表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/67

闇の誘い、過去が紡ぐ絆②

登場人物

カケル

種族:人間

主人公。異世界に召喚された青年。


リリア

種族:サキュバス

魔王アビスの側近。カケルの監視役でもあり案内役。


セレナ

種族:メデューサ

アインベルグ魔法学院を主席で卒業し、主に攻撃魔法を得意とする。


ヴァネッサ

種族:ヴァンパイア

とある古城に独り住んでいた。幻術・護身術を得意とする。


ライア

種族:リザードマン

流浪の剣士。エルザとは幼馴染。


エルザ

種族:サイクロプス

鍛冶職人。ライアとは幼馴染。


エリシア

種族:エルフ

精霊と心を通わせたり、精霊の力を行使できる。


トーラ

種族:ミノタウロス

ヴァルハールの町の自警団に所属。肉弾戦が得意。

俺達は白龍の守り人に導かれ、街の中心へと足を運んでいた。

石畳は磨き上げられ、建物には龍を象った意匠が随所に施されている。

歩を進めるごとに、街そのものが龍と共にあることを静かに物語っていた。


道すがら、彼女はこの国について語ってくれた。

ヴェルドラは古来より龍との繋がりが深い国であり、他国を凌ぐ大国へと発展できたのは、六龍の加護あってこそだという。

六龍――赤龍、青龍、黄龍、緑龍、白龍、黒龍。

彼らはこの大陸と人間の行く末を常に案じ、その存在によって人々は安寧の時を享受してきた。


さらに六龍には、それぞれ「守り人」と呼ばれる存在がいる。

龍は容易に人前へ姿を現さぬため、契約を結んだ守り人が補佐と代弁を担い、時にその力を振るう。

守り人は龍の意志を伝える者であり、人と龍の間を繋ぐ架け橋のような存在――そうして彼女は語った。


俺達は無言で耳を傾けた。

彼女の落ち着いた声音と、言葉の一つ一つに宿る重みが、街の喧騒の中でも不思議と鮮やかに響いていた。


やがて賑やかな市場や通りを抜け、街の奥へと進んでいく。

人影がまばらになるにつれ、空気は少しずつ張り詰めている。


石畳は磨き上げられ、両脇には龍を象った彫像が並び立つ。

その眼差しは鋭く、進む者を見極めるかのように俺達を見下ろしていた。


やがて高い城壁に囲まれた巨大な門が姿を現す。

その門には龍の紋章が刻まれ、淡い光の揺らめきが表面を走っている。

まるで結界そのものが息づいているかのようだった。


門前には武装した兵が控えていたが、白龍の守り人の姿を見るや否や静かに頭を垂れ、道を開いた。

彼女が一歩進むと、門に刻まれた紋章が淡く輝き、結界が解かれる。

その瞬間、空気ががらりと変わった。

街の喧騒が遠ざかり、ひんやりとした静寂と荘厳な気配が辺りを支配する。


「…ここから先は、龍に仕える者と許された者しか足を踏み入れることはできません」

守り人の言葉に、思わず背筋が伸びる。

俺達はその結界をくぐり、白龍の待つ神域へと足を踏み入れた。


――その瞬間、世界が変わった。


街の喧騒は完全に消え去り、風の音すら吸い込まれたかのような静寂が訪れる。

結界の向こうに広がっていたのは、深遠な森と清らかな水の流れ、そして天空へと聳える純白の神殿。

荘厳で冷ややかな空気が肌を刺し、思わず息を呑む。


人の世を離れたその空間は、まさに龍のために存在する聖域だった。


石畳は大理石で敷き詰められ、光を受けて淡く輝いている。

その先に聳え立つのは、白亜の神殿。

高く伸びる円柱がいくつも並び、天へと吸い込まれるように伸びるその姿は、まるで天空と地を結ぶ橋のようだった。


壁面や柱には精緻な龍の彫刻が施され、祈りを捧げる人々の姿はなくとも、荘厳な気配が辺りを満たしている。

静謐で清浄な空気が漂い、踏み込んだ瞬間から、体の奥底まで澄み渡るような感覚に包まれる。


仲間の誰もが言葉を失っていた。

ただ、歩みを進める靴音だけが、広大な神殿回廊に響いていく。


大理石の回廊を抜けると、視界が一気に開けた。

そこには広大な謁見の間が広がり、陽光が天窓から降り注いで空間を満たしていた。

奥にはひときわ高い壇上があり、その上に純白の玉座が据えられている。


そして、そこに彼女はいた。

玉座に座すその女性は、まばゆいまでの純白に包まれている。

長く流れる髪は雪のように白く、陽光を受けて淡く輝く。


その顔を上げた瞬間、黄金に煌めく瞳がこちらを射抜く。

深い理知と威厳を宿したその眼差しは、見返すだけで胸の奥に震えを走らせるほどだった。


背には純白の翼が広がり、羽ばたかずとも神殿の空気を揺るがすほどの気配を放つ。

腰の後ろからはしなやかな白き尾が流れ、王者の証のように堂々と揺れている。

そして額からは滑らかに伸びる白い角が二本、天を指すようにそびえていた。


その姿は人の形をとりながら、龍の威容そのもの。

清浄なる威厳と神秘を纏い、ただ座しているだけでこの場のすべてを支配していた。

息を呑む俺達を前に、彼女はゆっくりと口を開いた。


「……ようこそ。遠き旅路を越えて来た者達よ。待っていました」


声は澄み渡りながらも不思議と柔らかく、広間全体を包み込むように響いた。

その瞬間、仲間の誰もが肩の力を抜き、わずかに安堵の息を漏らした。

女神のように気高く美しい存在が、確かに自分達を迎え入れてくれている――そう感じさせる声だった。


そして、黄金の瞳がふとこちらに向けられる。

その刹那、俺の胸に強いざわめきが走った。

どうやら、この場に招かれた本当の理由は、俺自身にあるらしい。


白龍は静かに立ち上がり、玉座の前に一歩進み出る。


「…私は白龍――六龍の一柱にして、この国を護る者」

思わず背筋を正しながら、俺も名を告げる。


「カケルといいます」

白龍の瞳がわずかに柔らかくなる。


「カケル、どうか恐れることはありません。私は人の世に寄り添う龍。ここにいるのは、皆を見守るためなのです」

その言葉に、胸の緊張がほんの少しほどけた気がした。

神話に語られる絶対者が、こうして穏やかに語りかけてくれる事実が、むしろ信じられなかった。


「本当の姿をお見せできなくて、ごめんなさいね」

白龍はふっと微笑みを浮かべ、裾を揺らしながら言った。


「本当の姿…ドラゴンの姿ってことですか?」

俺は思わず首を傾げる。


「ええ。私達六龍は本来、天を覆うほどの身を持つ存在。

けれど魔王アビスの力には抗えず、今はこの人の形でしか在れないのです」


その声音はあくまで柔らかく、けれど奥に悔しさを滲ませていた。

言われて初めて、俺は周囲を見回した。

天井は遥かに高く、柱一本すら巨人の腕ほどの太さ。

白亜の神殿全体が、今の白龍の姿には不釣り合いなほど巨大だった。


なるほど。この神殿は、人の形の白龍のためではなく、本来の“龍”の姿に合わせて造られたものなのか。

そう気づいた瞬間、胸の奥にぞくりとした感覚が走った。

目の前の優雅な女性が、本来は天地を揺るがす存在であることを実感させられたからだ。


白龍は俺達を見渡し、静かに言葉を紡いだ。

「…我々六龍の話は、すでに我が守り人から大まかに聞いたと思われますが――」


その言葉に合わせるように、白龍は隣に控える守り人へとわずかに視線を向ける。

守り人はその黄金の瞳を受け止め、静かに頭を垂れた。

言葉を交わさずとも通じ合うその仕草には、揺るぎない絆と忠誠が垣間見える。


そして白龍は再びこちらへ視線を戻し、続けた。

「赤龍は炎を、青龍は水を、黄龍は大地を、緑龍は緑を、黒龍は夜を司り、この大陸に均衡をもたらしてきました」


白龍はそこで一息つき、静かに目を閉じる。

やがて再び黄金の瞳を開き、柔らかく、しかし揺るぎない声で告げた。


「そして私は、人と龍の歩みを繋ぐ役目を担ってきたのです。人が安寧を得られるよう、龍達が道を誤らぬよう…その橋渡しをすることが、私の務め」


その言葉は荘厳でありながらも、温かく胸に響いた。

六龍の中でただ一人、彼女が人に寄り添う存在であることがはっきりと伝わる。


「…けれど、その均衡は揺らぎつつあります」

その静けさの中で、彼女の声音は低く、しかし澄んだ響きを持って続いた。


「…今、人と龍の在り方をめぐる意見は裂けているのです」

白龍の黄金の瞳がわずかに陰を帯びる。


「赤龍と黄龍は人との距離を保つべきと主張し、青龍と緑龍は歩み寄りを重んじています」

その声は落ち着いていながら、広間に重い緊張を広げていった。


「ですが、黒龍はそのどちらにも背を向け、会合にも姿を見せず…ただ沈黙を続けているのです」

最後の言葉は、深い静寂を連れて広間に落ちた。

仲間達は思わず息を呑み、俺も胸の奥に冷たいものを感じる。

均衡を崩す“欠けた一角”の存在が、いかに大きな不安定を呼ぶかを悟ったからだ。


白龍の声は、静謐でありながらどこか震えを帯びていた。

「…黒龍はただ沈黙しているだけではありません。

あの闇は、時に自らの理をも超えて暴走し、人も龍も区別なく呑み込むのです」


その声が広間に落ちた瞬間、空気が一変した。

凍りつくような緊張が走り、胸の奥を冷たい手で握られたような感覚に襲われる。


「…他の龍がいかに意見を違えようとも、それはまだ“理”の上に成り立つ議論。

ですが黒龍は、理そのものを踏み越え、無秩序をもたらす存在。

あの闇が目覚めれば、人と龍の間に亀裂が生じるどころか…大陸そのものが崩壊に向かうでしょう」


白龍の黄金の瞳が、真っ直ぐに俺を射抜いた。

その眼差しは柔らかさを含みながらも、逃れようのない重さを帯びている。


「だから――あなたの力を借りたいのです」


「俺の?でもどうやって…」


思わず問い返す。胸の奥がざわつき、言葉の端に戸惑いが滲んだ。

俺の力が、この場に持ち込まれるなんて考えもしなかったからだ。


白龍は揺るぎない声音で告げる。


「少々荒療治ですが…黒龍と戦ってほしいのです」


「黒龍と…!?」


息が喉に引っかかる。広間の空気が一瞬で張り詰め、背中を冷たい汗が伝った。


「ええ。倒すまで行かずとも、弱らせられれば、私が黒龍を封印します」


「そんな無茶です!」


リリアが思わず声を張り上げた。

その細い肩は震え、きつく握りしめた拳に爪が食い込んでいる。

彼女の瞳には、ただ恐れではなく、俺を案ずる強い感情が宿っていた。

だが白龍は揺らがない。


「案じなくてもいい。貴方のその力があれば、黒龍と拮抗できるでしょう」


「…俺の力を…ご存じなのですか?」


声が低く、自然と震えを帯びていた。


「この大陸に貴方が来た時点で、私はあなたと、その力の存在を感知していました」

白龍の淡々と語られるその言葉に、背筋が冷たくなる。

まるで全てを見透かされていたかのようで、胸の奥がざわめいた。


白龍は一瞬だけ息を整え、空気がさらに重く沈む。


「それほど強大な力なのです。なぜなら――」


黄金の瞳がひときわ強く光を放ち、言葉が鋭く刻まれる。


「…おそらく、その力は先代魔王の力なのです」


「先代…魔王?」

俺の声はかすれていた。頭の奥で鐘が鳴るように混乱が広がり、心臓が大きく脈打つ。


「っ……!」

リリアは小さく息を呑み、顔を強張らせる。

その視線は俺に寄り添うようでいて、同時に恐怖と葛藤が入り混じっていた。

彼女だけは、この言葉の意味と重さを即座に理解したのだろう。


広間を覆う沈黙は、嵐の前触れのように重苦しく、誰一人として軽々しく息を吐けなかった。


「先代魔王とは――アビスの前に君臨していた存在。

その身に溢れる闇で、この世を破壊と混沌に陥れようとしていました」


言葉が広間に落ちるたびに、胸が冷たく締めつけられる。

この世界を破壊しようとした存在の力…それが、俺の中にあるというのか。


「けれど、先代魔王も最後には討たれました…にも関わらず、その残滓がこうして形を成しているのです」

ほんの一瞬ためらいを見せた後、白龍は静かに言葉を続けた。


「…魔王アビスもその正体に薄々気づいているでしょう。敢えて、泳がせているのかもしれません」


「なっ…!どうして、そんなことを…!」

思わず声が震えた。喉の奥から掠れた言葉が漏れ、胸の奥に冷たいものが広がっていく。


「泳がせるだと…!?じゃあ、アビス様は最初からカケルを――」

ライアは腰の剣に無意識に手をかけ、目を鋭く光らせる。


「そんな…まるで、獲物を試すみたいじゃない…」

セレナは目を見開き、唇に手を当てながら震える声を漏らす。


エリシアは沈痛な表情で視線を伏せ、言葉を飲み込んでいる。


「…魔王め。遊戯のように命を弄ぶのか」

ヴァネッサでさえ、普段の余裕を失い低く唸る。


広間の空気はさらに張り詰めていく――その時だった。


「ちがう!アビス様はそんな方じゃない!…きっと何か考えがあってのことよ!」

鋭い声が広間に響いた瞬間、場が凍りついた。

先ほどまで口々にアビスを非難していた仲間達が、一斉にリリアへと視線を向ける。


ライアは拳を握ったまま固まり、驚きに目を見開いた。

セレナは険しい眉を寄せ、言葉を飲み込むように唇を噛む。

ヴァネッサでさえ静かに目を細め、エルザとエリシア、トーラもただ驚きに沈黙する。

仲間達の戸惑いが渦を巻き、彼女の声の重みを際立たせていた。


その視線を一身に受けても、リリアは一歩も退かない。

真っすぐに俺を見つめるその瞳には、怯えも迷いもなく、ただアビスを信じる確かな意志だけが宿っていた。


沈黙が落ち、広間はさらに異様な気配に包まれていった。


「…皆、気を静めなさい」

白龍澄んだ声が響き渡り、広間の空気が少し和らいだ。


「これはあくまで、私の推測の域を出ません。確たる証があるわけではないのです」

その言葉は冷静で、同時に絶対的な威厳を帯びていた。

感情で揺れていた場が、一気に理に引き戻されていく。


――リリア。

さっきの叫びは、抑えきれず口を突いて出たものだったに違いない。

その震えが、胸に鋭く残っている。

彼女がアビスに抱く想いの深さを、俺は改めて思い知らされた。


俺にはまだ、その絆の深さも過去も分からない。

それでもリリアの想いに寄り添うなら、アビス様のことも信じてみたい。

そんな気持ちが、静かに胸の奥に芽生えていた。


白龍は再び玉座から一同を見渡し、言葉を継ぐ。

「…だからこそ、あなたの力が必要なのです、カケル」


その一言の重みが胸に沈み、息が詰まる。

きっと黒龍との戦いは苛烈を極めるだろう。

その時、俺の中の“闇”がまた抑えきれなくなるかもしれない。


そんな恐怖が脳裏をよぎる。

もし暴走すれば、仲間達すら傷つけかねない。

足がすくむような想像が、心臓を強く締めつけた。


けれど、この大陸を守れるのは、自分しかいないのかもしれない。

リリアをはじめ、共に歩んできた仲間を、そしてこの国を護るために。


「…分かりました」

声は震えていたが、確かな意思を込めた。


「やります。黒龍と戦います」


その瞬間、仲間達が一斉にざわめいた。

しかしそのざわめきを、ひときわ鋭い声が裂いた。


「カケル!ダメよ!」

リリアの声は誰よりも切実だった。

その瞳は揺れ、今にも縋りつきそうなほどの強い不安を宿している。


一瞬、胸が揺れる。

それでも――俺は笑みを作ってみせた。


「大丈夫さ。俺には、皆がいるから」

仲間達に視線を巡らせ、最後にリリアをまっすぐ見据える。

リリアの瞳が揺れ、言葉を失う。

それでもその奥に、小さな光が灯ったように見えた。


白龍はその様子を静かに見守り、ゆっくりと口を開く。

「決意を示してくれたこと、感謝します」

その瞳に宿る光は、理の厳しさを失わぬまま、彼の決意を受け止める温かさを帯びていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ