく愛おしかった。

……気づけば、彼を見る瞳は、戦う者のそれではなくなっていた。


サキュバスらしく、誘惑しようとしたこともあった。

淫らな夢を見せて、堕とそうとした。

けれど――夢の中でも、彼は変わらなかった。


真っすぐな目で、私を見つめて。


「こんな形でするのはよくない。君は、もっと純粋なはずだ」


その言葉が、胸に痛かった。

何度も手を伸ばしたのに、どうしても彼を堕とせなかった。


心の奥に潜む『本当の私』が顔を覗かせるたび、苦しくなった。

彼の笑顔を裏切ることなんて、できなかったから。


周囲の魔物達は私を『欠陥夢魔』と笑っていたわ。

そのことを彼に打ち明けたら、彼は酷く怒ってくれたの。


敵であるはずなのに、私のために。

その優しさが嬉しくて、でも――同じくらい苦しかった。


…焚火の夜。

何度目かの戦いのあと、布一枚にくるまって、彼と寄り添った。

私はひとときの充足感に身を委ねていた。


もっと触れていたい。

もっと声を聞きたい。

もっと一緒にいたい。


そんなささやかな願いを抱きながら、彼の言葉に耳を傾けていたわ。


「魔王からの恐怖に怯えない、平和な世界にしたい。種族の垣根も、ない世界に」


夢みたいなことを、彼は真剣に語っていたの。

私は立場上、複雑な気持ちだったけれど。


……それでも、心から、素敵だと思った。

どうかこの時間が、終わらなければいい。

何度も、何度も、願った。


でも、運命は私の願いを、容赦なく踏みにじった。


先代魔王の前に立つ、彼の背中。

私はそこにいた。必死に叫んだ。


「行かないで……!」


けれど、声にならなかった。


彼は振り向き、優しく微笑んで、自分が首から下げていたペンダントを、私に託した。

中央に小さな羽根をかたどった繊細な細工。


「自由に、幸せに飛び立ってほしい」

そんな願いを込めたものだった。


「心配いらないよ、リリア。君には、優しい世界を見せたいんだ」


そう言って、彼は一人、魔王へ立ち向かっていった。

そして…帰ってはこなかった。


私の手は、ただ空を切った。


触れたかった。

抱きしめたかった。

たった一度でいい。想いを伝えたかった。


――でも、もう届かない。


一体何がこの結末を招いたのだろう。


彼を止められなかったこと?

堕落させられなかったこと?

それとも……愛してしまったこと?


私は、何もできなかった自分を心の底から憎んだ。

時間だけが空虚に過ぎて、何も感じられず、ただ彼の不在だけが胸を蝕んでいった。


そして、新たな魔王…アビス様が、先代を討った。


「お前に居場所をやろう」と。


そうして私は、あの方の傍に仕えることになった。

でも…心の奥底では、ずっと空っぽのままだったの。


◇ ◇ ◇


リリアの声が途切れ、静かな夜が戻った。


「……それが、私の過去」

彼女は震える吐息を漏らしながら、そっと視線を落とした。

手の甲で涙を拭う仕草はあまりにも弱々しくて、俺の胸を締めつける。


「……貴方が闇に呑まれそうになった時、貴方がもう、貴方じゃなくなる気がしたの」

その声は細く掠れていたが、確かな痛みを帯びていた。

彼女の指先はシーツをぎゅっと握りしめ、必死に胸の奥の恐怖を抑え込もうとしている。


「どこか、私の手が届かないところへ行ってしまうような気がした…」

彼女は震える肩を小さくすくめ、喉の奥で押し殺した嗚咽をもらした。


「それにこのまま目を覚まさなかったら…そう思うと、怖くて…」

一瞬、部屋を満たす沈黙に暖炉の音が重なり、余計に彼女の弱さを際立たせる。


やがて、リリアは自分に言い聞かせるように小さく笑った。


「……不思議ね」

その笑みは儚く、けれど確かな想いを隠しきれていなかった。


「貴方と出会ったばかりの頃は、面白い人が現れたぐらいにしか思ってなかった」

俺の方をちらりと見て、少しだけ恥じらうように視線を逸らす。

頬がうっすらと紅潮しているのが、灯火の下でもはっきりわかった。


「でも、ずっと一緒にいるうちに…だんだん、貴方を違う目で見るようになっていたわ」

彼女の声は震えていたが、最後の言葉は確かに俺の胸を撃ち抜いた。

リリアの瞳が、恐れも迷いも抱えながら、真っ直ぐに俺を映していた。


鼓動が高鳴るのを感じながらも、俺はその眼差しを正面から受け止める。

そして、抗えない衝動のままに彼女を抱きしめた。


「……カケル」

耳元で小さく呼ばれる声が、熱を帯びて震えていた。


「…俺だって…同じ気持ちだよ」

その瞬間、リリアの両腕が俺の背に回され、ぎゅっと力を込められる。

離れてほしくない――その願いが、痛いほど伝わってきた。

俺もまた、二度と手放したくないと強く思った。


その夜、俺とリリアは互いの想いを確かに通わせた。

言葉よりも強いぬくもりで、離れないと誓うように抱き合ったまま、時が止まったかのように静かな夜を過ごした。


窓の外には月が白く照らし、やわらかな光が部屋に差し込んでいる。

その光に包まれながら、俺はリリアの確かな想いを胸に刻み込んだ。

きっと、この夜の記憶は二度と消えることはないだろう。


やがて言葉は途絶え、ただ互いの体温だけを確かめ合うように抱き合ったまま、まぶたが重くなっていく。


――不意に、旅の始まりの夜を思い出した。

あの時、同じ布団に並んで横になり、俺ばかりが意識してしまって中々眠れなかった。

リリアはどこか余裕の笑みを浮かべていて、俺だけが落ち着きを失っていたっけ。


けれど今は違う。

胸に抱く体温は、確かな絆の証であり、互いに求め合う想いの形だった。

その変化を噛み締めながら、俺は静かにリリアの髪を撫で、

やがて彼女の安らかな寝息に導かれるように目を閉じた。


こうして俺達は、寄り添い合いながら眠りについた。

あの時とは空気も想いも、なにもかもが違う夜だった。


◇ ◇ ◇


翌日、俺達は白龍のいる神殿に再び呼び出された

白く清らかな空間の中で、彼女の黄金の瞳が静かに俺を見据える。


「……まずは、礼を言わせてください。カケル」

白龍の声音は柔らかくも、奥底に確かな敬意がこもっていた。


「あなたがいなければ、黒龍を封ずる機会は訪れなかったでしょう」


「……俺なんかで、役に立てたのなら」

俺は思わず視線を落とし、気恥ずかしさを誤魔化すように呟いた。


しかし白龍は静かに首を振る。

「いいえ。役に立った、などという言葉では足りません。あなたは大陸の均衡を救ったのです」

白龍の言葉を受けて、胸の奥に重いものが宿る。けれど、どうしても気がかりがあった。


「…黒龍の守り人、アンナロッテは…どうなったんですか?」

最後に見た彼女の姿が脳裏に焼き付いている。

必死に黒龍へと縋ろうとし、その執着に飲み込まれかけていた白銀の女剣士。

命は助かったのだろうか――その問いが自然に口をついた。


白龍は一瞬だけ瞳を伏せ、それから静かに応じた。

「彼女は今、この神殿で療養しています。黒龍との契約は失われましたが……命に別状はありません」


「……そうですか」

安堵が胸を撫でる。だが同時に、別の不安が芽生えた。

黒龍に囚われていた心。その執念が、再び彼女を何かへと突き動かすのではないか。


白龍は、その揺らぎを見抜いたようにゆるやかに首を振った。

「案ずることはありません。彼女は今、我らの庇護下にあります。私も、できる限りの手を尽くすつもりです」


白龍はゆるやかに瞼を閉じ、ひとつ深く息を吐いた。

その仕草には理を司る厳しさよりも、ひとりの存在を案じる温かさがにじんでいた。


「…それと、あなたの中に眠る闇の力ですが――」

白龍の声音は、先ほどよりもさらに低く、慎重な響きを帯びていた。


「私は一時的に、その暴走を抑える術を施しました。しかし…それはあくまで応急処置に過ぎません」


「……!」

隣のリリアが小さく息を呑むのが聞こえた。


「あなたが再びその力を酷使すれば、制御を失い、いずれは己をも呑み込むでしょう」


その言葉に、胸の奥がひやりと冷える。

…俺の中に流れる先代魔王の力の一端。


それは人を滅ぼし、この世界を混沌に陥れようとした存在の力。

そんなものが自分の血肉に根ざしているのだと改めて突きつけられ、息が詰まるような恐怖が込み上げた。


いつか完全に呑まれ、自分が自分でなくなるのではないか。

そんな不安が、喉元を冷たく締め上げてくる。


けれど、だからこそ、ここで怯えて立ち止まるわけにはいかない。

仲間達がいて、リリアがいて、守りたいものがある。

俺はその想いのために戦うと決めたんだ。


「…わかっています。この力に、俺は負けません」

ぎゅっと拳を強く握りしめ、言葉に力を込める。


「俺には…皆がいますから」

そう言って振り返ったとき、仲間たちの眼差しが一斉に俺を捉えた。

それは言葉よりも雄弁に語っていた。


疑いも、迷いもなく、ただ揺るぎない信頼だけがそこにあった。

その光は胸の奥に広がり、黒い闇に覆われかけていた心を確かに照らしてくれる。


――そうだ。俺は一人じゃない。

仲間達の視線が交わる中、俺は静かに息を吐いた。

心に灯った光は決意と共に燃え続け、この瞬間、次の旅路へと踏み出す力へ変わっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ