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凍てつく大地と精霊の息吹②

登場人物

カケル

種族:人間

主人公。異世界に召喚された青年。


リリア

種族:サキュバス

魔王アビスの側近。カケルの監視役でもあり案内役。


セレナ

種族:メデューサ

アインベルグ魔法学院を主席で卒業し、主に攻撃魔法を得意とする。


ヴァネッサ

種族:ヴァンパイア

とある古城に独り住んでいた。幻術・護身術を得意とする。


ライア

種族:リザードマン

流浪の剣士。エルザとは幼馴染。


エルザ

種族:サイクロプス

鍛冶職人。ライアとは幼馴染。


エリシア

種族:エルフ

精霊と心を通わせたり、精霊の力を行使できる。


トーラ

種族:ミノタウロス

ヴァルハールの町の自警団に所属。肉弾戦が得意。

翌朝。目が覚めて、まず最初に窓の外を見た。

吹き荒れていた雪は止み、空は薄曇りながらも、視界はしっかりと開けていた。

風も弱い。これなら、外に出ても問題なさそうだ。


「…ようやく、だな」

そう呟いて身支度を整えると、部屋を出て仲間達の様子を確認する。


セレナもライアも、まだ本調子とまではいかないが、動ける程度には回復していた。

特にセレナは、熱が下がったのか、少しだけ肩の力が抜けているように見えた。


「二人共、もう大丈夫なのか?」

俺が問いかけると、セレナがこちらに視線を向け、ふっと小さく息を吐いた。


「なんとかね。このまま寝てても仕方ないし、行きましょ」

セレナは無理している様子はなく、いつもの彼女らしい強気な口調に戻ってきている。


その隣で、ライアが腕を組みながら少し眉をひそめた。

彼女の頬に残る赤みが、骨身に染みる寒気によるものか、体調の余波かは判断がつかない。


「だけど油断はできない。私達の身体は冷えやすいんだから」

その声には、自分だけでなくセレナを気遣うような、どこか姉のような響きがあった。


「わかった。無理だけはしないようにな。何かあったらすぐ言ってくれよ」

今はとにかく、女王に会って、この雪の都で起きている異変の手がかりを掴むことが先決だ。


◇ ◇ ◇


朝の光が雪の街を柔らかく照らしていた。

昨日の吹雪が嘘のように、今日は空が晴れている。

空気は冷たいままだが、視界を遮る霧や雪煙はなく、遠くの建物までくっきりと見渡せた。


俺達は宿を出て、ゆっくりと城のある方角へと歩き出す。

踏み固められた雪の道を、キュッキュッと足音を立てながら進んでいく。


「…人の姿がまばらだな」

思わず口に出た言葉に、リリアがすぐ横で微笑を浮かべた。


「昨夜は雪がひどかったもの。まだ家から出てない人が多いのかもしれないわね」

朝だからか、通りを歩いている人の数は少ない。

それでも、建物の隙間からは煙突の煙がゆるやかに立ち上っていて、どこか人の暮らしの気配を感じさせる。


家々の屋根は雪に覆われ、まるで白い帽子をかぶっているみたいだった。

街を歩いていると、広場の一角に、大小さまざまな氷の彫刻が並んでいる。

子供の背丈ほどのものから、人の背を超える大作まで、どれも繊細な造形で、

透明な氷が朝の光を受けて、まるで宝石のように煌めいている。


「…これ、手作りでしょうか」

足を止めたエリシアが、そっと小さく息を呑んでそう呟いた。

目の前には、氷で作られた花冠を頭に載せた鹿の像があった。

脚の筋肉や首のカーブ、瞳の表情に至るまで、まるで本物の生き物のような生命感が宿っている。


「すごい…これ、どうやって削ったんだろ。氷なのに、毛並みまで表現されてる」

エルザが感嘆の声を上げ、像に近づいてその輪郭を眺め

る。彼女の単眼がわずかに見開かれているのがわかる。

感情をあまり表に出さない彼女が、素直に感動を示しているのは珍しかった。


「精霊の力を借りてるのかもな。魔法で温度を保たないと、すぐ溶けるだろうし」

そう俺が言うと、エリシアはこくんと頷いてから、ふと俺の方を見て微笑んだ。


「きっと…この都に住む方々の、祈りや願いも込められているのかもしれませんわね」

その言葉に、俺はもう一度氷像に目を向けた。

――こんな寒さの中で、こんなにも温かいものが残されている。

それが、この都の持つ“力”なのかもしれない。


◇ ◇ ◇


雪原の冷気が吹き込む中、白銀の城壁が眼前に聳え立つ。

城門は白銀の装飾が施された堅牢な造りで、二人の門番が脇に控えていた。

こちらに気づいた瞬間、鋭い視線が走る。


「止まれ。要件を述べよ」

凛とした声が響いた。年配と思しき門番が、槍を軽く構えながら言う。


俺は一歩前に出て、はっきりと声を張った。

「俺達は、女王陛下に御目通りを願いたい。事情があるんだ」


一瞬、空気がピンと張り詰める。すると隣の門番が訝しげに眉を寄せた。

「貴様ら、旅の者だな?身分証も通達もない者が、容易く謁見できるとでも?」


……やっぱり、そう簡単には通してもらえないか。


「まぁ、案の定って感じだな」

トーラが苦笑まじりに呟いた。

俺も内心同意しつつ、どう切り返すべきかと考える。

すると、隣で声が上がった。


「あの!」

エリシアだった。前へ進み、真剣な瞳で門番を見つめる。


「この国の精霊の加護が弱っていると耳にしました。私は精霊達の声が聞こえます。お力添えになれるかと…」

その言葉に、門番達が顔を見合わせる。年配の方の男が思わず呟いた。


「なんだと……?」

動揺が見て取れた。エリシアの言葉には、それだけの説得力があったのだろう。


「ええ、俺達は旅人ですが、決して怪しい者ではありません」


門番はしばし黙り込み、じっとこちらを見つめていたが――やがて、肩の力を抜き、小さく頷いた。

「…話はわかった。だが、我らに判断する権限はない。責任者を呼ぶので、しばし待たれよ」


そう言うと、彼は背後の通路へと駆けていった。

俺達は顔を見合わせ、小さく息をつく。どうやら、突破口は開けたらしい。


しばらくすると女性の姿が門の奥から現れた。

淡い蒼の外套に身を包み、背筋の伸びた立ち姿と、冷静なまなざしで

城の高位の者であることは一目で分かった。


「あなた方が旅の一団ですね。…何か要件が?」

彼女の声もまた、澄んだ空気のようで、それでいて芯があった。

俺は一歩前に出て、軽く頭を下げた。


「はい。俺達はこの都を越えて、先に進もうと思っています。

ですが道中、吹雪は酷く、今のままじゃ旅を続けるのは難しいと思いました」


女性の眉がわずかに動いたが俺は話を続けた。


「そこで、ある話を耳にしたんです。精霊の加護が弱まっている……と。

もしそれが本当なら、その原因と、解決の手がかりを俺達で探れるかもしれない」


言葉に力を込めながら、俺は女性の瞳を真っすぐ見つめた。


精霊の加護が薄れれば、自然の流れも乱れ、吹雪のような現象が頻発してもおかしくない。

もしそれを解き明かせれば、俺達の旅路にも道が開けるはずだ。

ここで立ち止まっているわけにはいかない。


「だから、協力させてほしいんです。俺達の旅路の足掛かりにもなるので。どうか」

そう言い切って、俺は頭を下げた。

静寂が落ちる。冬の冷気とはまた違う、張り詰めた緊張が場を包んでいた。

しばしの沈黙ののち、女性はゆっくりと口を開いた。


「…事情は、よくわかりました」

その声は柔らかくも、どこか凛とした芯のあるものだった。


「では、こちらへ。女王陛下のもとへ案内いたしましょう」

促されるまま、俺達は雪の積もる中庭を抜け、城内へと足を踏み入れる。


堅牢な石造りの回廊は、沈黙に包まれながらも、どこか神聖な雰囲気を漂わせていた。

時折、壁にかけられた氷の彫刻や、精霊を象ったステンドグラスが目に入る。


数人の衛兵に付き添われながら、やがて辿り着いたのは、荘厳な扉の前。

その扉が、ゆっくりと開かれる。

中に広がっていたのは、氷と光に彩られた謁見の間。

冷たい白と蒼の中に、まばゆい金の装飾が浮かび上がる。


そして、その中央――高座に佇む一人の女性がいた。


白銀の長髪がきらめき、氷のように透き通る蒼の瞳が、穏やかな光を湛えながら俺達を見つめていた。


その身を包むのは、雪を思わせる白と薄いブルーの優雅なドレス。

頭には雪の結晶を模した繊細なティアラが輝き、

その姿はまさに“氷雪の都を統べる女王”と呼ぶにふさわしい気品を纏っていた。


「ようこそ、旅の方々。私はシェリザーンを治める者、イゼリア・フロステアと申します」

優しくも澄んだ声が広間に響く。


「あなた方が我が都の門前にて、緊急の願いを申し出たと聞いております。……どうか顔を上げてください」

促され、俺達はゆっくりと顔を上げた。

そして、門前で告げたのと同じ内容を、改めて女王の前で簡潔に伝えた。

俺の言葉に、女王はそっと目を伏せた。沈黙が一拍。


「…やはり。もう外にも、広がってしまっているのですね」

柔らかに目を開けた女王は、再び俺達へと視線を向ける。


「これ以上、民に不安を募らせるのはよくありませんね」

女王はゆるやかに視線を巡らせる。その瞳にはわずかな翳りが宿っていた。


「あなた方が耳にした通り、この国やその周辺は“氷雪の精霊”の加護によって寒さから守られています」


言葉とともに、玉座の背後に飾られた氷結の紋章が、穏やかに煌めく。

凍てつく地にあってなお命を繋げるのは、加護あってのこと――それを象徴するかのようだった。


「私達は代々、その加護を受けるために日々、感謝を捧げ、精霊を讃える儀式や祭事を欠かさず行ってきました」

女王の声に、一点の迷いもない。

それは民を導く者としての覚悟であり、長きにわたり伝え守ってきたものへの誇りでもあった。


「……ですが、ここ数年。精霊はそれに応じなくなっているのです」

重く慎ましい口調に、謁見の間の空気が張り詰めた。

女王はわずかに顔を上げ、俺達を真正面から見据える。


「どう祈っても…どう語りかけても…冷たい壁の向こうから、返事が来ることはありません。

都を包む加護も乱れ始め、外気との境界が、徐々に蝕まれているのです」


言葉を紡ぐたびに、女王の声には苦悩が滲んでいた。

それは、長く国を見守ってきた者だけが抱える重責の色だった。


「…私達はこの異変には、何かしらの外的な原因があるのではないかと、そう考えているのです」

やがて女王は、視線を俺達に向け直す。


「…あなた方の中に、精霊と言葉を交わせる者がいると聞きました」

女王の問いかけに、少しの間を置いて、エリシアが一歩前に出た。


「エリシアと言います。私は精霊達と意思の疎通ができます」

女王は頷くと、エリシアを見つめて言葉を継いだ。


「では、まず貴女に、氷雪の精霊の声を聞いていただけますか?

加護が薄れた理由、その兆しでも構いません。何か、手がかりがあるはずなのです」


そのまま女王の手招きで、俺達は王宮の奥にある『祭壇の間』へと案内された。


そこは、厳かな空気が満ちる静謐な空間だった。

中央には祭壇があり、その上には雪花を象った古代の聖紋が刻まれていた。


俺達が見守る中、エリシアは一歩前に進み、祭壇の前に膝をついた。

祈るように胸の前で両手を重ね、ゆっくりと目を閉じる。


……息を呑むほど、絵になる光景だった。

しばらくの間、誰も声を発さなかった。

女王も黙したまま、彼女の様子を見守っている。


エリシアのまなざしは閉じられているのに、

どこか遠く、俺達には見えない、深く静かな世界を見ているような感覚を覚えた。


やがて、彼女の肩が、ほんのわずかに震えた。


「……っ」

低く、かすかな声が漏れる。言葉というより、ため息のようなものだった。

それでも、彼女は祈りを解かない。ただ一心に、耳を澄ませている。

だが、どうやら明確な言葉を得られたわけではないらしい。


エリシアがゆっくりと目を開き、こちらを振り返る。

そこには疲労の色と、言い知れぬ感情の揺らぎが浮かんでいた。


「…声は、届いてきましたわ。けれど、はっきりとは…。ただ…とても、深い悲しみが、胸の奥に…」

その呟きに、場の空気が僅かに重くなる。

女王は目を伏せ、しばらく沈黙した後、口を開いた。


「…やはり、ここでは限界があるようですね」

その声音には、確信と迷いが入り混じっていた。


女王は立ち上がり、窓の外に広がる白銀の世界へと視線を向ける。


「……仕方ありません。最終手段を取るべき時が来たようです」

彼女は振り返り、皆に向かって口を開いた。


「この都から北へ向かった氷祠――そこに、氷雪の精霊が深く宿っていると言われています。

加護が薄れた今、そこへ赴き、直接声を聞く他ありません」


だがその口調に、期待よりもためらいが色濃く滲んでいた。


「…とはいえ、これまで何人も向かわせましたが、戻ってきた者はおりません。決して、軽く向かえる場所ではないのです」


淡々と語られるその事実に、重たい沈黙が落ちる。

命を懸けることになる。その意味は誰の胸にも届いたはずだ。


沈黙を破ったのは、エリシアだった。

その声音には、揺るぎない決意が宿っている。


「…女王陛下、私に氷祠への旅をお許しください」

控えめながらもはっきりとした口調でそう告げる彼女の姿は、いつもより逞しかった。

彼女の瞳は、どこか遠くを見据えているようだった。


「私自身、精霊の声を受けて…何かしらの責任を感じずにはいられないのです。このまま何もしないでいることは…できません」


その言葉には、迷いの影はなかった。

誰よりも精霊との繋がりを重んじてきた彼女だからこそ、その声に応えずにはいられない。

そんな想いが、痛いほど伝わってくる。


女王は、しばしエリシアを見つめた後、侍従に目配せをした。

侍従が小さな箱を抱えて進み出る。

蓋が開かれると、中には雪の結晶を象った彫刻が施された小ぶりのハープが収まっていた。


「これは我が一族が代々守ってきた“精霊のハープ”です。これがあれば、精霊との対話の助けになるでしょう」


女王は両手でそれを持ち、エリシアに差し出した。


「貴女の力と心があれば、精霊に声が届くはずです」


「…ありがとうございます。必ずやり遂げて見せます」

エリシアは驚いたように目を見開き、やがて両手で大切そうにハープを受け取った。

そして彼女はそのまま、こちらを振り返る。


「…カケルさん。どうか私に、行かせてくださいませんか?」

その声は、震えているようにも聞こえた。

けれど、それは恐れからではない。


己の願いが受け入れられるかどうか、その一点に全てを懸けたような、切実な祈りのような響きだった。

俺は、答えを出すのに一瞬も迷わなかった。


「ああ、いいさ。…俺も一緒に行くよ」

俺の言葉に、エリシアは目を見開き、そして、ふっと柔らかく微笑んだ。


「ありがとう、ございます…」

わずかに震える声。その奥には、安堵と感謝、そして決意が滲んでいた。


「…勇気ある申し出に、感謝いたします。あなた方がその旅に出るというのならば、我々も可能な限りの支援を致しましょう」

女王の表情は、冷ややかなまでに整っていたが、声に込められた想いは確かなものだった。


「どうか…精霊の元に届いてください、この想いを」


雪の都の女王が、その願いを託すように祈りを込める。

室内に漂う空気が、どこか厳かに変わったような気がした。

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