剣に宿るは、ひとつの想い②
登場人物
カケル
種族:人間
主人公。異世界に召喚された青年。
ライア
種族:リザードマン
流浪の剣士。エルザとは幼馴染。
エルザ
種族:サイクロプス
鍛冶職人。ライアとは幼馴染。
トーラ
種族:ミノタウロス
ヴァルハールの町の自警団に所属。肉弾戦が得意。
陽の光が山々の峰を照らし始めたころ、砦の門前に四人の姿が揃った。
採掘作業には危険が伴うため、同行者は採掘に適したメンバーに絞ることにした。
俺は肩に軽く荷を背負いながら、門の外に広がる岩だらけの山道へと目をやる。
風は冷たく、頬を撫でるたびに空気の清浄さを実感させられた。
足場は不安定だが、見渡す限り人工物のない自然の地形が続いており、
鉱山まではしばらく歩くことになりそうだった。
「……さて、行くとするか。ミスリルを探しに、だな」
俺の隣で、エルザが小さく頷く。
彼女は無口ながらも、腰の工具袋と、背負った小型の採掘用ハンマーから、並々ならぬ覚悟が伝わってくる。
ライアはいつも通りの金属製の小手をつけたまま、剣の柄に軽く手を添えていた。
「鉱山ってのは崩落や落石もある。気を抜くなよ、エルザ」
「……うん。ありがとう、ライア」
短いやり取りのあと、トーラが軽く伸びをして、大きな欠伸をひとつ。
肩に担いだつるはしがカラン、と金属音を立て、山の朝靄に小さく響いた。
「はーっ…寒ぃなぁ、山ってのはよ。ま、鉱山の中は案外あったかいかもだけどな。
よし、アタイに任せな。迷わず案内してやらぁ」
トーラはドワーフたちから受け取った地図を胸元に仕舞い、先頭に立つと岩場を踏みしめて歩き出した。
後ろから、砦の見張りに立っていたドワーフの女性が声をかける。
「おい、気ィつけろよ!あの鉱山、最近は妙な音がするって話もある。
よそ者が荒らしてるって噂も、まるっきり嘘じゃねぇかもな!」
トーラが片手を挙げて応えると、俺達は山道へと足を踏み出す。
岩を砕くような決意を胸に、四人はそれぞれの想いを抱えながら、険しい道のりを進み始めた。
◇ ◇ ◇
山道を踏みしめながら、朝の冷たい空気を肌で感じる。
高地特有の澄んだ空気が鼻を刺し、岩肌の隙間から風が吹き抜ける。
「…結構、登るんだな」
先頭を歩く俺が呟くと、隣でトーラが肩に担いだつるはしを軽く叩いた。
「そりゃそうさ。鉱脈が表面に転がってるなんて、都合のいい話はないからね。掘り出すからこその鉱石ってやつさ」
彼女は笑いながら言い、すこし体を反らして大きく伸びをする。
鋭い眼差しが朝日を浴びて金色に光った。
「でも、妙に静かだな。この辺り、獣の気配も薄いし…」
ライアが辺りを見渡しながら呟いた。
普段なら聞こえてくるはずの鳥の声や小動物の気配すら感じられない。
空気が、どこか張り詰めているようだった。
「あ…あそこかな?」
エルザが少し前に出て、岩肌を見つめながら小さく声を上げる。
指差す先には、無骨な木材と鉄で補強された洞窟の入り口。
周囲の岩に刻まれた文字は、風化しながらも辛うじて読める状態で残っていた。
「…多分な。行ってみよう」
気を引き締めるようにひとつ息を吐き、足を踏み出す。
トーラは肩に担いだつるはしを軽く持ち直し、少し身を屈めて洞窟の入り口を覗き込む。
「入り口は…なんともなさそうだな。崩れてもねぇし、空気も動いてる」
土や鉄の匂いに混じって、かすかに古びた油のような匂いが鼻を掠める。
かつての作業員達の名残が、まだ奥に残っているのだろうか。
俺が一歩、洞窟の中へ足を踏み入れる。
それに続いて、エルザ、ライア、トーラの順に暗がりへと身体を滑り込ませていった。
中はひんやりと冷たく、空気はじっとりと湿っていた。
外の陽射しがまるで嘘のように、光はあっという間に吸い込まれていく。
「……明かり、つける」
エルザがそう言って、借りてきたランタンを取り出した。
小さな結晶にそっと魔力を込めると、ぱっと柔らかな光が灯り、周囲の闇をわずかに照らし出す。
「助かる…っていうか、エルザも魔力あったんだな」
俺はその光を見て一息つくと、ふと隣のエルザを見て言葉を続けた。
「少しは…セレナには全然及ばないけど」
「そりゃ、あいつは攻撃魔法の達人だからな」
苦笑しながら俺は渡されたランタンを手に前を照らす。
ランタンの光に浮かび上がった坑道は、岩壁に無数の削り跡が刻まれており、
ところどころ古びた木の支柱が通路を支えていた。
すでに使われなくなって久しいのだろう。
ひんやりとした空気が肌をなぞるたび、遠くから水音のような反響が返ってくる。
「昔の坑道って感じだな。補強はされてるが…ところどころ古いぞ」
トーラが立ち止まり、天井近くの梁に手を当てる。
「崩落の危険はなさそうだけど、足元、気を付けてね」
エルザがそう言って、湿り気を帯びた地面を指差す。
石くれや落ちた枕木の残骸が散乱し、油断すればすぐに足を取られそうだった。
「了解。転んだら、恥ずかしいどころじゃすまなさそうだ」
ライアが小声で苦笑し、腰の剣を軽く確認して前へ進む。
まだ入口からそう遠くはない。
けれど、坑道の奥からはどこか、ただの空洞ではない、重みのある空気がじわじわと滲み出していた。
「誰もいねえといいけどな…」
トーラが軽く鼻を鳴らし、肩のつるはしを持ち直す。
目的は、ミスリル。
そして、もしここに“よそ者”が潜んでいるとすれば、油断はできない。
ランタンの淡い光を頼りに、四人は慎重に奥へと進んでいった。
次第に坑道は分岐し、岩壁には古い地図や手彫りの印が刻まれている。
いくつかの通路は崩れ落ち、あるいは封鎖されていたが――
暗がりの中を慎重に進み続けるうち、視界の先がふっと開けた。
「……広いな」
俺達は、狭く息苦しい通路から一転、天井の高い空間に足を踏み入れた。
そこはかつて採掘が盛んに行われていたのか、
壁には削られた痕が無数に走り、崩れた台車や放置された工具が転がっている。
天井近くには排気用の細い穴が空いているらしく、ひやりとした空気が緩やかに流れていた。
「……静かだな」
ライアが呟いたが、俺も同じことを思っていた。
空間の広さのわりに、やけに物音が少ない。
自分達の足音すら、吸い込まれるように小さくなっている気がする。
――カン……カン……カン……
そのときだった。
耳の奥で、何かが微かに鳴った。
最初は気のせいかと思った。けれど、歩を止め、息をひそめてみると確かに聞こえる。
金属が岩に当たるような、乾いた音。間隔は一定。無作為な崩落音ではない。
「……聞こえるか?」
俺が声を潜めて尋ねると、隣のトーラがうなずいた。
「ああ。誰かが何かを叩いてるな。かなり奥の方だが」
「人…?こんな場所で?」
エルザも不安げな顔を向けてくる。
その手にはしっかりとランタンが握られていたが、微かな震えが伝わってくる気がした。
「獣じゃなさそうだな。獣があんな一定のリズムで動くかよ」
ライアの声にも、どこか警戒が混じっていた。
じりじりと胸の奥がざわついてくる。
この先に、何かがいる。
俺達は視線を交わし、無言のまま頷き合った。
そして音のする方へ、静かに、踏み込んでいく。
ランタンの光が岩壁に映す影は、次第に濃く、歪に伸びていく。
「音がするのは……この先だな」
トーラが小声で言った瞬間、ランタンの光の先にぼんやりと明かりが揺れた。
俺達はそれぞれ足音を殺しながら、湿った岩肌に沿って前進する。
坑道の空気は冷たいはずなのに、首筋にじっとりと汗が滲むのを感じた。
「気をつけろ。剣を抜く準備はできている」
ライアが腰の剣に静かに手を添え、先を見据える。その目には、戦士の鋭さが宿っていた。
俺達は壁際に身を寄せ、慎重に坑道の角を曲がる。そして視界がぱっと開けた。
広い空間。天井は高く、壁のあちこちに削り跡が走っている。
使い古された作業用の木製足場と、ところどころに立てかけられたランタンの光が空間をぼんやり照らしていた。
その中に十人ほどの男達が、つるはしを懸命に振るっていた。
全員、作業着のような粗末な服に身を包み、頭には布を巻いている者もいた。
いかにも労働者然としたその姿は、一見すると鉱山の作業員と何ら変わらない。
「おいおい、全然見つからねぇな」
一人の男がぼやく。腰のベルトに何か筒状の道具をぶら下げている。探知器だろうか。
「本当にミスリルがあるんかねぇ」
もう一人が吐き捨てるように言った。その言葉に、やけに苛立ちが滲んでいる。
「おい!無駄口叩いてねぇで早く掘り当てろ!」
空間の奥から、ひときわ図体の大きな男が声を張り上げた。
浅黒い肌、丸太のような腕。体格からして、リーダー格だろう。
作業員というより、兵士に近い体つきだった。
男達はその声にびくりと反応し、それぞれの持ち場に戻っていく。
まるで、命令に慣れた犬のように。
「……どう思う?」
俺は、小声でトーラに問いかけた。
「あいつら、見張りもなしにここで掘ってやがる。ドワーフの仲間とは思えねぇな」
トーラの眉がわずかに吊り上がる。俺も同感だった。
そもそも、ドワーフ達は俺達以外に採掘を許可していない。
なら、こいつらは不法侵入者だろうか。
「……こいつら、野盗かなにかか?」
俺は眉をひそめながら、低く呟いた。
ライアが横目で俺を見て、首を横に振る。
「にしては装備が整いすぎてる。ツルハシも道具も高品質だ」
視線の先には、腰にぶら下がった測定器のような道具や、精巧な採掘用手袋をつけた男の姿。
ただの盗掘目的にしては、妙に本格的すぎる。
「ただの採掘屋じゃねぇ。金か…後ろ盾がある奴らだ」
トーラは岩肌に手をつきながら小声で言った。
口調は軽いが、目は鋭く男たちを値踏みしている。
俺達の間に、重たい沈黙が流れる。
金が動いている。誰が、何のために?
その時、不意に作業員のひとりが手を止め、周囲をきょろきょろと見回した。
「…なぁ。なんか、誰かに見られてる気がしねぇか?」
そいつは顎の汗をぬぐい、手にしたツルハシをゆっくりと地面についた。
体がこわばる。俺達は身じろぎすらせず、息を潜めた。
気のせいで済んでくれ…そう願った次の瞬間。
「気のせいだろ。…って、待て。あっち、光が…!」
もう一人が指を差す。
反射したランタンの光が、壁に跳ね返っていたらしい。
「くそっ、見つかったか!」
俺はすぐに腰を落とし、背中越しに仲間達へ視線を投げた。
空気が、瞬く間に緊張に染まっていく。
「ここを知られたら厄介だ!殺せ!」
怒声が響いた。
作業場の奥にいた大柄なリーダー格が、咄嗟に指示を飛ばす。
男達の動きが変わった。
ツルハシではなく、腰に隠していた剣や短斧が抜かれ、足取りは戦う者のそれへと切り替わっていく。
「話し合いなんて、無理そうだな…」
ライアが肩越しに呟きながら、剣を静かに引き抜いた。
目の奥に、わずかな怒気が走っている。
「望むところだ!掘るより、ぶっ叩く方が性に合ってるんでね!」
トーラが口角を吊り上げる。
軽く肩を回し、つるはしを勢いよく回転させて構えるその姿は、まさに戦闘を楽しみにしていたかのようだった。
その隣で、エルザがそっと足を引き、俺の背後に寄る。
「……来るよ」
静かな声。その手には既に、彼女の重厚なハンマーが握られていた。
足音が迫る。複数の男達が岩を蹴り、こちらに突っ込んでくる。
敵の正体はわからない。だが、こいつらが俺達を見逃すつもりがないのは確かだった。
なら、答えはひとつ――
「構えろッ!」
敵がこちらに駆け出した瞬間、俺はすぐに転移の構えをとった。
視界が一瞬、闇に包まれる。
次の瞬間には、敵のど真ん中に俺の姿があった。
「うおっ――!?」
驚愕する男の顔。その表情に一切の猶予を与えず、俺は闇の力をまとわせた拳を振り抜く。
ごぉ、と空気が揺れた。
拳が男の腹部にめり込み、鈍い衝撃音とともに吹き飛ばされる。
壁に叩きつけられたそいつは、呻き声を上げる間もなく動かなくなった。
振り返る。もう一人、斧を構えていた男が俺に斬りかかってきたが――
「遅い!」
再び転移。影の中に潜り、気配を消す。
男が斧を振り下ろすと同時に、俺は背後に現れ、その首筋めがけて肘打ちを叩き込んだ。
喉を押しつぶされた男が呻いて倒れる。
数秒の間に、二人が戦線から離脱した。
その隙に、トーラが飛び出す。相手は二人。どちらも剣を手にしていた。
「へっ、剣かよ――重たいな!」
挑発的に笑ったトーラは、剣の斬撃を紙一重でかわしながら、逆に懐へ滑り込む。
一人目の腹に鋭い拳を叩き込み、息を詰まらせたところへ、踏み込みからの回し蹴り。
剣を持つ手ごと吹き飛ばされ、男は石壁にぶつかって呻いた。
「ほらよっ!」
もう一人の突きを、肩を落として回避しながら、今度は拳をアッパー気味に叩き上げた。
顎を撃ち抜かれた男の身体が宙を舞う。
一方、エルザの周囲では、男達三人がぐるりと取り囲む形になっていた。
けれど誰一人、軽々しく踏み込もうとはしない。
エルザが両手で構えるハンマーは、大人の男が二人がかりでやっと扱えそうなほどの質量を持っている。
それを少女のような細身の身体で、まるで空気のように扱う様子は、もはや異様ですらあった。
「…来ないで」
小さな声が空間に響く。
だがその静けさとは裏腹に、エルザの足元には踏み込んだら即死すらありえる“間合い”が張られていた。
男達は剣や短斧を構えながらも、動き出せないでいた。
息を切らせながらも、俺達は目の前の敵を次々と倒していった。
転移を織り交ぜた奇襲、トーラの豪快な拳、エルザの重厚な牽制。
数で押してきた相手は、今や地に伏す者の方が多い。
その中で、ただ一人、あの大柄な男のリーダーだけが、なおもライアと睨み合っていた。
「…ほう。これだけの手練れが揃っているとはな」
リーダーはゆっくりとハンマーを地面に下ろす。
その手つきに焦りや怒りはなかった。ただ、静かに状況を見極めている目だった。
「これ以上やっても、損が増えるばかりか…」
ぶつぶつと何かを呟き、リーダーはライアから一歩、距離を取った。
「逃げる気か?」
ライアが剣を構えたまま、低く問い詰める。
だが、男は嘲るように鼻で笑う。
「“退く”んだよ。勝てないと見たら潔くな。これが、仕事人ってやつだ」
その言葉に、俺の背筋が冷たくなる。
こいつはただの盗掘屋でも、激情に任せた戦士でもない。
明確な目的と指示を持って、動いている。
「次に会うときはそのミスリルごと、お前らを潰す」
男はそう言い残し、岩場の影へと退いていった。
その動きに無駄はなく、誰も追撃する暇すら与えなかった。
俺達がようやく武器を下ろした頃には、男の姿はもう闇の奥へと消えていた。
「ちょっ、おいおい!アニキ待ってくださいよ!」
一人の男が慌ててその背を追いかける。
まだ立ち上がれる者達も、顔を見合わせるようにしながら、口々に叫んだ。
「ち、ちくしょう…もう終わりかよ!」
「せ、せめて回収だけでも――」
「ぐずぐずすんな、置いてくぞ!」
ばたばたと、残った部下達が散り散りにリーダーの後を追い、坑道の闇の中へと消えていく。
やがて足音は遠ざかり、静寂が戻ってきた。
トーラがつるはしを担ぎ直しながら、肩をすくめる。
「…ずいぶん都合よく逃げやがったな。あの“アニキ”ってやつ、随分潔かったな」
「でも、引いてくれてよかった。あれ以上続けたら、怪我人も出てたかも」
エルザが控えめに言うが、戦いの余韻に、まだ彼女の肩は微かに震えていた。
俺はあのリーダーの言葉にどこか胸に引っかかるものを感じていた。
『そのミスリルごと、潰す』
あれは、ただの捨て台詞じゃない。
どこか、確信を持ったような…まるで、すでに“手を打ってある”者の言葉だった。
◇ ◇ ◇
リーダー達が坑道の闇に消えてから、しばらくその場に静けさが戻っていた。
誰もがすぐに動き出すことなく、警戒を解かずに様子を見ていたが、
やがて、トーラが肩のつるはしを軽く持ち直して口を開いた。
「…よし、連中がいなくなったところで、そろそろ本題に取りかかるかねぇ」
俺は小さく息をついてうなずいた。
そう、俺達の目的は戦うことじゃない。ミスリルを見つけて、自分たちの手で掘り出すこと。
それがドワーフたちから課された試練だ。
トーラがすたすたと足を進め、敵が掘っていた岩壁の近くまで歩いていく。
周囲には削りかけの壁、途中で投げ出されたつるはしや道具が散乱していた。
「こりゃあ…悪くはねぇ場所だが、浅い。焦ってたんだろうな、連中」
トーラは壁に手を当て、低く唸る。
続いて、エルザも静かに歩み寄る。壁をじっと見つめ、指先で岩の表面をなぞった。
「…岩の層が斜めに走ってる。ミスリルは、この下。まだ掘りきれてない」
「ってことは…その下を狙えば掘れるってことか?」
俺が問いかけると、エルザはこくりと頷いた。
「でも、ここは危ない。掘り方が雑だったから…崩れる可能性がある」
視線の先には、補強のない岩盤にひびがいくつも走っていた。
「へへ、しっかり見てやがんな。じゃあ、安全に掘れる場所を見つけようぜ」
トーラが満足げに鼻を鳴らす。
四人で視線を交わし、周囲の岩壁をそれぞれ確認し始めた。
「こっちとかはどうだ?」
少し離れた場所。岩の色がわずかに違い、斜めに層が走っている。
エルザがそちらに近づき、壁に耳を当てるようにして、また軽く叩いた。
「…うん。こっちの方が、音が澄んでるかも」
その声には、確かな手応えが感じられた。
俺には音の違いまでは分からないけれど、彼女達の反応を見れば信じるしかない。
「ここ、掘ってみるか」
俺が言うと、トーラがにっと笑って背中のつるはしを引き抜いた。
「ようやく仕事ってわけだな。よし、掘るぞ、丁寧にな!」
こうして俺達は、正しく選び抜いたその岩壁に向かってようやく、ミスリルの採掘に取りかかることになった。
場所が決まれば、後は掘るだけだった。
俺達はそれぞれ背負っていた荷物を下ろし、ドワーフから借りてきたつるはしや工具を手に取る。
「まずは表層を削って岩質を確かめる。焦っても割れやすくなるからな」
トーラが手早く手袋を嵌めながら、俺達に簡単な手順を伝える。
ゴンッ、と低い音を立てて彼女のつるはしが岩を砕いた。
その一撃で剥がれた表層の岩が、パラパラと地面に転がる。
「…硬いな」
振り下ろしたつるはしが岩に当たるたび、手に痺れるような衝撃が返ってくる。
表面は少しずつ削れるが、深く掘るには骨が折れた。
「表層が厚い。ミスリルに届くまでに、かなりの層があるかもな」
トーラが顎に汗を浮かべながらも、苦笑交じりに言う。
「ふぅ…もうちょい下か」
ライアも息を吐きながら、大型のハンマーで岩を砕いていく。
エルザは少し離れた位置から、崩した岩の断面を丁寧に確認していた。
「…ううん、ここじゃない。音が変わった。別の層にずれた」
「外したってことか?」
俺が問うと、エルザは首を振った。
「まだ分からない。でも…もう少し深く」
俺達は再び場所を調整しながら、斜めに走る地層に沿うように、慎重に掘り進めていく。
汗がにじみ、腕に鈍い疲労がたまっていくのを感じる。
時間だけがじりじりと過ぎていった。
「…ここも、違うか」
「ちっ…手応えはあるのに、出てこねぇな」
思わず歯を食いしばる。
敵が掘りかけていた場所を回避して選んだのは、俺達自身だ。
けれど、うまくいかなければ失敗も、自己責任だ。
焦りかけたその時だった。
「待って…今、音が違った」
エルザが反応した。
コン、と叩いた岩の音――乾いていて、透き通るような高い音だった。
「…ここ、掘って」
彼女が指差す場所は、さっきより少しだけ斜め下。
岩の一部に、微かに銀青がかった光沢が滲んでいた。
俺とライアが力を込めて岩を削る。
トーラは素早く補助に回り、ひび割れの部分に楔を差し込む。
「せーのっ…!」
がり、と岩が裂ける音。
砕けた欠片の奥に淡く、金属のように光る何かがあった。
「…見えた!」
俺が叫ぶと、トーラが低く唸った。
「間違いねぇ…ミスリルだ!」
岩の隙間から、拳ほどの大きさの鉱石がゆっくりと姿を現した。
銀青の金属光沢が、ランタンの光を浴びてわずかにきらめく。
エルザが目を見開いたまま、震える手でそっとその表面をなぞる。
「…綺麗…すごい、こんなに純度の高いの…」
「…やったな!」
俺は思わず声を上げる。汗が額を伝っていたが、それすら気にならなかった。
「でも、ここからが大事。勢いで叩いたら砕けちゃう。丁寧に、少しずつ……」
エルザが慎重に指を伸ばす。
「ふふっ、腕の見せどころだな」
トーラが口元をつり上げて笑い、今度はつるはしではなく、専用の小型工具を手に取った。
岩の隙間を広げながら、エルザの指示に従って少しずつミスリルを掘り出していく。
時間はかかる。けれど、その分、確かに“自分達の力で成し遂げている”という実感が胸に広がっていく。
「…取れた」
エルザが静かに告げた。
彼女の両手には、拳ほどのサイズの銀青色の鉱石。
澄んだ光が、ランタンの灯りを反射してほのかにきらめいていた。
誰もが息をのんで、それを見つめた。
「これが…ミスリル」
俺が呟いた言葉が、坑道に静かに響く。
重さと冷たさの中に、どこか誇らしさが宿っていた。




