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凍てつく大地と精霊の息吹①

登場人物

カケル

種族:人間

主人公。異世界に召喚された青年。


リリア

種族:サキュバス

魔王アビスの側近。カケルの監視役でもあり案内役。


セレナ

種族:メデューサ

アインベルグ魔法学院を主席で卒業し、主に攻撃魔法を得意とする。


ヴァネッサ

種族:ヴァンパイア

とある古城に独り住んでいた。幻術・護身術を得意とする。


ライア

種族:リザードマン

流浪の剣士。エルザとは幼馴染。


エルザ

種族:サイクロプス

鍛冶職人。ライアとは幼馴染。


エリシア

種族:エルフ

精霊と心を通わせたり、精霊の力を行使できる。


トーラ

種族:ミノタウロス

ヴァルハールの町の自警団に所属。肉弾戦が得意。

――雪が、横殴りに吹きつけていた。

地平を覆う白銀の世界。その中を、俺達は前へと進んでいた。


目を開けているだけで、視界が霞む。

唇はすでに感覚がなく、皮膚を裂くような冷気が、骨の芯まで染み込んでいく。

けれど、それでも歩を止めるわけにはいかない。


「…はは、これが“雪原地帯”かよ。冗談、きついな…」

分厚いフードの隙間から、容赦なく吹き込んでくる氷風に俺は苦笑するしかなかった。


視界はほとんど真っ白。

前を歩く仲間の姿も、数歩先で霞んで見えなくなるほどだ。

雪の粒が小さくて細かい分、風に乗って肌に突き刺さってくる。

服の隙間に忍び込んだ氷針のような感覚が、じわじわと体温を奪っていく。


「っ、くそ……凍える……」

後ろから漏れた声に、振り返る。

肩をすぼめ、唇を青く染めたライアが、体をこわばらせてフードの中で顔を隠していた。

鱗で覆われた体も、こんな極寒の環境には適していないらしい。


ライアの呼吸は荒く、尾も足もすっかり力を失って雪を引きずっている。

冷え切った体をエルザの片腕で支える姿は、どこか痛々しかった。


「だ、大丈夫か、ライア?」


「だいじょ、ぶ…じゃないけど、歩ける。止まったら…余計まずい…」

それでも前を睨む瞳に、戦士としての気概が宿っている。

無理はしてほしくないが、ここで立ち止まるのも危険だ。


「もう少し…踏ん張って」

エルザがライアの腕を抱きかかえるようにして歩いている。


「うぅ…も、もう凍っちゃいそう…」

前方から、弱々しい声が重なる。

セレナが蛇の髪を身に巻きつけるようにして、ぶるぶると身を縮めていた。

凍りつく風にさらされるたび、蛇達が嫌がるように顔をしかめる。


セレナは顔色を青白くし、眉を寄せながらも、かろうじて両手の先に炎の魔法を灯していた。

小さな焔がぱちぱちと弾け、辛うじて自らの凍傷を防いでいる…けれど、限界は近いのが明らかだった。


「しっかりして!もうすぐ着くはずだから!」

リリアは、そんなセレナの肩を支えながらゆっくりと足を進めていた。


「皆しっかりとアタイについてくるんだよ!」

前方では、トーラがまるで自分には寒さなど関係ないとでも言うように、堂々と雪を踏みしめていた。

息が白く立ち上っても、まるで気にも留めていない。

筋肉質な背中が頼もしく、自然とその後ろ姿を目指して進みたくなる。

頼れる姉御肌という言葉がここまで似合うやつも、なかなかいない。


一方でエリシアは、厚手の防寒ケープを纏いながら、歯を食いしばるようにして耐えていた。

彼女の小柄な身体は風に煽られやすく、ケープの端を何度も抑えながら歩いている。

けれど、その目には凛とした光が宿っていた。


「…もう少しです。皆さん頑張りましょう…」

希望を手放さぬよう、皆を鼓舞してくれている。そんな声だった。


そして俺の服の中では――

「…ぶるぶる…ここなら…ま、まだ…まし…だぞ…」

胸元から、小さなか細い声が聞こえた。

ヴァネッサが小さなコウモリの姿となり、俺のインナーとジャケットの隙間に潜り込んでいた。

体温を分け合うように、彼女はかすかに羽を痙攣させながらきゅっと閉じている。


「…そのまま凍られると俺も困るからな。もうちょい、耐えてくれよ」

そう囁くと、ヴァネッサは薄く目を開き、かすかに頷いた気がした。


俺達は、グランツォル山脈のドワーフ達から聞いた“雪国の都”を目指していた。

どこかに、山岳を越えた先に存在すると言われた、白銀の都。

だが、雪の咆哮に視界を奪われ、地図も意味をなさない状態だった。


(…とにかく、都までたどり着けば…)

今はその思いだけを胸に、俺達は歩を進めていた。


…正直、皆限界だった。これ以上進めば、本当に誰かが倒れる。


「…誰か、助けてくれ!!」

俺は足を止め、叫んだ。


「はぁい♪」

風にかき消される覚悟だったが、どこかのんびりとした声が、白い雪壁の向こうから返ってきた。


「えっ――?」


次の瞬間、白い雪の壁をかき分けて現れたのは…もふもふの毛皮に覆われた、大柄な女性達だった。

全員が雪のように白く、丸みを帯びた体つきで、厚手の装束を纏っている。

だが、その表情はどこか柔らかく、のほほんとした雰囲気を纏っていた。


「人間さん達、珍しいねぇ。…って、あらら?この子達、凍えかけてるよぉ?」


「よしよし、私達が温めてあげるからね~」


「ちょっと担ぐよ~。重くない重くないっ」


彼女達は躊躇なく近づいてくると、セレナとライアを軽々と抱え上げた。

まるで綿毛のような温かさと柔らかさが、見るからに伝わってくる。


「…き、君達は…?」


「私達?イエティ族だよ~。このへんに住んでるの。ふわもこ万歳~ってね」


「さ、こんなとこでじっとしてたら凍えちゃうから。あったかいところ、案内してあげる」


「…ついてきて~。迷ったら危ないよぉ?」


空気が一変した。冷たく乾いた氷嵐の中に、ほんのわずかな温もりが差し込んだ気がした。


「…ありがとう」


イエティ達はのしのしと雪を踏みしめて進んでいく。

その背を見て、俺達は言葉にならない安堵を感じていた。


やがて、吹き荒れる雪嵐の向こうに白く霞む影が見えた。

高くそびえる氷の城壁、その隙間から仄かな光が漏れている。


「あれが…都、か…?」

そう呟いた瞬間、彼らの前に現れたのは、雪に包まれた巨大な門だった。


雪原の果てに築かれた都シェリザーン。

門の下で守備にあたる兵士達も厚手の外套をまとい、顔をこわばらせている。


イエティ達は顔なじみらしく、何やら簡単なやり取りの後、すんなりと通してもらえた。

都の門をくぐった瞬間、肌を刺していた風が和らぐのを感じる。


「…あったか…いや、そうでもないか?」

確かに外よりは暖かい。

雪の代わりに凍てついた石畳が足元に現れ、街灯には氷を纏った光の精霊がちらついている。

けれど、それでも寒さは残っていた。

まるで、かつてここを満たしていた温もりが、何かに遮られているかのような――そんな感覚。


「本当なら、もっとあったかいはずなのになぁ~。最近、冷えがひどくってね~」

イエティの一人が、雪に埋もれた耳をぴょこっと動かしながら呟いた。

――この都にも、何かが起きている。

俺は、抱えられている仲間達を見ながら、胸の奥にわずかな不安を覚えた。


イエティ達は、のんびりとした笑顔を浮かべながら俺達を宿屋まで案内してくれた。

雪をものともしない彼女達の足取りは力強く、それでいてどこか優しさを帯びていた。


「ほんと助かったよ。君達がいなかったら、全員倒れてたかもしれない」

俺がそう言うと、彼女達は顔を見合わせて笑い、ぽんぽんと自分の胸を叩いた。


「困ってる子たちは、ほっとけないもんねー!」


「そうそう、雪山のおもてなし~!」


明るく手を振る彼女達を見送り、俺達はようやく一息つける宿へと入った。

中は暖炉が焚かれており、ほんのり木の香りが漂っている。

けれど、それでもどこか、冷えが完全には取れない気がした。

温かいはずなのに、芯の奥が冷えているような感覚が、じわりと残っている。


宿屋の一室。薪ストーブの音が静かに響く中、俺達はようやくひと息ついていた。


「セレナ、ライア、大丈夫か!?」

急いで二人をベッドに横たわらせる。


「…ちょっと…気を抜いたら、足が…動かなくて…」

「クソ…ふざけんなよ、こんなんで…私が…」

顔色はだいぶ良くなってきたが、どちらも意識はうつろで、無理をさせられる状態じゃない。


「無理すんな、今はとにかく休め」

俺は毛布をもう一枚、そっとかけてやった。


一方、ヴァネッサも黒いマントを脱ぎ、いつもの優雅な姿に戻っている。

さすがの彼女も、しばらくは黙って暖炉の前に腰を下ろしていた。

まるで、凍った血をゆっくりと溶かしているかのように。


他の皆もそれぞれ暖かい飲み物を手に、黙ってストーブの炎を見つめていた。

指先にぬくもりが伝わってくる。


「…まったく、一時はどうなるかと思ったぜ」

つい漏れた本音に、誰かがくすりと笑ったような気がした。けど、今はそれすら心地よく感じる。

無事にここまで来られた。ただ、それだけで、今は十分すぎる――そんな気がしていた。


コンッ…コンッ…


「失礼しますよ、皆さん…具合の方は、大丈夫ですかい?」

扉が控えめにノックされた。

顔を覗かせたのは、宿屋の店主夫婦だった。

年配の穏やかな雰囲気を纏った夫婦で、厚手のマントに身を包みながらも、その目元には柔らかい気遣いが宿っていた。


「…助かりました、本当に。あのままだったら、誰か倒れていたかもしれない」

俺が頭を下げると、店主は恐縮したように手を振った。


「いえいえ、あの吹雪の中を歩いて来たんでしょう?イエティ達のおかげですよ。無事で何よりでした。」


「この湯も、あったかくて助かったぜ」

トーラがマグカップを掲げて笑うと、女将が目尻を下げて微笑んだ。


「よかったら、お代わり持ってきましょうか?蜂蜜入りのミルクティーもありますよ」


「ありがたいな。皆も、もう少し温まろう」

毛布にくるまったままのセレナやライアが、ぴくりと反応する。


「それにしても…随分と冷え込みますね」

エリシアの言葉に、店主はふと遠くを見るような目つきになった。


「…ええ、最近は特に酷いんです。昔はね、ここまで冷えることはなかったんですよ」


「……?」


「この都シェリザーンは、もともと“雪の都”なんて呼ばれてはいるが、

本来はこんなにも冷え込む土地じゃないんだ。今の寒さは…どうも、おかしい」


「おかしい、って…自然現象じゃないってことですか?」

問い返した俺に、主人は軽く頷いた。


「寒波の異常、農作物の不作、各地での雪害。ここ最近、立て続けに起きていてな。

精霊の加護が弱まってるんじゃないか――そんな噂も、町の一部でささやかれてる」


「精霊の加護…?」

エリシアは、主人の言葉に反応し、何かに気づいたように顔を上げた。


「この都は昔から、女王と“氷雪の精霊”との契約によって守られてきた。

春のように穏やかな空気が流れ、雪国とは思えないほど暮らしやすい町だったんだ」


宿の主人は、どこか遠くを見るような目をしたまま、寂しげに息を吐いた。

それはため息というにはあまりにも柔らかで、まるで長年積もり重なった想いが、

ようやく外へと零れ落ちたかのようだった。


精霊の守り――この世界には、精霊って存在がちゃんといて、自然の理と深く繋がっている。

俺には実感はないけど、エリシアが話していた内容を思い出す。


「この異変の真相は、私達庶民にはわからない。

だが、もしかしたら…女王様なら、何かご存知かもしれん。城の中におられるはずだ」


主人の言葉に、場の空気がわずかに動く。


「じゃあ、その女王様に会ってみましょうか?」

リリアがそっと俺の顔を覗き込むようにして囁いた。


「…ああ。でも、それは明日だな。今日はこのまま、ゆっくり身体を休めよう」


外では雪がしんしんと降り続いていた。

白く霞む町並みの向こうに、薄暗い城の影がぼんやりと浮かんでいる。


俺は明日は晴れるのを祈ってカーテンをそっと引いた。

雪の都の夜が、静かに更けていった。

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