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剣に宿るは、ひとつの想い④

登場人物

カケル

種族:人間

主人公。異世界に召喚された青年。


ライア

種族:リザードマン

流浪の剣士。エルザとは幼馴染。


エルザ

種族:サイクロプス

鍛冶職人。ライアとは幼馴染。


トーラ

種族:ミノタウロス

ヴァルハールの町の自警団に所属。肉弾戦が得意。

鉱道の別の広間。

耳の奥で、自分の心音がうるさいくらいに響いていた。


「はぁ……っ、くそ、タフすぎだろあいつ……!」


私は額の汗を腕でぬぐいながら、一歩、踏み込み直す。

手の中の剣が重い。けど、それ以上に…目の前の“男”が、とにかく分厚すぎた。


岩山みたいな筋肉をした巨体。

肩から下げた鉄のハンマーが、さっき私の足元を抉った跡を残している。

あれをまともにくらったら、間違いなく、ただじゃすまない。


「なかなかやるじゃねぇか…ヒリつくぜ、こういうのよォ」

あの声もイラつく。勝ち誇ったような顔。鼻につく。

なのに、なんでだろうな…心の奥が、ちょっとだけ、燃えてる。


「エルザ、大丈夫か!」

ちらと横に目をやる。相棒のエルザは無言でうなずき、ハンマーを構え直していた。

彼女の単眼が、じっと敵を見据えてる。

その視線に、いつも助けられる。


「…問題ない。潰す」

「よし、そんじゃやってやろうぜ。あいつのその鉄面、へこましてやる!」


目の前の男が、ずしりと重い足取りで踏み込んできた。

あのバカでかいハンマーを振り上げて、一直線にエルザめがけて叩きつける。


「……!」


ガァン――ッ!


耳をつんざく金属音。瞬間、火花が散った。

正面から受け止めたのは、エルザの鉄槌。

彼女の細腕からは想像もつかない一撃が、あの怪物の攻撃を真正面から止めていた。


「チッ…やるじゃねぇか、単眼」


男の口元がわずかに歪んだ。けど、エルザは動じない。

どちらも一歩も引かず、力と力がぶつかり合ったまま、硬直する。


――今だ。

その一瞬を、私は見逃さなかった。

剣を構え、地を蹴る。


狙うは懐だ。

あのハンマーが大きすぎて死角になる、胸元あたり。

そこに斬り込めば、多少なりとも崩せるはず!


「甘ぇよ、小娘!」


男がわずかに体を引いた。

その反動を使うように、横へとハンマーを薙ぐ。


「ッ――!」

空気が震えた。

重く、鈍く、ぶうんと唸る音が耳を叩く。

慌てて足を止める。下手に踏み込めば、そのまま吹き飛ばされる。


「チッ……!」

思わず舌打ちがこぼれた。

懐に飛び込むなんて単純すぎたか…いや、こいつ、思ったより冷静だ。

あの図体で、攻撃の予備動作を最小限にしてやがる。


「…でも、これで諦めるほど、私は甘くはない」

私は、剣を構え直した。

隣じゃ、エルザがもう一度、ハンマーを掲げている。


風の音も聞こえない。張りつめた空気の中、私は呼吸を整えた。


「エルザ、一回引くぞ」

短く言って、横へと跳ぶ。

彼女も無言で頷き、接近戦の圏から一歩、距離を取った。


男は追ってこない。あの巨体じゃ無理もない。

けど油断したら、すぐに潰される。


今のやりとりで、わかったことがある。

あいつ、確かにパワーと耐久は化け物級だ。けど、連携には弱い。

反応は早いが、広範囲への対応は苦手。

あのハンマーだって、振り終わった後の硬直がでかい。


「エルザ。ちょっと試してみたいことがある」


「…うん、合わせる」


彼女の言葉に背を押される。

作戦は単純。

まずは私が撹乱して、あの巨漢を一瞬でいい、足止めする。

その間に、エルザの鉄槌による、渾身の一撃をぶち込む。


問題は、私がどこまで踏み込めるか。生きて戻れるか。

でも、怖がってちゃ、勝てない。

決めるしか、ない!


足元を強く鳴らし、私は一直線に飛び込んだ。

男がわずかに眉を動かし、ハンマーを構え直す。


その動きに合わせるように、私は敢えて大きく弧を描くように斜め上から大きく跳びかかる。


「こっちだ、鈍重野郎!!」

宙を舞いながら挑発するように叫ぶと、男の目が鋭く私を捉える。


「馬鹿め!宙に浮けば的になるだけだ!」

踏み込みと同時に、男の腕がしなり、ハンマーが振り上げられた。

けど、それでいい。今、私がすべきは“囮”。


狙い澄ましたその一撃を、私は愛剣を盾にして強引に受け止める。

剣が悲鳴を上げるようにきしむ。腕に響く衝撃に、意識が一瞬飛びそうになる。


「――ぐっ!」


振り下ろされた質量はそのまま私の体を吹き飛ばさんとするが、

私は宙で身体をひねり、回転させることで勢いを殺す。

背中が地を擦る寸前、足を踏ん張り着地する。


男の巨体が一瞬だけ前に流れた。

重いハンマーを振り切ったその一瞬、その隙を――


「……今だ!」

私の鋭い一声とともに、エルザが走り込んでいた。

その両腕に握られた鉄槌が、唸りを上げる。


「倒れてッ!!」

渾身の一撃が、男の背中に直撃する。

金属の音とも肉の鈍い音ともつかない衝撃音が響いた。


「うぐぅ…!!」

ぐらりと男の体がよろめく。

エルザの一撃は確かに効いた。

だけど、男はまだ倒れない。


「ぐぉぉおおおおおおおおっ!!」

耳をつんざく咆哮とともに、奴の巨体がぐるりと回転する。


「エルザ、離れろっ!」

叫んだ瞬間、男の腕がしなり、重さと怒りを詰め込んだハンマーが弧を描く。

まるで自分の体重ごと振り回してるみたいだ。

どっしりと地面を踏みしめながら、止まらない回転。


「こいつ…!」

遠心力が乗ったその一撃は、一発当たれば肋骨どころか全身が砕けるレベルだ。

しかも、ただの一撃じゃない。円を描くように振り回し続け、近づこうとする奴を薙ぎ払うつもりだ。


「危ない…!」

エルザが慌てて飛び退く。


鉄と岩がぶつかり合うような轟音が、辺りに響く。

ハンマーが地面を削り、火花を撒き散らす。


近づけない――いや、それどころか、この場に踏みとどまってるだけでも精一杯だ。


「ハァッ、ハァッ…どうした…かかってこいよ、小娘ども…!」

怒りと痛みに任せた、制御のきかない反撃。

だけど、奴の目はまだ死んじゃいねぇ。

むしろますます獣じみた光を宿して、こっちを睨んでる。


くそっ、どう崩す……?


「……上からなら、いける」


エルザの小さな声。

肩で息をしながらも、彼女の瞳は冷静に男の動きを捉えていた。


「上?」

一瞬だけ戸惑う。でもすぐに理解した。そうか――そういうことか!


「なるほど…おもしろい!」

私は地面を蹴って後退し、すぐさま構えを変える。


「来い、エルザ!私を踏み台にしな!」

両手を組んで、低く構えるとエルザが無言で駆けてくる。


(頼むぞ、エルザ!)


――バンッ!


片足が私の手のひらに乗ったその瞬間、全身の筋肉を総動員して、思いきり打ち上げた。


「せいっ!」

エルザの体がふわりと宙に舞う。

その姿はまるで…流星みたいだった。


「そこっ!!」


鉄槌が、男貴の右肩に直撃する音が響いた。

ゴギャッ!ってすげえ音。回ってた男貴の動きが、止まった。


「なにぃいい!」


躊躇なんてしてられない。一瞬でも遅れたら、チャンスは消える。

私は距離を詰め、渾身の一撃を叩き込む。


「くらえっ――!!」


ザシュッ!


剣が肉を裂く感触が、腕に伝わった。

血飛沫が舞い、男貴が雄叫びを上げた。


「ぐおおおおおぉぉおおっ!!」

その巨体が揺らいで、膝をつく。

奴の胸には、私の剣が深々と刻んだ一閃の痕が残っていた。


裂けた肉から血が溢れ、男はそれを無言で手で押さえている。

見た目通りの筋肉の鎧ってわけか。致命傷には届いていない。

だが確実に、効いてはいる。


だからこそ、私は一歩踏み込み、剣の切っ先を喉元に突きつけた。


「これ以上やるなら、命の保証はしない。今から逃げれば……見逃してやらんこともない」

刃の冷たさが奴の皮膚に触れた。だが諦めの色はなかった。

むしろ、その目はなおも闘志を燃やしていた。


「どこの馬の骨かは知らないが、命を賭けるほどの戦いじゃないだろう。ミスリルは諦めろ」


私の声はなるべく冷静を保っていたつもりだった。

けれど胸の内では、さっきまで交わした打撃の余韻が、まだ芯に残っていた。


男は肩で息をしながら、それでもすぐには目を逸らさなかった。

まだ、戦意が残っている。


私は気を抜かずに距離を詰めたまま、じっと睨み返す。

すると、男はわずかに顔を歪め、苦笑のような息を漏らした。


「…俺達はな、ドワーフの連中に弟子入りしてたんだよ。だが、才能がねぇって追い出されてな」


男の声には、悔しさと、焦がれるような執念が滲んでいた。


「それでも諦められなかった。俺達は腕を磨いた。独学で、必死で…いつか見返してやるって決めたんだ。人間の手でも、ミスリルの武具は作れるってなァ!」


男の声には、怒りだけじゃない、もっと根深い執念が滲んでいた。


嫉妬、屈辱、悔しさ――それらを抱えながら、血と汗で積み上げた年月の重みが、一言一言に宿っていた。


「事情はわかった。だけど、仕掛けて来たのはそっちが先だ」


情に流されるわけにはいかない。語られた過去がどれだけ重かろうと、

刃を向けられた以上、応じない訳にはいかない。


「ここまで来て……引けるかよおおおおおおお!」

怒声とともに、奴は己のハンマーを地面へと叩きつけた。


直後、凄まじい衝撃が足元から突き上げてくる。

ひび割れていた岩肌が砕け散り、爆ぜたように土煙が舞い上がった。

乾いた音とともに、石片が弾けるように飛び交い、辺りは一瞬で灰色の霧に包まれる。


「っ…エルザ!」

背中越しに声をかけると、彼女もすぐにこちらの背中に体を預けた。

二人で視界の死角を補い合うように、粉塵の中心で構えを取る。


空気が、わずかに揺れたのを察知し、私は咄嗟に反応した。

剣の腹で、飛び出してきたハンマーの一撃を受け止める――はずだった。


「なっ――!?」

金属の鈍い音と共に、手応えが消える。

目の前で、愛剣がばっきりと二つに折れた。

刃の先が宙を舞い、鈍い音を立てて足元に転がる。

まさか…受け止めきれなかった?


息を呑んだ、その瞬間。


「これで…終わり!」

私の脇を抜けた彼女が、鉄槌を大きく振りかぶっていた。

その鉄槌は、粉塵を突き破るように振り下ろされ、男の脇腹に直撃した。


「ぐっ……ぉおおおおっ!?」

男の身体が宙を舞い、壁際まで吹き飛ばされる。

岩壁に叩きつけられて崩れ落ちたその巨躯は、もう動かない。


荒れ狂うような粉塵の中、ようやく、静寂が戻ってくる。

私は、ぽきりと折れた剣を見下ろした。


(…まったく、とんでもねぇ執念だったな)


そしてそっと、隣に立つエルザの背に目をやる。

彼女の鉄槌が、まだ重く沈んでいた。


◇ ◇ ◇


「……落ち着いたか?」

低く、けれど優しい声が耳元で響く。

頷くと、トーラが腕の力をそっと緩めた。

抱かれていた温もりが離れていくのを感じながら、俺はゆっくりと体を起こす。


「もう…大丈夫だ。悪い、心配かけたな」


「いいってことよ。お前が正気を取り戻してくれたんならな」

トーラは安堵の息をつきながらも、どこか恥ずかしそうに目を逸らす。

俺は苦笑を返してから、視線をライアとエルザがいる方に向けた。

そちらでも戦闘は終わっているようだった。だが、どこか様子がおかしい。


二人は並んでしゃがみこみ、地面に何かを見つめていた。

俺はゆっくりと歩を進め、粉塵がまだ漂うその場所に近づく。


「…ライア?エルザ?」

まるで俺の声が届いていないかのように微動だにしない。

近づいてみて、ようやくその理由がわかった。


地面に突き刺さるようにして転がっているのは、見慣れた剣の柄と、ぽっきりと折れた刃の残骸。

刃は根元から折れ、ばきりと裂けた断面が生々しい。

埃にまみれた金属が、まるで何かを訴えるかのように冷たく沈黙していた。


そのすぐそばで、ライアは膝をついたまま、剣の破片を見下ろしている。

表情はどこか無理に笑っているように見えた。

でも、その笑みには力がない。

口元がわずかに引きつっていて、目元は少しだけ伏せられていた。


「…悪いな、エルザ。無理させちまったみたいだ」

ライアのかすれた声が、耳に届く。


剣の柄を手に取ったエルザは、いつも通り無表情だった。

けれど、その手の動きがいつもよりほんのわずかに慎重で、目の奥にはかすかな揺れがあった。

自分が鍛えた剣が――大切な幼馴染のために作った武器が折れてしまった事実を、確かめるように刃先を見つめている。


彼女にとって、それは単なる武器じゃない。

信頼と責任と、自分の腕を賭けて鍛えた証だ。

言葉にしない想いが、無言の空気から伝わってくる気がした。


「…そっか。そっちも、大変だったみたいだな」

俺は思わず、二人の背に語りかける。

エルザは小さく頷いた。それだけで、全てが伝わる気がした。

ライアは、ふっと息を吐き、剣の破片を拾い上げた。


「…だけどな、カケル。剣が折れたって、私の誇りは折れてない。だろ?」

その言葉に、俺はゆっくり頷いた。

剣は砕けても、彼女達の心は折れていなかった。


俺は黙ってその剣の破片を見つめる。

勝利の余韻に浸る暇もなく、どこか胸に残る重さ――それが、剣の折れた音と共に響いていた。

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